2023年現在の中国人人口は14億2,570万人で世界第3位。その市場規模に魅せられた欧米を始め、日本の企業らが次々に中国でのビジネス拡大を狙っています。本記事では、株式会社伊藤忠総研・主任研究員の趙瑋琳氏の著書『2030年中国ビジネスの未来地図』より、欧米日による中国進出の動向について解説します。

内需拡大を取り込もうとする欧州企業

2003年以降の対中直接投資実行額を業界別に見ると、製造業への投資は2011年に521億ドルでピークに達しました。その後は縮小傾向が続き、2021年に337億ドルまで減少しています。とりわけ、アパレル関連の減少が目立ち、2005年の49.2億ドルをピークに、2019年には4.3億ドルまで下落しています。

一方では、製造業の投資減少と対照的に、卸売・小売業への投資は増え続けており、2003年に11.2億ドルだったのが、2021年には167.2億ドルまで膨らんでいます。これは「世界の市場」としての可能性を見据えた投資増加と説明できます。

実際、近年、中国市場の魅力が再認識され、撤退するどころか、中国の内需拡大を取り込むための投資を行う外資系企業が増えています。中でも特に積極的な攻勢を仕掛けているのが欧米企業です。

※2023年現在の中国人人口は14億2,570万人で世界第3位

中国EU商会、うち7割の企業「中国が今後も重要な投資先として上位3位に入る」

1800社以上の会員企業を抱える中国EU商会は、2004年から毎年、在中欧州企業の業績や課題などに関する「ビジネスコンフィデンスサーベイ」を実施しています。最新の2022年版によると、3分の2の企業は2021年の売上高が増加しており、6割の企業は「中国ビジネスが難しくなった」と回答しています。中国事業を拡大すると回答する企業の割合は2021年の調査結果の59%より高く、62%でした。約7割の企業は中国が今後も重要な投資先として上位3位に入るとの認識を示しています。

実際の取り組みとしては、新型コロナウイルス感染拡大をめぐる政策やウクライナ情勢、米中関係など地政学的リスクの高まりを受け、欧州企業は中国ビジネスの現地化を加速させようとしています。サプライチェーンの現地化を計画している企業の数は、サプライチェーンの移転を考える企業の8倍になっていると言います。

こうした中、欧州航空機メーカー大手のエアバスは2022年6月に新1級都市の蘇州に研究開発部門を設置しました。同7月、中国の三大航空会社である南方航空、中国国際航空と東方航空は、エアバス社から292台の飛行機を購入しています。

世界最大の総合化学メーカーであるドイツのBASF社は100億ユーロをかけ、3級都市の広東省湛江市に世界3番目の規模となる化学品生産拠点を建設しています。同社は「世界の化学工業分野で市場シェア40%を占める中国のさらなる成長を見込んでいるため」と明言し、中国市場における自動車や電子製品などの需要増もビジネス拡大のチャンスと捉えています。

また、言うまでもありませんが、ドイツの自動車メーカーにとって中国市場はかけがえのない存在です。中国人消費者の嗜好が変化し、中国のEV新興勢力が台頭していますが、ドイツの自動車メーカーはこぞって中国事業への投資を強化しています。

在中ドイツ商工会議所会頭のクラース・ノイマン氏は2022年末に「色々な課題がありますが、多くのドイツ企業にとって、中国の市場規模や成長は魅力的」と指摘しています。これは中国市場に対する多くの欧州企業の見方だと言えます。

金融分野への参入に積極的な米国企業

かたや米国企業はどうかと言うと、2018年以降も米国企業による中国進出とビジネス拡大が後を絶ちません。

テスラ」と持ちつ持たれつな中国

既に上海工場をフル稼働している米国の新興EVメーカー・テスラは、中国での投資、生産能力の向上および研究・開発の拡大を表明しています。

振り返ってみれば、テスラの上海工場の建設が決まったのは米中貿易摩擦が始まった2018年でした。米中対立の長期化が鮮明になりつつある中、テスラは果敢に中国を選び、その時点で中国の生産能力や人材、多くの優遇措置、巨大な消費市場を勝ち取りました。

当然、テスラの進出は中国にとってもメリットが大きく、「世界の工場」としてのメンツを保てただけでなく、EV関連のサプライチェーンが整備され、地場メーカー育成の加速につながっています。

金融分野の外資参入

中国では金融分野における外資参入の規制緩和が進んでおり、外資銀行の業務範囲拡大や証券会社の外資出資比率の上限撤廃などが始まっています。

2021年8月には外資系金融機関として初めて、米国金融大手のJPモルガン・チェースが100%出資した子会社が認可されました。同10月に米国のゴールドマンサックスも中国の合弁会社を出資比率100%の子会社にしています。

中国国内初の外資系不良債権投資会社も誕生しています。それが米国資産運用大手のオークツリー・キャピタル・マネジメント社による独資の子会社で、2020年2月、北京に設立されました。同社の創業者でディストレスト債投資の先駆者として知られるハワード・マークス氏は中国経済の先行きに常に楽観的な見方を持ち、中国の不良債権に対する投資に積極的に取り組んでいると言います。

また、米国資産運用大手ブラックロックは、2021年5月に中国の国有商業銀行である中国建設銀行と「貝莱徳建信理財」を設立しています。ブラックロックの出資比率は50.1%で、その半数以上を握っています。

ケンタッキーピザハットコストコも出店拡大

生活・消費分野においても、ケンタッキーフライドチキンピザハットなどの中国事業が好調で、今後一層のビジネス拡大が見込まれています。スターバックスウォルマートの会員制スーパーであるSam’sClub、会員制倉庫型スーパーのコストコなど、米国小売企業による出店拡大の動きも多く見られます。

健闘する日本企業

日中両国にとって2022年は日中国交正常化50周年を記念する節目の年でした。中国の習近平国家主席と日本の岸田文雄首相が祝電を交換し、「両国の関係発展を重視し、新時代が求める関係の構築に注力する」と述べています。

前著『チャイナテック─中国デジタル革命の衝撃』では、最終章「中国企業の国外進出と日中新時代」を中心に、日中経済関係の変遷や日本を目指す中国企業、互いの違いを活かす日中企業連携の事例を取り上げています。

そこでは中国社会や経済の構造的変化、政治の影響を受けながらも、日本にとって中国ビジネスの重要性が簡単に失われることはないと説明しました。実際、以前から中国に進出している日本企業も、新規参入を試みている日本企業も、中国市場での存在感を高めようとしており、小売関連では出店拡大の動きが止まりません。

近年の「独身の日」キャンペーンにおけるTモールの洋服売上高ランキングでは、男女ともユニクロがトップの座を守っており、実店舗だけでなく、オンライン販売にも力を入れています。また、現在約900の店舗を抱えるユニクロは3000店舗の目標に向けて出店を加速し、とりわけ、「下沈市場」への出店を拡大しています。

※中国の3級都市以下の都市及び農村のこと。9億を超える人口規模、購買力の向上、デジタルの力による加速度的成長の3点から、中国の次なる巨大マーケットとして注目を浴びている。

イケア後退をチャンスに進出する「ニトリ

スウェーデンの家具量販大手イケアの中国ビジネスが後退している中、中国で既に57店舗を擁するニトリは、2022年11月に念願の北京初出店を果たしました。有力な内陸都市である成都、長沙、重慶にも積極的にも出店し、中国全体では2023年中に100店を目指しています。

最注力地域と位置付け、成長する「明治」

大手食品メーカーの明治は2020年7月に1級都市の広州で新会社を設立し、同市で蘇州、天津に次ぐ3つ目の工場建設に着手しました。海外市場の中で特に中国を最注力地域と位置づけて、中国人の購買力と健康意識の向上をさらなる成長の機会と捉えています。

中国市場を投資強化と研究の拠点にする「資生堂

1981年に初の外資系化粧品ブランドとして中国進出を果たした資生堂は、現地生産と中国市場向けのブランドを確立しています。2022年は資生堂設立150周年であり、その記念イベントにおいて、魚谷雅彦CEOは「中国市場は資生堂の2023年の業績回復のカギであるだけでなく、今後の資生堂グループの成長をけん引する重要なエンジンでもある」と述べています。

また、資生堂中国法人の藤原憲太郎CEOは中国市場の可能性を最大限に引き出す意気込みで「中国市場を従来のビジネスの場から投資強化と研究の拠点にする」と表明しているのです。

2020年から順調な展開を見せる「蔦屋書店

蔦屋書店は2020年秋に杭州市に1号店をオープンし、書籍や文具雑貨の販売、書籍とカフェが融合した居心地の良い空間の提供、日本文化の紹介など、豊かなライフスタイルを提案し、人気を博しています(写真)。杭州に次ぎ、上海や西安、成都などにも出店し、順調な展開を見せています。

445億円を投じEV市場の拡大を狙う「村田製作所」

製造業では、村田製作所が2022年に発表した、中国における製造拠点の拡大は本当にビッグニュースでした。中国におけるEV市場のさらなる拡大に対応できるよう、生産能力の強化のために過去最大規模の約445億円を投じるということです。

中国日本商会が2022年夏に公開した「中国経済と日本企業2022年白書」によると、日系企業は新型コロナウイルスの感染拡大で中国事業の拡大に慎重な姿勢をとっているものの、対中投資の縮小や中国撤退を検討している企業は数%にとどまっていると言います。

また、日本貿易振興機構(ジェトロ)が実施した「2021年度海外進出日系企業実態調査(中国編)」では、中国に進出している日系企業の2021年の業績について、「黒字企業の割合は中国全体で72.2%と、非製造業を調査対象に含めた2007年度以降の調査としては過去最高の水準」という結果が出ています。

趙 瑋琳

株式会社伊藤忠総研 産業調査センター

主任研究員

(※写真はイメージです/PIXTA)