インフレ局面を迎える中、安易に値上げをすれば顧客を失いかねず、価格を据え置けば利益は削られる。多くの企業にとって、今、「価格戦略」は最も重要な課題の1つだろう。当連載は、製品の販売価格をマネジメントする「価格支配力」により、高い利益率と成長を両立させるマーケテイング戦略、価格戦略について解説した書籍『価格支配力とマーケテイング』(菅野 誠二、千葉 尚志、松岡 泰之、村田 真之助、川﨑 稔著/クロスメディア・パブリッシング)から一部を抜粋・再編集してお届けする。

 第4回は、日東電工が50年以上にわたり積み重ねてきた独自のマーケティング活動とグローバルニッチトップ戦略、エリアニッチトップ戦略を解き明かす。

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<連載ラインアップ>
第1回 クラフトビール市場を広げたキリンビールの「カテゴリーずらし」とは?
第2回 「Sony listens.」とプロが称賛、ソニー「感動」のマーケティング戦略
第3回 10年間で売上が約8倍、高収益企業スノーピークの「超上澄み価格設定」とは?
■第4回 圧倒的な付加価値を創出、日東電工の「三新活動」「ニッチトップ戦略」とは?(本稿)

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 三新活動で顧客属性をずらしてマーケットを開拓する日東電工 

 日東電工は売上(2022年3月)8534億円、営業利益1322億円(利益率15.5%)という高収益企業だ。高付加価値の素材を数多く提供しているが、その戦略は「三新活動とニッチトップ戦略」である。HP(*)によると、下記のように述べられている。

*Nitto独自のビジネスモデル「三新活動」「ニッチトップ戦略」

新用途開拓と新製品開発に取り組むことで、新しい需要を創造するNitto独自のマーケティング活動「三新活動」
 既存製品の「新」しい用途を開拓して、そこに新たな技術を加える。もしくは新しい技術を用いて「新」製品を開発したうえでその用途を広げる。こうして「新」しい需要を創出する。
 3つの「新」を重ねて進化し続けることが、50年以上にわたって繰り返されてきたNitto独自のマーケティング活動「三新活動」の原理です。
 電気絶縁の用途に使われていたビニルテープという既存製品から、さまざまな新技術・新機能の開発と、新用途の開拓を繰り返し、電線メーカーから住宅、自動車といった新たな顧客・業界における需要を創造してきました。このように、顧客に密着し、技・製・販が一体となって三新活動を推進することが、Nittoの「イノベーションのDNA」であり、成長エンジンのひとつです。

自社に優位性があるニッチ市場で独自の技術を活かし、トップシェアを目指す
 成長(変化)するマーケットのなかでも、先行者のいない「ニッチ分野」において、Nitto独自の技術を活かすことによりシェアNo.1を狙う戦略。Nitto固有の集中・差別化戦略です。グローバルシェアNo.1を目指すのがグローバルニッチトップ戦略、各国・エリアの市場において、特有のニーズに応じた製品を投入してトップシェアを狙うのがエリアニッチトップ戦略です。

 日東電工の独自戦略である「三新活動」の考え方は「アンゾフの成長マトリクス」に、その原型を見ることができる。米国経営学者で戦略的経営の父と称されるイゴール・アンゾフ(1918〜2002)が提唱したフレームワークだ。「製品」と「市場」、加えてそれぞれに「既存」と「新規」でわけて4象限を定義して、それぞれの象限の成長戦略として「市場浸透戦略」「新市場開拓戦略」「新製品開発戦略」「多角化戦略」を論じた。
 なお、日東電工は独自に、製品の代わりに「技術」を置いている。

 同社は「表面保護フィルム(家庭用流し台シンク表面加工用)」という汎用品で付加価値が低下しつつある商品を用いて、将来的に成長が見込める半導体分野への参入を狙う。1つ目の「新」活動で「ウェハ保護固定用テープ(半導体製造プロセス)」に向けて、営業が顧客属性ずらしを仕掛ける。同時に、2つ目の「新」活動では、開発部隊が「シート化技術」を「新」技術開発しつづける。ついには最後の「新」=イノベーションとして、熱を加えるとシートからチップが剥離することで精度高くコストを下げる「熱剥離シート(チップ製品製造プロセス)」を用いてチップを装着させるマーケットを生み出す。

 同社の他の事例では、この三新活動で「粘着テープ」という汎用品を「薬剤技術経皮吸収型医薬品」にして、たとえば喘息治療テープに発展させた。これは喘息治療のための薬剤を徐放性、つまり皮膚吸収で徐々に薬理活性を発揮させる商品で、圧倒的な付加価値を創出した。
 この経皮吸収の技術を、今後いかにして三新活動していくのかについての戦略をインタビューしたことがある。日東電工の成功の鍵は、社員全員がこの打率の高いイノベーションの仕組みを企業文化として日々の業務に「ビルトイン」していることにある。

 同社の強みは研究開発と研修、そして営業のコンサルティング活動の中心地である「イノベーションセンター inovas」を訪問すると理解できる。オープンイノベーションの拠点となっていて、顧客の課題をとらえた営業と先端技術を熟知した研究員が一体になって顧客を招待し、実演と討議をおこなう「三新活動」をまさに実体験できる(図4-4)。

 価格支配力を持ち、顧客とハッピーな関係をつくり出せている企業の多くは、マーケティング・イノベーションを実行している。

 私たちは示唆に富んだ事例研究を通じて、新しい現実を理解するためのフレームワークを学習して、勝ち筋の抽象化をおこなう。そしてその仕組みと効果を知り、自らの経営にカスタマイズして活かしていく必要がある。

<連載ラインアップ>
第1回 クラフトビール市場を広げたキリンビールの「カテゴリーずらし」とは?
第2回 「Sony listens.」とプロが称賛、ソニー「感動」のマーケティング戦略
第3回 10年間で売上が約8倍、高収益企業スノーピークの「超上澄み価格設定」とは?
■第4回 圧倒的な付加価値を創出、日東電工の「三新活動」「ニッチトップ戦略」とは?(本稿)

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