植物界と動物界をまたぐ感染能力は脅威です。

銀葉病という名前は一見、美しい銀色の葉を持つ植物を連想させますが、実際には植物を蝕む恐ろしい真菌病です。

インドアポロ・マルチスペシャリティー・ホスピタル(AMH)で行われた研究によって、本来ならば植物にしか感染しない真菌が人間に感染した、史上初の例が報告されました。

ゲームや映画で人気の『ラスト・オブ・アス』では、人間の行動を制御する「ゾンビ菌」が描かれていますが、現実世界でも、アリやセミに寄生し、その行動を操る真菌が存在します。

今回はこうした「フィクションのような」事実を通じて、真菌の驚くべき進化、そしてこれらが地球上の生命とどのように関わり合っているのか、詳細に探ります。

真菌たちはどのようにして種の壁を越え、私たち人間に感染することができたのか、そしてこれが意味する未来は何なのでしょうか?

研究内容の詳細は『Medical Mycology Case Reports』にて公開されています。

目次

  • 種を超えた感染は現実にも起きている
  • ゾンビ菌は進化の袋小路に入り込んでいる
  • 植物の銀葉病が人間に感染した

種を超えた感染は現実にも起きている

銀葉病は植物に起こる真菌感染症として知られています
Credit:青森県産業技術センター

銀葉病は真菌によって引き起こされる感染症で、バラやサクラなどさまざまな植物に感染する疾患です。

銀葉という名前は真菌の出す毒素が葉に到達して組織に崩壊や剥離を起こし、銀色に輝くことに由来しています。

他にもリンゴに発生する銀葉病の場合、毒素が果実にも侵入して、蜜が入りやすくなる『みつ症』といった症状が出ることがあります。

感染が最終段階に達した樹木では、根本付近に子実体(キノコ)が出現して空気中に胞子を放出します。

放出された胞子が水分のある場所や新たな宿主に漂着すると、内部からアメーバー状の真菌が出現し、再び増殖を開始します。

真菌は動物細胞とは異なり植物のような細胞壁のバリアを持ちますが、植物のように自ら栄養を生成することはできません。

真菌は細菌、古細菌、粘菌、そして植物よりも人間に近い存在です
Credit:理化学研究所

また細菌や古細菌とも異なり、DNAを収める細胞核やミトコンドリアのような細胞小器官を数多く備えます。

そのため細胞レベルでは、真菌は細菌よりも人間に近い存在と言えるでしょう。

真菌の種類は600万種以上も存在すると考えられており、生命の木で巨大なグループを形成しています。

そのため真菌は植物だけでなく、多くの種に感染します。

人間にとっても真菌性疾患は決して珍しいことではありません。

白癬、水虫、およびカンジダ症はなどは、人間の皮膚表面に起こる真菌感染が原因です。

ただ何百万もの既知の種のうち、私たちに多大な害を及ぼすことができるのはほんの300種だけです。

ほとんどの種類の真菌にとっての最適温度は12℃から30℃であり、私たちの体温(37℃)に耐えることができないからです。

(※一部には耐熱性を示す真菌もいます)

一方で、しばしば真菌たちは本来の宿主以外の種に感染することが知られています。

しかし通常はリンゴからイネ(同じ植物間)、カブトムシからトンボ(同じ昆虫間)、コウモリから人間(同じ哺乳類間)など宿主間の進化距離が比較的近い場合がほとんどです。

これは近距離の移動にしか耐えられない乗り物に簡単な改造を加えて長距離移動を試みているようなものです。

たとえるならば、農耕用トラックを改造し高速道路で隣の県へ移動するようなものでしょう。

簡単なことではありませんが、膨大なトライアンドエラーを経れば実現可能です。

では映画ラストオブアスのように、昆虫のゾンビ菌が人間をゾンビ化することはあり得るのでしょうか?

ゾンビ菌は進化の袋小路に入り込んでいる

ゾンビ菌が世界中の動物に感染することはあるのか、そして地球の歴史であったのか?
Credit:wikipedia

映画「ラスト・オブ・アス」では虫に感染して行動を支配するゾンビ菌がパンデミックを起こし、人類のほとんどがゾンビになってしまった世界が描かれています。

しかしアリやセミのゾンビ菌が魚や鳥、カエルや人間に感染を広めて世界中の動物をゾンビ化させることはありません。

地球の歴史においてもゾンビ菌による大規模なゾンビ化現象、例えば恐竜がゾンビ化してしまうような事態は確認されていません。

もしそんなことが起きていたら、痕跡は化石にも残るはずです。

ゾンビ菌はアリやセミの精神を乗っ取り、望みの行動をとらせるという複雑な仕事を実現するため、対アリ感染に特化した進化を続けてきました。

セミに寄生し、性行為でパートナーを次々にゾンビ化させる菌が怖い。

特定の宿主に特化すればするほど、種を超えて感染を起こす汎用的な能力は失われていきます。

再び乗り物で例えるならば、昆虫のゾンビ菌が人間に感染するのは、ゴルフカートのような近距離の地上しか移動できない乗り物で太平洋横断を目指すようなものでしょう。

といってもペストのような例外はあります。

ペストはノミに感染している細菌が人間に感染することで発症します。

(※ペストの病原体は真菌ではなく細菌に属します)

しかしペストの場合、長年にわたってノミと哺乳類の関係が形成されており、人間に感染する下準備が整っていました。

太平洋に既に橋がかかっており、ゴルフカートでも走破できる状況だったと言えるでしょう。

しかしゾンビ菌には人間との間にそれらしい架け橋が築けていません。

アリのゾンビ菌は人間の神経を支配したり、人間の免疫システムを突破する方法も知らないからです。

昆虫よりもさらに遠く植物を宿主にする真菌が、人間に感染するケースに至っては、さらに困難と言えます。

植物と動物が枝分かれしたのは10億年以上も前であり、エネルギーシステムも免疫システムも全く別物です。

植物に感染するように進化してきた真菌はある意味で草食性であり、やはり人間の免疫システムと戦う方法も知りません。

(※免疫能力が極度に衰えている状態では、枯れ葉を食べているような本来なら無害なはずの真菌に感染してしまうこともあります)

その困難さを例えれば、ゴルフカートを使って月へ行くのに等しいと言えます。

しかし、今回それが起きてしまいました。

植物の銀葉病が人間に感染した

界をまたぐ感染能力が本物ならば地球生命全てが感染対象になり得る
Credit:Soma Dutta . Ujjwayini Ray . Paratracheal abscess by plant fungus Chondrostereum purpureum- first case report of human infection . Medical Mycology Case Reports (2023)

インドに住む61歳の菌類学者の男性は、医療機関を受診するまでの約3ヶ月間、嚥下困難、嗄れ声、咳、食欲不振、倦怠感、再発性の喉の炎症を患っていました。

3カ月後に発表された事例研究では男性の首のCTスキャンの結果が発表されており、気管の右側に膿のポケットがあることが明らかになりました。

また担当医師が膿のサンプルを採取し、分析したところ、真菌の増殖の証拠を発見し、菌糸と呼ばれる長い根のようなフィラメントの存在が明らかになりました。

しかし発見された真菌は人間に感染するとされる300種類の中のどれにも該当しません。

そこでサンプルがWHOに運ばれ、遺伝子分析が行われました。

結果、研究者らはこの真菌が植物に銀葉病と呼ばれる病気を引き起こすコンドロステリウム・プルプルウム(Chondrostereum Purpureum)であることを特定しました。

患者は銀葉病の病原体を扱ったことはないと否定しましたが、研究活動の一環として、長期間にわたって腐朽物質や他の植物菌類を扱っていたと述べています。

葉や茎に菌糸を通すことに適応した菌類が、私たちの体内で同じことを行うことに成功することは非常にまれです。

また男性は免疫系が完全に機能しており、免疫抑制剤の服用やHIV、糖尿病、その他の慢性疾患を患っている兆候は見られませんでした。

つまり銀葉病は植物界から動物界に界をまたいで感染し、生物の中でも極めて高性能な人間の免疫システムを突破したのです。

このような界をまたいだ感染がなぜ起こったかは不明です。

私たち人間はさまざまな真菌の胞子は1日に1000個以上吸い込んでいるとされていますが、ほとんどが免疫細胞の食作用によって捕食され分解されてしまします。

一部の研究者たちは、銀葉病の真菌は何らかの変異を起こして、人間の免疫細胞による食作用を回避している可能性があると述べています。

加えて、真菌は何らかの方法で人間の体温に耐える耐熱性も獲得していたと考えられます。

幸いなことに、迅速な抗生物質の投与によって男性は回復し、その後も後遺症はみられません。

しかし研究者たちは、人間の体温に耐える真菌の出現は今後増加していくと述べています。

温暖化により真菌たちの住処が加熱されれば、真菌たちは生き残るために熱に適応するように進化してしまうからです。

また界をまたいで感染する能力が本当に存在するなら、地球上に住む全生命体が感染対象になりえます。

研究者たちも「界を越えた感染症の出現は重要な意味を持っている」と報告書に書いています。

植物から人間への超ジャンプ異種感染が起こり得るという結果は、既存の私たちの常識を大きくくつがえします。

アリのゾンビ菌が人間に感染するよりも、さらにあり得ないと思われていた植物の感染症が人間に起こったからです。

もしかしたら真菌たちの種や界を超えた感染能力は、人間の想像以上に起きやすいのかもしれません。

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参考文献

Plant Fungus Infected a Human in First Reported Case of Its Kind https://www.sciencealert.com/plant-fungus-infected-a-human-in-first-reported-case-of-its-kind

元論文

Paratracheal abscess by plant fungus Chondrostereum purpureum- first case report of human infection https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2211753923000106?via%3Dihub
植物にしか感染しない真菌が人間に感染!生物界をまたぐ史上初の例