2月に公開されたアニメ『BLUE GIANT』の大ヒットで、ジャズと映画の相性のよさが再評価されているなか、この秋にも一本、ジャズの魅力を放つ『白鍵と黒鍵の間に』という作品が、10月6日(金) より公開される。ジャズピアニスト、南博の修行時代を綴った回想記『白鍵と黒鍵の間に-ジャズピアニスト・エレジー銀座編-』を、『素敵なダイナマイトスキャンダル』の冨永昌敬監督が、池松壮亮を主演に大胆にアレンジ。銀座のナイトクラブの、ジャズが流れる一夜を幻想的な群像劇に仕立てあげた。どこか懐かしく、コミカルな味もあるおとな向きの映画だ。

『白鍵と黒鍵の間に』

ピアノ弾きのサムが『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』を弾きだすと、「サム、その曲はやめろといっただろう」と、ハンフリー・ボガート扮するクラブのオーナーが止めようとする。それは、彼が悲恋とともに封印した曲だった──。

永遠の傑作『カサブランカ』のそんな名シーンを思い起こさせる、酒場とピアノと曲にまつわるエピソードが、この映画にも登場する。

1988年昭和63年)の年の瀬。銀座といっても場末のキャバレーで、新米のピアノ弾き「博」が、ふりの客からのリクエストに応えて『ゴッドファーザー 愛のテーマ』を弾いてしまう。が、その曲は、この界隈を牛耳るヤクザのボス(会長)がいたく気に入っていて、リクエストしていいのはその会長だけ、演奏していいのは高級クラブのピアニスト「南」に限る、といういわくつきの禁じられた曲だった。掟を破ったというウワサは、その夜のうちに銀座のバンド仲間のあいだに広がった……。

映画は、原作者・南博さんのキャラクターを「ジャズの世界で生きようと夢見るキャバレーのピアノ弾き“博”」と「水商売と割り切るボスのお気に入りのピアニスト“南”」とに分け、池松壮亮による1人2役の形で、南さんが見聞きした銀座のバンドマンたちのエピソードを交錯させながら、『ゴッドファーザー 愛のテーマ』が引き起こした狂騒の一夜を描いていく。

界隈をしきるボス、会長役は松尾貴史。原作にも、このもとになった話が書かれている。

クラブで仕事を始めたばかりの頃、店全体の空気を変えるほど威圧感のある客がやってきたことがあった。その筋の大物であるボスの「アメリカのアレやって……」というリクエストに応えたところ、演奏がかなり気に入ったらしく、以降、来店すると必ず、これを聴いてご機嫌になって帰っていく。いつしかこの曲は、ボス専用の曲となり、リクエストできるのはボスだけ、演奏できるのは南さんだけというその店の鉄則ができあがった、という。

キャバレーで『ゴッドファーザー …』をリクエストした客は、森田剛が演じている。刑務所を出たばかりの彼にもこの曲にこだわる理由があるようで、別の店にも出没。禁断の曲をリクエストしまくり、バンド仲間の連絡網では「謎の男」と恐れられる。彼は、映画オリジナルのキャラクターだ。

この『ゴッドファーザー 愛のテーマ』事件とでもいえる騒ぎ、そして『BLUE GIANT』にも通じる「博」と「南」のジャズ修行物語、さらにもう一本の柱が、銀座の夜に生きるバンドマンたちの群像ドラマだ。

見せ場となるのは、様々な想いが重なりあったジャズセッションのシーン。ギャンブル好きでお調子者のバンドマスター(高橋和也)、大学の先輩でバンド仲間の千香子(仲里依紗)。アメリカ人シンガー・リサ役のクリスタル・ケイと言葉数は少ないけれど、音色で人間味がにじみ出るサックス奏者・K助役の松丸契、このミュージシャンふたりの存在は大きい。

ちなみに、セッションのピアノ音はプロのピアニストによるものだが、『ゴッドファーザー 愛のテーマ』は、池松が自身で弾いている。

1988年といえばバブル絶頂期だが、時代考証にはこだわっていない、と監督はいう。

ジャズのことを“ズージャー”といってしまうような、ジャズ仲間たちの、チョーシのいい、ちょいワルな雰囲気は、植木等や宝田明がでてきそうな、1960年代の日本娯楽映画が放つ昭和レトロの空気を感じさせる。会長が唄う『ズンドコ節』も、ドリフや氷川きよしのというよりは、小林旭の歌。そういえば、彼の出てくる日活映画もバンドとキャバレー、クラブがつきものだった。

南博さんの師匠をモデルにしたという宅見先生(佐野史郎)のセリフなどで幾度もでてくる「ノンシャラント」という言葉は、フランス語でいえば、気ままに、のんきに、というニュアンス。

難いこといわずに、のノリが魅力のジャズ映画です。

文=坂口英明(ぴあ編集部)

(C)2023 南博/小学館/「白鍵と黒鍵の間に」製作委員会

『白鍵と黒鍵の間に』