
福岡県内で度々見かけるのが、「中年男性が指差しポーズを決めている」看板だ。一体何の店なのかというと、2009年の開業から10年余りで50店舗以上と拡大している「博多とよ唐亭」というテイクアウト唐揚げ店なのだ。
看板の男性は、同店を運営する株式会社喰道楽の社長豊永憲司氏。今でこそ成功をおさめたが、過去には巨額の借金抱えたこともあるらしい。それでも諦めない原動力と、成功の秘密を本人に聞いた。
◆「失敗から導き出した」唐揚げ店の開業
――なぜ、唐揚げ店を始めようと思ったんですか?
豊永憲司氏(以下、豊永):直前までやっていたのが、焼鳥のテイクアウトだったので、鶏を仕入れるルートや調理のノウハウがあったというのがひとつです。
――唐揚げのどこに勝機を見出したんですか?
豊永:人材の育成が早いという点です。焼鳥の技術は熟練も必要ですが、唐揚げはオペレーションも簡単で、マニュアル化しやすいんですよ。
また、焼鳥は夜にお酒のお供のイメージですが、唐揚げは昼夜問わず食べますし、お酒にもご飯にも合います。さらに老若男女問わず好きな人が多いという点が強みです。
◆「感動するほど美味しい!」というものではない
――味のポイントはどこですか?
豊永:どんな場面でも食べられるようにニンニクを使っていません。そして、あえてインパクトを抑えた味わいにしています。「感動するほど美味しい!」というものではないんです。
――企業理念にも「食卓に小さなHAPPYを!」とありますね。
豊永:毎日食べたくなり、長く愛していただけるようにと思っています。親御さんが「今日、『とよ唐亭』の唐揚げ買ってきたよ」というと、子供さんたちが「いぇーい」と喜ぶようなイメージですね。
――メニューも唐揚げのみに絞っていますね。
豊永:メニューを限定することでロスを減らせば、その分が利益になりますからね。これまで、いくつも会社を立ち上げては何一つうまくいきませんでした。事業をシンプルにするということを、これまでの失敗から学びましたね。
◆失敗にめげず、何度も何度も起業した過去
――過去にどんな会社を経営されてきたんですか?
豊永:化粧品関連の会社や清掃事業。飲食業もいくつもやりましたし、内装業やエステや建築関係の会社などをやってきました。
――業種も様々ですね。
豊永:全ては縁ですね。例えば清掃事業を始めたのも、化粧品の会社を閉じた頃、マンションの掃除をしているおばちゃんを見かけたのがきっかけです。「この仕事はどんな仕組みで生まれているんだろう。掃除くらいだったら俺でもできるな」と思って、清掃の事業を始めました。そこから事業拡大で、ペンキを塗ったりクロス張りなど内装の仕事をやり、さらに増築や車庫を建設するような仕事もやるようになっていったんです。
――全部、ご自身で会社を立ち上げてきたんですか?
豊永:はい、私は学校を出てから一度も会社勤めはしていません。でも、約20年間で立ち上げた会社はことごとく失敗ばかりでしたね。
――堅実に会社勤めをしようと思うことはありませんでしたか?
豊永:僕の選択肢に会社勤めは全くなかったですね。起業して会社を動かすということは、自分が発信したことが世の中に少なくとも影響を与えているということですよね。それがやりがいになっていました。
◆巨額の借金でどん底の状態に…
――失敗が続くと、借金も大きくなるのではないですか?
豊永:失敗もそうですが、工事を請け負った居酒屋にお金を払ってもらえないなど、騙されたことも……。
――最大、どのくらいの借金になったんですか?
豊永:利子を含めれば1億円はありました。
――とてつもない額ですね! 銀行だけでは借りられないほどの額ですが。
豊永:正規でない業者からも借金をしていました。最終的には、事務所や自宅のガスや電気なども止められて、夜逃げもしました。
――熾烈な取り立てもきたのではないですか?
豊永:会社にも家にも取り立てがきました。近所には申し訳ない気持ちでしたね。
――反社会的な人が近所をうろついていると怖いですしね。
豊永:何棟か繋がっている建物の一部屋を事務所にしていたんですが、取り立ての人が、その全棟を制御する大元のブレーカーを落としたんですよ。入居している全ての会社のパソコンなどの電源が急に落ちたので、全員が慌てて外に出てきて大変なことになりました。
◆“根拠のない自信”のおかげで「死ぬことは全く考えなかった」
――1億円の借金となると、自己破産や死を考えたりする人も多いと思いますが。
豊永:死ぬことは全く考えていませんでした。自己破産にもお金がかかるので、お金をかけるくらいなら「今後やることで成功すれば」という根拠のない自信がありましたね。心臓に毛が生えているとよく言われます(笑)。
――そして「博多とよ唐亭」で成功されますが、看板にご自身を登場させたのにはどんな思いがあるんですか?
豊永:今の会社を起業したのが40歳で大きな借金もあり、これが最後のチャンスだと思っていました。だから、逃げずにやり遂げたいという思いがあって、自分の姿を出すことにしました。
◆とことん落ち込んでから、人生に向き合うメンタル
――信じられないほどのポジティブさですが、落ち込むことはないんですか?
豊永:もちろん、落ち込んだり悩んだりすることもありますよ。でもね……せいぜい2~3時間かな(笑)。
――はあ、だいぶ短いような……(笑)。
豊永:起業しようとする人で、落ち込みやすかったりそれが長引いてしまう人は、起業を諦めた方がいいと思います。苦しいことも楽しめるくらいの精神力がないとやっていけないですよ。
――では、落ち込みやすい人に伝えられることはありますか?
豊永:落ち込むことがダメだという風潮もありますが、落ち込む時はとことん落ち込んでいいと思います。そういう時は、他人から何を言われても、結局自分の気持ちが納得しないと、前に進めませんからね。
――自分の納得は大事ですね。
豊永:そのためには、過去の自分にきちんと向きあうことです。僕は事業を失敗した時、振り返りたくない失敗にも向き合ってその原因を特定してきました。
◆「失敗を無駄にしない生き方」をする秘訣
――失敗だけでなく、経験が生きていると感じるのはどんな部分ですか?
豊永:建築関係を長くやっていたので、今の店も自分たちで工事して建てていて設備投資はかなり抑えられますね。
――修理もできるのでランニングコストも下がりますね。
豊永:建築会社をやっていた当時のメンバーがいるのは、他社にない強みです。また、開店までの費用を瞬時に見立てられるので、空き物件が出た時の反応も早くなります。それから、家賃は安いけどトイレがない物件などが出ると、他社は躊躇しますがうちはトイレを作ることもできるのですぐに契約へ進められますね。
――今後の野望を教えてください。
豊永:違う柱をもう一つ立てたいと思っています。最初からいくつもの柱を立てようとすると、うまくいかないということは、これまでの経験で実感しました。ですが、唐揚げ店がしっかりしてきた今、新しい柱が必要です。
――なぜそう感じるんですか?
豊永:一点集中だとリスクが大きいんです。唐揚げだけに特化すると、鶏肉や油の値段が高騰すると、会社全体を揺るがすリスクになります。
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先々、新事業としてリゾート開発を手がけたいと豊永氏は語った。波乱万丈でも、前を向く彼の人生に思いを馳せることによって、「味のインパクトを抑えた唐揚げ」は、唯一無二の一品に昇華するはずだ。
<取材・文/Mr.tsubaking>
【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。

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