バブル崩壊後、日本に定着した「低所得・低物価・低金利・低成長」。『日本病 なぜ給料と物価は安いままなのか』著者で第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣氏は、この「4低」が定着してしまった原因について「放置すると取り返しのつかないことになる」と警告します。日本はどうすれば「4低」から抜け出すことができるのか、みていきましょう。

低所得・低物価・低金利・低成長…〈日本病〉の現状

日本病の様子は、「賃金上昇率」「インフレ率(物価上昇率)」「長期金利」「経済成長率」を並べてみても、よくわかります(図表1)。

長期金利」は先々の期待なども織り込みながら動くので滑らかですが、実体経済を表す「賃金上昇率」や「インフレ率」「経済成長率」はギザギザしながらも右肩下がりのトレンドです。そしていずれも、1990年前後のバブルの頃の値を超えていません。

日本はバブル崩壊以降、低所得・低物価・低金利・低成長の「4低」時代に突入し、30年後の今なお日本病から抜け出せていないのです。では、なぜバブルが崩壊するとこういう状況になりやすいのでしょうか。

「バブル」とは、株や土地などの資産価値が実態より過剰に上がってしまうことです。そのため、例えば不動産を担保にお金を借りる場合にも、その不動産の実力以上に高額なお金を借りられてしまいます。

バブルが弾けたら当然、資産価値は下がりますが、借りたお金の額面は変わりません。売ろうにも、不動産の実力相応か、それ以下の値段でしか売れませんから、借りたお金が返せなくなります(過剰債務)。

こうして回収困難となった貸付金(貸し手側から見た債権)が「不良債権」です。バブル崩壊後の日本で、いちばん経済の足かせになったのがこの不良債権問題でした。

「経済が良くなる」とは、稼いだお金がモノやサービスの消費に使われて、世の中のお金の循環が良くなることです。しかし過剰債務になると、モノやサービスにお金を使う前に、まず借金を返済しなければなりません。

稼いだお金が借金返済に回ってしまうため消費に結びつかず、消費が低迷していきます。モノが売れないので賃金が上がらない。賃金が上がらないので消費を控える……こうして、デフレに陥っていきました。

日本病の本質は「デフレ」にある

デフレ」という言葉は日本ではもはや連日のように聞いているので、すっかり耳に馴染んでしまったかもしれませんが、うかつに馴染まないほうがよい恐ろしいものです。ここで改めて確認しておきましょう。

IMF(国際通貨基金)の定義によれば、2年以上にわたり物価が下がり続けることを「デフレデフレーションdeflation)」と言います。「物価が下がる」ということは、裏を返せば「お金の価値が上がる」ということです。

そうなると、デフレ状況における合理的な経済行動は「欲しいモノがあったときはなるべく我慢する」になります。なぜなら、物価が下がっていくので、できるだけ必要ギリギリまで待ったほうが、安く買えるからです。そうやって、人がお金を使わなくなります。

人がお金を使わないので、モノやサービスが売れにくくなります。モノやサービスが売れにくくなると、企業は価格を下げることで競争力を得ようとします。日本でよく聞かれる「価格破壊」が最たる例です。しかし、値下げによって儲けは減るので、働く人の給料は上がりにくくなります。

給料が上がりにくくなれば人々はさらにお金を使わなくなり、モノやサービスが売れなくなります。この悪循環がデフレスパイラルです(図表2)。

当然、景気はますます悪くなっていきます。将来への不安からお金を「使う」より「貯める」ようになり、金利も上がりにくくなります。なぜなら、金利はお金の需給で決まるからです。こうなってくると、もちろん経済成長もしにくくなります。

こうして、日本の「4低」現象=「日本病」が作られました。

諸外国が恐怖する「日本化(ジャパニフィケーション)」とは

「低所得・低物価・低金利・低成長」――

バブル崩壊以降、日本に定着したこの「日本病」は、海外の国々からは「日本化(Japanification)」と呼ばれています。「ああはなりたくない」という恐れから、日本の不況は世界の経済学の研究テーマにもなってきました。

特に「100年に一度の不況」と呼ばれた2008年のリーマン・ショック後には、各国で「日本化」現象が起きました。アメリカの住宅バブル崩壊を主因とするリーマン・ショックと、そこから広がった経済全体へのダメージは、日本のバブル崩壊と同じような状況をもたらしました。

日本のバブル崩壊日本国内だけでおさまりましたが、リーマン・ショックは経済のグローバル化も手伝って世界中にダメージが波及したので、むしろより影響力が大きな不況だったかもしれません。

しかし、日本以外の先進国では、日本のように長期間デフレに陥ることはありませんでした。いったい何が違ったのでしょうか。

それは政府や中央銀行がデフレを放置し長期化させたか、放置せずに正しく対応したか、の差です。

海外は日本の失敗から学んでいたのです。経済政策の失敗でデフレを放置してしまい、日本病に陥った日本の姿を見て、不況への対策を研究していたからこそ、リーマン・ショックのときに迅速かつ大胆な経済政策を行うことができたのです。その結果、デフレを回避し、「日本化」を免れることに成功しました。

デフレを放置すると、取り返しのつかないことになる

海外の国々がここまで「日本化」を恐れるのは、30年間デフレを放置するとどうなるか、実際に日本の状況を目の当たりにしているからです。

不況になると自殺者が増えます。日本では1998年に年間自殺者数が3万人を超え、以後は減りつつあるものの、なお2万人を上回る高い水準のままです。自殺率で見ても、人口10万人あたり15.3人と、日本はG7諸国中トップです。

さらに低所得や将来不安の影響か、結婚しない若者が増えており、出生数もほぼ毎年下がり続けています。2000年に119万547人だった出生数は、2020年には84万835人に減少しています。これは1899年の調査開始以来、最少の出生数でした。

不況によって、人口にまで大きな影響がおよんでいる……こう考えると長期化したデフレの恐ろしさがわかるでしょう。

永濱 利廣

第一生命経済研究所

首席エコノミスト

(※写真はイメージです/PIXTA)