2022年11月に岸田政権が「スタートアップ育成5か年計画」を発表しました。日本が諸外国よりも出遅れている「スタートアップ投資」を加速させることを目的としていますが、そもそもスタートアップのリスクについてよくわからないという人も多いでしょう。本稿では、ニッセイ基礎研究所の清水勘氏が、「スタートアップ投資」のリスクと、投資家に求められる要件について解説します。

1―はじめに

2022年11月に岸田政権が発表した「スタートアップ育成5か年計画」では、諸外国に比べ日本が出遅れるスタートアップ投資を加速させるため、リスクマネーの供給を一層強化する取組みが打ち出された。

このリスクマネー供給を担うのがベンチャーキャピタルに代表される投資家である。リスクマネーという名の通り、投資には必ずリスクが伴い、それに見合ったリターンが要求される。

ただ、スタートアップのリスクはどれくらいなのか? と聞かれても分からない人が多いのではないだろうか。そこで本稿では、起業したビジネスがどの程度生き延びるのかを確認し、そこから類推されるスタートアップ投資のリスクとその投資に従事する者に求められる要件について考察したい。

2―起業したビジネスの生存率

新たに立ち上がったビジネスは、どれくらい生き延びるのか。

これについては、世の中に様々なデータが存在するが、米国の労働省労働統計局が公表しているBusiness Employment Dynamicsのデータ1は、同国が世界屈指の起業大国ということもあり参考になる。

この統計は、米国において特定の年に新たに開設された事業所の生む雇用を追っている。

ただ、事業所の新規開設と言ってもその種類は様々だ。

この統計には、既存ビジネス(出来上がったビジネスモデルがあり、商品やサービスも市場が存在するもの)の新規開業、スタートアップ(これまでに存在しないビジネスモデルや商品・サービスを創造するもの)の立上げ、更には既存ビジネスによる新規出店・支店開設など起業とは言えないものまで含まれる。

不確実性が伴う点はどれも同じだが、その種類により、生存率を左右する事業の安定性でかなりの差があることに留意する必要がある。

また、主眼を雇用動態に置いているため、該当する事業所数と雇用数は分かるが、業容までは把握できないなど、使途に制約がある。

それでも、現存する公的統計の中では、スタートアップの実態により近いデータとして各方面で引用されていることから、本稿では、この統計を用いて考察を試みることとした。

まず、起業の生存率を事業所数の推移で確認すると、新規に設立された事業所の内、生き残った事業所は平均でみると5年後で48.6%、10年後で33.8%となっている(図表1)。

新しく立ち上がった事業所で、10年後に生き残るのは僅か10分の3という厳しい現実がここから伺える。これには、業容が安定的な既存ビジネスの新規出店等も含まれるため、それを除くと生存率は更に低くなると推測される。

スタートアップに至っては、設立時点で確固たるビジネスモデルもなく、商品やサービスへの需要も顕在化していないことから、その生存率は相当低いと考えるべきであろう。


1 “Survival of private sector establishments by opening year, Business Employment Dynamics (BED)” U.S. Bureau of Labor Statistics.

3―起業の生存率から示唆されるスタートアップ投資の壁

1| 低い生存率を前提とした目標成長率

これをリスクマネーの供給者である投資家の目線で捉えるとどうか。10年後の生存率が10分の3という高いリスクを伴う投資となることから、期待する成長も高くなる。

例えば、この生存率を前提に新たに開設された10の事業所へ均等に投資を行い10年後にそれを回収するケースを考えてみよう(図表2)。

ここでは、生き残る3割の部分で、どれだけ全体に及ぶような高いリターンを上げるかがポイントとなる。

まず、上場株式のリターンを年率12%と仮定し、この投資でそれと同じリターンを確保しようとすると、消滅する7つの事業所の価値はゼロ2に、そして残る3つには、各事業所につき10年間で10.4倍(年率26.3%)の成長を求めることになる。

ただ、この投資には上場株式を凌駕するリスクが伴うため、要求リターンも必然的に高い。例えば、年率25%のリターンを求めた場合、生き残った3つの事業所には、各事業所につき10年で31.0倍(年率41.0%)の成長倍率が目標となる。


2 生き残れない事業所でも、出資引き揚げや清算で元本の全部、乃至は一部が戻る(価値はゼロ以上)のが一般的であるが、本稿の試算では、分かり易くするためにその価値をゼロと置いた。その為、生存事業所の目標成長倍率は、一般的なケースより高めに出ている。

2| 統計から類推される実際の成長

では、実際のところ、生き残った事業はどれくらい成長しているのだろうか。

前述の通り、この統計には、事業所の業容に関する情報が含まれていないため、生き残った事業所がどの程度、成長したのかは分からない。

そこで、生き残った事業所の雇用数がその事業の価値に比例するという仮定を置き、統計の含まれる雇用の動きをみてみる(図表3)。

まず、雇用数の推移を平均でみると、設立時と比べて5年後には87.0%、10年後には76.6%が確保されており、事業所の数(図表1)ほど減り方が激しくない。このことから、生き延びた事業所は、設立時に比べて業容を拡大させていることが分かる。

ただ、事業所当りの雇用数の推移を平均でみると、設立時に5.9名の規模で立ち上がった事業所の内、生き残れた事業所の従業員は5年後には10.6名、10年後には13.3名と2倍前後の成長に留まっている。

このことから、実際に生き残った事業所の成長倍率は、前出の試算で求めた目標成長倍率の31倍はおろか、上場株式並みのリターンで必要とされる10倍にも及んでいない可能性があるという示唆がこの統計から得られた。

3| 投資に潜在するふたつの壁

以上から、(1)起業ビジネスの生存率は低く、往々にして失敗に終わること、(2)また、生き残った事業所も、全体として見ればリスクに対して成長ペースが必ずしも高くない可能性がある 、という二つの壁が潜在することに気づく。

“高成長”という淡い期待や甘い言葉につられて、この類のビジネスへ十把一絡げに投資しても、うまく行かない可能性があることを投資家は認識する必要がある。

起業大国の米国がこの状況であるとすれば、発展途上にある日本では、それ以上の高い壁が立ちはだかると考えるべきではなかろうか。

4―ふたつの壁を乗り越えるために必要とされるスタートアップ投資家の資質

では、このふたつの壁を克服する上で投資家はどのような要件を備えるべきか。ここでは、主に4つの要件について述べたい。

何はさておき、投資家は生き残る蓋然性の高い有望な投資先を発掘しなければならない。

その為には、(1)数多ある起業ビジネスの中から有望な投資候補を囲い込める“ネットワーク力”と、(2)投資候補の中からポテンシャルの高いビジネスを選別する“目利き力”が不可欠となる。

ITの投資比率が高い米国のベンチャーキャピタルでは、創業者にシリコンバレー出身者が多い。米国を代表するベンチャーキャピタルの創業者、故ドン・バレンタイン氏もそのひとりだ。

半導体企業で培った経験と知見を活かし70年代ビデオゲーム会社アタリ社を発掘し、そこで知り合ったスティーブ・ジョブス氏が興したアップル社の初期の出資者となった。

1999年、まだスタートアップだったGoogleに投資し、その5年後の2004年にそれを約100倍にして投資を回収している3。彼らに共通する点は、その道でしか培えない人脈を有し(ネットワーク力)、技術やサービスを誰よりも熟知し、その将来性を先見できること(目利き力)だ。

特定の業界や技術分野で長年の実務経験があるだけでなく、そこでの実績も厳しく問われる。日本はデジタル人材において量・質の両面で諸外国に見劣りすると言われており4、この様な人材はまだ少ない。

仮に、そのような人材がいたとしても、シリコンバレーからベンチャーキャピタルに転身するような垣根を越えた労働移動は今の日本ではまだ少ない。業界独自のネットワーク力と卓越した目利き力というふたつの要件を取り上げただけでも、日本にスタートアップ投資が根付くまでの道のりは長そうに思える。

また、発掘した事業に高いポテンシャルがあったとしても、そのままでは投資目線に適った成長軌道に乗らない可能性が残ることを統計は示唆している。

中でも、スタートアップは、ビジネスモデルから商品・サービスまで、まだ何もテイクオフしていないこともあり、成長軌道に乗るまでのハードルは高い。その為、投資家には、(3)主体的に投資先を後押しする“指導力”が必要となる。

ただ、どんな後押しでも、投資家の独りよがりでは創業者が賛同せず、前に進まない。従って、事業の成長に対する期待や利害が一致するような互恵的な成長戦略を組み立てながら創業者と切磋琢磨できることも重要なスキルとなる。これは協調を重んじ議論を避けがちな日本人が苦手とする領域でもある。

最後に、投資先の低い生存率が原因で投資が道半ばで終わらない為にも、投資家にとり(4)倒産リスクを吸収し得る“高いリスク許容度”は必須の要件となる。

投資家に十分な自己資本があればそれに越したことはない。そうでない場合は、投資組合等の受け皿を作り、機関投資家や事業会社等から出資を募り、十分なリスク許容度の下でハイリスク投資を実践する。

投資組合を通じた投資は、ベンチャーキャピタルの典型的なビジネスモデルであり、本来の目的は、自らの知見やスキルを駆使して獲得した投資利益を出資者に分配する見返りとして高い報酬を出資家から受け取ることにあるが、それ以外の目的として投資そのもののリスク許容度を高めるという側面も併せ持つのである。


3 “Sequoia Capital Quietly Doles Out Google Shares Worth $1.3 Billion” Jan. 17, 2005 The Wall Street Journal

4 「令和4年度年次経済財政報告 第3章第3節 デジタル化を進める上での課題」内閣府

5―日本のベンチャーキャピタル

それでは、今日の日本に、この投資に適った投資家が米国と比べてどれだけ存在するのであろうか。ベンチャーキャピタル団体に所属する会員企業数を例にとると、本稿執筆時点で全米ベンチャーキャピタル協会には407社、日本ベンチャーキャピタル協会には149社の登録が確認できた。

また、全米ベンチャーキャピタル協会の2023年イヤーブックによると、2022年に4,064社5のベンチャーキャピタルが米国に存在し、その内、直近8年に資金調達活動が確認されたものは2,718社となっている。

これに対する日本側のデータは公開情報では入手できなかったが、経産省によれば2022年10月時点で3,782社6の大学発ベンチャーが存在する。

社数だけでみれば日米互角ととれなくもないが、対象となる範囲や定義が定かではないことから、数だけで投資家の練度を論評することは難しいだろう。

その一方で、投資額については日米間で歴然とした開きがある。内閣官房のスタートアップ5ヵ年計画によれば、2021年の投資実績で、米国が36.2兆円、17,100件であるのに対し、日本の2,300億円、1,400件と7、額にして約150倍、件数にして約12倍の開きがある。

社数よりも投資額の方が、日米の実態をより強く反映しているものと思われる。この差からも、一足飛びに日本が米国にキャッチアップできるとは考えにくい。


5 “2023 The NVCA Yearbook”, National Venture Capital Associations.

6 「令和4年度大学発ベンチャー実態等調査」経済産業省

7 「スタートアップ育成5か年計画」内閣官房

6―おわりに

本稿では、起業の生存率から類推されるスタートアップ投資のリスクと、そこから求められる投資家の要件について考えてみた。冒頭で述べた通り、この統計は広義の起業を対象とするもので、スタートアップに絞ったものではない。

それでも5年後、10年後生存率が各々約5割、約3割と低い。文献にもよるが、スタートアップは4件に3件8、或いは10件に9件9は失敗するという報道もある。

生存率が低くなるほど生き残りを発掘する難易度が高くなり、投資家のスキルが結果を左右することになる。スタートアップ5ヵ年計画では、公的資本のみならず個人の資金まで巻き込んでリスクマネーを捻出しようとしている。

そのリスクマネーを活かすも殺すも投資家の腕次第だ。ただ、スタートアップ5ヵ年計画でも記されている通り、国内ベンチャーキャピタルは育成の途上であり、頼みの綱は、まだ日本での実績が少ない10海外ベンチャーキャピタルというのが現状だ。

そう考えると、2027年度のスタートアップ投資額を現在の10倍を超える10兆円規模にするというスタートアップ育成5か年計画がいかに野心的であるかが伺われる。

今後、スタートアップ投資への関心はますます高まることになるが、その大きな期待と同様にリスクも非常に高いということ、リスクマネー供給には特定の要件を備え経験に長けたプロの投資家が欠かせないこと、を十分に認識した上で、今後の日本におけるスタートアップ投資の発展を見守っていきたい。


8 “The Venture Capital Secret: 3 Out of 4Start-Ups Fail” Sept. 20, 2012, The Wall Street Journal

9 “Why startups fail, according to their founders” September 26, 2014, FORTUNE

10 「スタートアップについて P35 海外からのリスクマネーの流入の現状」経済産業省 第4回経済産業政策新機軸部会資料より

(写真はイメージです/PIXTA)