「部下1人1人と丁寧に関わる上司」というと、“いい上司”のように思えるかもしれません。しかし実際には、組織に思わぬ弊害を生み出す存在になってしまう可能性がある、と、自身も社員数50名の新聞販売店を23年間経営した経験を持ち、多くの企業の経営支援に携わる米澤晋也氏は言います。本稿では、米澤氏が、なぜこのような事態が起きてしまうのか、部下とはどのような向き合い方をすれば良いのかについて解説します。

“いい上司”とは何か

“いい上司”と言うと、どんな人をイメージするでしょうか?

リーダーシップがある。人の”良い部分”を活かす。的確な問題提起をする。ヤル気を引き出すなど、様々な要件を思い浮かべると思います。

特に「部下1人1人と丁寧に関わる上司」は、昔から、“いい上司”の象徴として、高く評価されてきました。

しかし、それに限界を感じているリーダー、マネージャーが多いのではないでしょうか。何故なら、この方法では組織のスピードと創造性が鈍ったり、場合によってはメンバー間の人間関係に歪みが生じたりと、逆効果を生むケースがあるのです。

では何故、このような事が起きるのでしょうか? 部下とどのような向き合い方をすれば良いのでしょうか?

個々の部下と深く関わることで起こる、これだけの弊害

多くの企業では、プレイングマネージャーが主流ですので、部下と十分な対話をする時間を作ることが困難です。仮に部下が5人いて、対話の総時間が1時間あったとすると、1人あたり12分しか取れません。

実際には、問題や悩みを抱えている部下に多くの時間が割かれますので、部下の多くは、十分に関わってもらえていないのです。対話ができないと、意思決定が遅れ、仕事の進捗が遅れます。変化の激しい時代には致命的なロスになります。

上司と部下の1対1の関係性が強化されると、部下同士の横のつながりが希薄になります。互いに無関心になると、協力体制ができず、業務効率が悪化します。知恵を出し合う創発も起こらず、豊かなアイデアが出ません。正解がない時代においては、非常に大きな損失です。

チームの人間関係に影を落とす危険性もあります。個々の部下と深く関わると、自ずと人間関係に関する相談が増えます。この手の相談は大抵、密室で行われます。密室で話し合う様子を見た他の部下は「何の話をしているんだろう?」と不安になり、やがてチーム内に疑心暗鬼が広がることがあるのです。

23年間、新聞販売店を経営してきた中で、私はこの様な弊害を数多く経験し、自分のマネジメント能力の無さに、すっかり自信を失いました。そんな時、私と同じような悩みを持ちながら、その悩みを想像を超える方法で解決している方に出会い、道が拓けたのです。

“上司の役割を集団内に埋め込んだ”自律性の高いチーム

その方は、教育学の教授です。教授のお話の中から、様々なヒントをいただきました。

例えば小学校では、45分間の授業時間内に、教員が児童1人1人と関わる事は、難しい事が分かっています。30人以上の児童に対し、教員は1人です。教員が児童1人1人と関わるためには、児童1人あたり僅か90秒ずつという計算になるのです。

教授は、学級において、グループダイナミクス(集団力学)を応用した「学習する集団」の育成ノウハウを開発しました。課題に対し素晴らしい知恵を出し、自律的に行動する集団が育つのです。

私は、大学に伺って教授の理論を学び、企業に特化した手法を開発しました。要点は次の通りです。

1.みんなが意義を感じる「チームのミッション」を設定する。

2.ミッション達成のための方法・計画を、自分たちで開発する。

3.計画の進捗(全体の進捗と個人の進捗)と成果を見える化する。

4.頑張っている部下の様子を全体に報せる。

5.定期的に実践を振り返り学び合う場を設ける。

これができると、これまで、上司が一手に引き受けてきた様々な役割…「問題提起」、「指導」、「進捗確認」、「ヤル気を引き出す」といったものが、集団の中に埋め込まれ、必要な時に最適な人がやるようになります。

目標設定や計画づくりに部下が参画するので、当事者意識が向上します。都度、上司に相談するプロセスが省かれるので、意思決定が早くなり、上司が思いつかないような豊かなアイデアが出ます。

イメージをしやすくするために、当社の新聞配達現場(メンバー数30名)の実践に照らし合わせ解説します。

クレームが4分の1に削減。グループダイナミクスの効果

当社では、15年ほど前、新聞の誤配達によるクレームが毎月20件以上発生していました。

直属の上司が部下に、「〇〇誤配達3件以内を目指そう」と、個別目標を設定して指導をしましたが、一向に減りませんでした。そこで、グループダイナミクスを活用した手法を導入しました。

1.「ひと月あたりの誤配達を、全体で10件以内に収める」という全体ミッションを設定しました。しかし、ミッションの意義が分からないと自分事にはなりません。そこで、誤配達を減らす意義をみんなで考えました。

すると、「お客様や社内の仲間に迷惑をかけない」というシンプルな意見が出ました。「誰にどんな迷惑がかかるか?」と深掘りしたら、特にクレームを受ける事務員さんが辛いと、心を傷める配達員が多くいました。

ミッションに「お客様はもちろん、仲間に悲しい思いをさせないため」という意義が加わり、主体的な目標に昇華したのです。

2.ミッション達成のための方法・計画は、直属の上司も加わってみんなで考えました。その結果、誤配達のない配達員の行動を細かく分解し、それをみんなが正確に再現するというアイデアが採用されました。

3.作業場のホワイトボードに、誤配達の累計件数を表示します。個々の成績を表示しなかったのは、開示する情報が“誤配達”なだけに、配慮したためです。今にして思うと、“誤配達”というネガティブな情報ではなく、「誤配達ゼロの連続日数」といった前向きなものにすれば良かったと思っています。

誤配達をした部下への指導は、上司ではなく仲間が行います。2~5人くらいの小グループをつくると教え合いは活性化します。この時の「良い先生」とは、人間的な相性がよく、教わる人よりも一歩先を行っていて、できない人の気持が分かる人です。適任者は、大抵、上司ではありません。

4.社内報には、頑張って実践している部下の活躍を載せました。直属の上司にインタビューをし、部下の実践を聞き出し、感謝の気持ちを添えて社内報に載せるのです。

実践事例は、他の部下の学びになるだけではなく、ヤル気も刺激します。当事者の配達員は、直属の上司が、自分の良い部分を見てくれたことが嬉しく、両者の関係が良くなるという効果もあります。

5.1年に2~3回、全員が集まり、これまでの実践を振り返ります。成果が出た事例を分析し、成功要因を抽出し、個々が明日からの実践アイデアを出します。

こうした実践の結果、ひと月あたりの誤配達は5件ほどに減りました。仲間同士の関係が強化されたことで、離職が減るという副次的な効果もありました。

私も現場上司も、1人1人とは深く関わってはいません。常に集団に課題を与え、自分たちで解決することを促したのです。

正解のない時代に、知恵にあふれる経営をしたい。スピーディーな意思決定ができるチームにしたい。リーダーとして、自分がやるべき仕事に集中したい……。

こうした望みが、集団の力を借りるチームマネジメントで可能になるのです。

(※写真はイメージです/PIXTA)