本日9月27日(水)夜7時30分より、「クローズアップ現代」(NHK総合)にて「 “命の法律”が守られない 岐路に立ついじめ対策」が放送される。滋賀県大津市の中学生がいじめを苦に自殺したことをきっかけに、「いじめ防止対策推進法」が2013年に施行されてから10年が経過した。一方で2021年に北海道旭川市で発生した事件が記憶に新しいように、凄惨ないじめは今なお後を絶たず、その背景には学校現場の実態と法の理念との乖離があるという。番組制作チームの植松由登チーフプロデューサー、長野圭吾チーフプロデューサー、堤早紀ディレクター、栁沼玲花ディレクターにインタビューを行い、今回の放送で伝えたい思いを聞いた。

【写真】2021年、いじめを受けた後亡くなった北海道旭川市の中学生・廣瀬爽彩さん

■遺族との対話から感じた問題意識、4年半越しの執念の企画

そもそも、いじめ問題を法律の観点から特集する本番組は、約4年半前に堤ディレクターが企画するも、一旦は見送りになったものだった。しかし堤ディレクターは問題意識を持ち続け、今回実現に至った執念の企画だという。

「10年前に法律ができたにもかかわらず、今も悲惨ないじめ自殺が繰り返されているのはなぜなのか。堤ディレクターが、法律のきっかけとなった大津市の事件のご遺族と関係を築く中で、『子どもたちの命の犠牲の上にできた法律がなぜ守られないのか』という問題意識を持って立ち上がった番組です。

たとえば埼玉県川口市の事件(2019年)では、いじめを苦に自殺未遂をした被害者が学校に呼び出され、その場で加害者家族から罵倒されたことが引き金になって亡くなってしまいました。法律で被害を受けた子どもに寄り添うことが決められているにもかかわらず、学校側が真逆の対応をしており、法律が守られていない実態があります。また旭川市の事件では、学校側がいじめを認めなかったことや、教育委員会の問題に加え、遺族代理人を務める弁護士は、事件の調査にあたった第三者委員会の報告書そのものが事件をいじめではないと認定していて、法律を無視していると指摘しています。では法律がなぜ軽んじられているのかというと、法律上『被害者が苦痛を感じたらいじめ』という形で非常に広く定義しているがゆえに、学校側がすべてに対応できないという背景があり、現場と法律の間に大きな溝があるためです。

教育の現場で法律が無視されているというと驚くような話ですが、実態としては保護者対応をはじめ教員がさまざまな負担を抱える現状の中で、どのように現場を支えながら子どもたちの命を守っていくか、その最適解を探っていきたいと思っています」(植松CP)

センシティブな取材現場、お互い人間であることを大切に向き合う

いじめ問題の取材では、被害者遺族に話を聞く局面も多い。センシティブな取材において心がけている気配りを聞いた。

「私は初任地が仙台局で、ずっと東日本大震災の取材をしてきたので、ディレクター1年目からご遺族の取材を経験することが多かったのですが、とても難しいです。ご遺族と一言で言っても、どういうことに苦しんでいるか、どれくらい時が経って、今どんな心の状態かはそれぞれ変わってきます。ただ、取材者が人として問われるところがあると感じているので、自分の過去の経験まで含めてさらけ出して向き合うことと、取材だけで関係を終わらせず、ご命日に法要に伺うなど、誠意を尽くすことを大事にしています。取材を受けてくださったことへの感謝でもあります」(堤D)

旭川市の場合、かなり事件に関する報道が過熱していて、報道への不信感が強い中でご遺族と向き合っていく難しさがありました。ただ、一取材者と取材相手というだけで終わらせない、それ以前にお互いひとりの人間だということを忘れずに意識して向き合おうとしていました」(栁沼D)

■学校外部の力を取り入れた対策事例も紹介

学校だけでいじめを根絶することが難しい状況の中、今回の番組では、学校外部の力を取り入れているいじめ対策事例も紹介する。

長野チーフプロデューサーが取材した韓国では、19年前の法制化以降、20回以上もの法改正を繰り返しながらいじめ(韓国では学校暴力と呼称)問題に関するルールを厳格化してきた。いじめに該当しそうな行為を具体的に列挙することでいじめを定義づけると共に、いじめの解決は教員の本来業務ではないという考えの元、日本のように担任教師が解決を図るのではなく、いじめ責任教師が一手に引き受けて調査を行う。ケースによっては保護者が入って審議を行ったり、学校の手も離れて弁護士や警察官、医師による審議会に回すものもある。対応が担任教師の手を離れている一方で、いじめを隠ぺいすると教師にも厳しい処分が下される。こう聞くと非常に優れた仕組みに感じるが、日本で同じ対応を行うのは現状では難しい部分があるのではないかと堤ディレクターは語る。

「日本はいじめを教育的に指導して解決する、加害者も含めて教育していくという方針が根強く、保護者をはじめとした学校外からの担任に対する期待もあります。2018年から19年にかけていじめ防止対策推進法の改正議論があり、いじめ対策を担当する主任をおくことや、教員への罰則を法律に明記しようといった話が出たこともあったのですが、結局は教育現場からの反発で実現には至りませんでした。韓国の事例は参考にはできますが、日本でそのまま適用するのは難しいと思います」(堤D)

また沖縄のある中学校では、スクールロイヤーと呼ばれる弁護士が毎週学校を訪ね、中立の立場をとりながら証拠集めや事実認定などに直接携わることで、学校側の負担減と保護者の納得の両立をめざしている。ただ、これもまだ模索中の取り組みであるという。

「スクールロイヤーは日弁連と文科省で定義が違ったりと、まだ社会全体での定義づけがされていない存在です。また弁護士として利益相反の観点から動き方が難しい部分もあり、皆さん手探りで対応されています。多くは教育委員会から委託されていますが、学校を守る顧問弁護士ではなく、あくまでも加害者・被害者含めた子どものために動くので、時には学校に厳しい姿勢を見せるケースもありますし、逆に保護者からの要求が厳しい場合は、法的根拠を示して止める場合もあります。一方で、スクールロイヤーが子供や保護者からの相談を受けて学校にアプローチすることは基本的にできないので、そういった専門性のある存在も必要だと思います」(堤D)

■被害者に寄り添って支えていける大人たちでありたい

取材を重ねる中で現場のディレクターが感じた、最も大きな問題点とは何なのだろうか。

「いじめには、加害者側に悪いことをしている意識がないという構造的な難しさがあります。学校や教師もいじめだと認識せず、“いじり”として問題視していないケースもある。一方で被害者は深く傷ついていて、認識のずれがあり、それを埋めるのが難しい。だからこそ被害者の目線に立っていじめを定義しようということを、いじめ防止対策推進法では打ち出しています。

ですが、対応にあたる学校や担任の教員もいじめの当事者です。いじめが起きるような環境を作ってしまったり、教員自身が加担しているようなケースもあります。一方で保護者の側は教員に対して強く対応を求めるので、そのギャップをどうすり合わせていけるか、専門性を持った外部の人間が必要なのではないかということを考えています」(堤D)

「私は旭川市のいじめ事件から取材を始めたので、いじめ自体の発生をゼロにするのは難しいと感じつつも、最悪のケースに至らないようにするにはどうすればいいかを考えてきました。旭川の事件も、いろいろなタイミングで(被害者の死という)最悪の事態を防げるチャンスはあったと思います。学校、教育委員会、医師、警察、いろいろな人が関わったのに、誰も積極的には関わろうとしなかった。皆がもっと積極的に関わらなくてはいけない仕組みが必要だと思います」(栁沼D)

最後に、本番組を通じて視聴者に受け取ってほしい思いを尋ねた。

「今回の番組が問題提起にとどまってはいけなくて、どうすればいいのかを考えるきっかけになればと思っています。いじめは毎日のようにニューストピックに上がってきて、私たちの日常の中にある前提のようになっていますが、だからといって不感症になってはいけない。いじめで命が失われたり、不登校を引き起こしたり、人生に大きな影響をおよぼすという重さがあります。ショッキングな事件が起きるとそのときだけ報道が過熱しがちですが、過熱したものは一過性で忘れられてしまいます。そうでないときに冷静に問題に向き合うべきだと思っています」(植松CP)

「いじめ問題について、ニュースで伝えられていることはほんの一部です。命を落とすまでに至らずとも、人生が壊れてしまった方がたくさんいらっしゃいます。番組に出演されている方の他にも、多くの方のお話を伺ってきたので、その思いをこの番組に投影できたらと思っています。被害者の方は、いじめ自体がつらかったのに加えて、その後の学校や教育委員会といった周囲の対応にも再び傷つけられているというケースが多いので、そうではなくしっかり被害者に寄り添って支えていける大人たちでありたいと思いますし、そのために法律の理念に立ち返り、そこに焦点を当てて社会に問いかけていく番組にしたいです」(堤D)

■取材・文/WEBザテレビジョン編集部

2019年9月、いじめを苦に15歳で自ら命を絶った小松田辰乃輔さん/(C)NHK