将棋の藤井聡太七冠が「前人未到の八冠制覇」に大手をかけた9月27日の「王座戦第3局」。人工知能(AI)の上をいく頭脳戦は、同じくAIが示す最善手の100手先を見た第2局から、さらにパワーアップしていた。

 対戦を中継していたAbema TVのAI予測では、終盤まで永瀬拓矢王座の勝率90%と、藤井七冠は大苦戦。日頃から研究仲間として互いの手を知り尽くしている2人は長考を重ね、この日も持ち時間を使い果たす1分将棋に突入した。勝利をほぼ手中に収めていた永瀬王座が安全策に転じたところで、解説者も思わず声を上げる「大逆転」が起きたのである。

 互いの「飛車」と「飛車」が向かい合った時に、通常ならそれを取るところ、藤井七冠は目前の飛車を取らずに「AIと王座の裏の裏をかく」▲6五角というビックリ将棋に打って出た。

 Abema TV生中継やYouTubeを視聴する将棋ファンはAI予測と解説を見ているが、藤井七冠と永瀬王座はAIが叩き出す最善手など知る由もなく、わずか1分の間に最善手を打たねばならない。戦局はあっという間に変わり、永瀬王座が「逆転負け」を認めて投了。その際、藤井七冠が背中を丸めて首を垂れており、どっちが勝者で敗者なのかわからなかったほどだ。

 藤井七冠の表情が緩んだのは、その日の対局を振り返る「感想戦」になってから。特に序盤から調子を崩していた藤井七冠は「ここに指す手もありましたね」と永瀬王座に話しかけ、第1局終局後の揮毫に藤井聡太の「聡」を書いた永瀬王座も、和やかに応じている。永瀬王座の性格の良さと「藤井七冠愛」が、映像からも伝わってきた。

 無敵であればあるほど、見えない「敵」は多い。人気アニメ「呪術廻戦」の最強の呪術師、五条悟を快く思わない長老たちがいるように、藤井七冠を快く思わない人もいるだろう。勝敗の雌雄を決した後は将棋少年の顔に戻る、藤井七冠の八冠を懸けた対局が、研究仲間の永瀬王座で本当によかった。

 この感想戦こそ、囲碁の仲邑菫女流棋聖が韓国棋院への移籍の意向を示している、囲碁と将棋をめぐる現状を象徴していた。藤井七冠は日頃、人工知能を相手に練習し、記者会見や感想戦でも将棋記者や永瀬王座に「そういう指し方もありましたね」と応じて将棋を楽しんでいる。

 それに対し、囲碁では「人工知能なんてこっちが意図的に悪手を指せば、混乱して自滅する」と拗らせた声が聞かれる。人工知能相手に最善を尽くす誠意は感じられず、まだ14歳の仲邑女流棋聖が韓国に渡るのも、無理はないように思われる。今回の対局もそうだったように、今やAIの最善手を上回る藤井七冠の「神の手」を視聴するのが、新しい将棋の楽しみ方なのだ。

 第3局、藤井七冠にアドバンテージがあったとすれば、勝負メシが藤井七冠の地元・名古屋のグルメだったことだろう。

 藤井七冠の勝負メシは昼食「あいち牛のハヤシライス 名古屋コーチンの卵のオムレツのせ」、おやつ「ガトー・ポム」、夕食「名古屋コーチン入りきしめん柚子風味」。健啖家である永瀬王座の勝負メシは、昼食「三河一色産うなぎひつまぶし御膳」で、おやつはドリンク2種。夕食が「マリオットバーガーセット」だった。

 ハヤシライスにのった、名古屋コーチンの卵をふんだんに使ったオムレツはもちろん、切ると半熟の卵が溢れてくるヤツだ。ガトーポムはシナモン風味のリンゴを甘く煮詰めたコンポート、ピスタチオクリームラム酒たっぷりのラムレーズンが幾重にも層になっている、秋冬にぴったりのしっとりしたケーキ。

 この記事を夜中に読んでいる人には、飯テロをお詫びしておく。

(那須優子)

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