カイコの遺伝子を編集し、クモの糸を吐き出させることに成功した。この繭から紡がれた糸は、防弾チョッキに使われるケブラーの6倍も丈夫であるそうだ。
『Matter』(2023年9月20日付)に掲載されたこの研究は、カイコによる完全なクモ糸タンパク質の生産に成功した初めての事例だ。
ただ丈夫なだけでなく、低コストで大量生産も可能であるという。石油から作られる合成繊維のような環境汚染もないため、環境に優しい代替繊維として商業化が期待されている。
ナイロンのような石油から作られる合成繊維は、私たちの暮らしにお馴染みものものだが、現代ではそのデメリットを無視できなくなってきた。
今大問題となっているマイクロプラスチックで環境に汚す恐れがあるし、原料となる石油も温室効果ガスを排出してしまう。
そんな合成繊維に代わる代替繊維として注目されているのがクモ(蜘蛛)の糸だ。
クモの糸は非常に丈夫で、同じ太さで比べれば、鋼にも匹敵するほど強い。しかも自然に分解されるため、合成繊維のような環境汚染の心配もない。
扱いが難しいクモの糸
だが課題がないわけでもない。太陽の光や湿度によってダメになってしまうのだ。
そこで糖タンパク質や脂質などで表面をコーティングして耐久性をアップさせてやる必要があるのだが、これまではこれが難しかった。
またクモの糸をどうやって大量生産するのかも問題だ。クモは共食いをする性質があるので、大量に飼育することが難しいのである。
そうだ!カイコにクモの糸を作ってもらおう
「遺伝子組み換えカイコは、この問題の解決策になります」と、中国、東華大学の博士候補ミ・ジュンペン氏は説明する。
カイコ(蚕)は絹の糸を似たような成分でコーティングすることが知られている。
しかもカイコの糸は現時点で大規模に商業化されている唯一の動物性絹繊維で、カイコを飼育する方法も確立されている。
[もっと知りたい!→]お裁縫上手な鳥、くちばしを針代わりに蜘蛛の糸や植物の繊維で葉を縫い巣を作るオナガサイホウチョウ
そのためカイコにクモの糸を紡いでもらえば、低コストのクモ糸繊維の大量生産できると期待できるのだ。
しかも普通の衣服だけでなく、手術用の糸をはじめ、さまざまな物や分野に応用することができる。
この研究で作られた繊維は、とても機械的な性能が高く、大きな可能性を秘めています。手術用の縫合糸としても利用できますので、世界で年間3億件を超える需要に対応できます(ミ氏)
クモ糸繊維はほかにも、より快適な衣服や防弾チョッキを作ることができ、さらにスマート素材・軍事・航空宇宙技術・医用生体工学などへの応用が考えられるという。
カイコが吐き出すクモ糸 / image credit:Junpeng Mi
カイコにクモの糸を作り出す遺伝子を組み込む
クモの糸はタンパク質でできている。なので、カイコにクモの糸を紡いでもらうためには、その絹糸線(けんしせん)にクモ糸タンパク質を作り出す遺伝子を組み込まねばならない。
そのためにミ氏らは、遺伝子編集ツール「CRISPR-Cas9」で編集したプラスミド混合物をカイコの卵に注入した。
こうしてカイコにクモ糸遺伝子を組み込むことに成功した。だがこれで終わりではない。移植された糸タンパク質が絹糸腺のタンパク質とうまく作用して、きちんとした繊維が紡がれるよう、馴染ませてやる必要があったからだ。
そこで研究チームは、絹糸の「最小基本構造モデル」を開発した。
ミ氏によれば、このローカライゼーションの概念と最小基本構造モデルこそが、この研究をユニークなものにしているのだそう。
その出来栄えは「大規模な商業化が目前に迫っている」と、彼に確信させるものだったそうだ。
カイコが吐き出したクモの糸を紡いだ繊維 / image credit:
研究チームは今後、今回の知識を生かして、天然アミノ酸と人工アミノ酸の両方を使ったクモ糸繊維を紡ぎ出すカイコを開発する予定であるとのこと。
100種類以上の人工アミノ酸をくわえれば、人工クモ糸繊維の可能性は無限に広がります(ミ氏)
クモの糸の成分であるタンパク質を構成しているものがアミノ酸だ。だからアミノ酸に工夫を凝らすことで、カイコが紡ぐクモ糸繊維をさらに性能アップさせられると考えられるのだという。
References:High-strength and ultra-tough whole spider silk fibers spun from transgenic silkworms: Matter / Spider silk is spun by silkworms for the first time, offering a green alternative to synthetic fibers / written by hiroching / edited by / parumo
コメント