「台湾映画」といえば、ホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンなど名監督が手掛けた作品を思い浮かべる人が多いだろう。ここ数年、『マネーボーイズ』(21)のC.B. Yiをはじめ、『返校 言葉が消えた日』(19)のジョン・スーや『アメリカから来た少女』(21)のロアン・フォンイーなど、台湾の気鋭監督の存在感が日本でも増してきている。リアルとオンラインで同時に台湾エンタメを楽しめる、初の台湾映像フェス「TAIWAN MOVIE WEEK(台湾映像週間)」で、10月13日(金)から28日(土)まで開催される無料の上映イベントは、彼らの作品に触れるいい機会だ。映画ライターの月永理絵がイベントで上映される作品を軸に、台湾の気鋭監督たちの長編デビュー作5作品をおすすめする。

【写真を見る】『あの頃、君を追いかけた』などの人気俳優クー・チェンドンが監督デビュー!(『黒の教育』)

■多国籍な背景から生まれた、C.B. Yi監督の“異質の台湾映画”

まず紹介するのは、幼少期を中国で過ごしたあと、オーストリアに移住し、ウィーンミヒャエル・ハネケの指導を受けたC.B. Yi監督の『マネーボーイズ』。ただし、「台湾映画」と単純にくくれないほど、グローバルな製作背景を持つ映画でもある。製作は、オーストリアフランス、台湾、ベルギーの合作体制。物語の舞台は中国だが、実際の撮影はすべて台湾で行われ、ギデンズ・コー監督の『あの頃、君を追いかけた』(11)のクー・チェンドンをはじめ、台湾を代表する俳優たちが出演している。

当初は中国大陸での撮影を予定していたが、8年間もかかったこのプロジェクトは台湾から資金援助や協力が得られたため、台湾の俳優たちを起用し台湾で撮影したという。本作は完成後、第74回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で上映され、台湾のアカデミー賞とも称される第58回金馬奨では最優秀新人監督賞、最優秀主演男優賞にノミネートされるなど、国内でも大きな反響を得た。

物語は、監督が北京に留学した時に、同じく北京電影學院で映画を学んでいる学生に聞いた話を基に構想された。地方から大都会へ出てきたゲイの青年フェイ(クー・チャンドン)は、両親への仕送りのため男性を相手に売春をし、仕事の先輩であり恋人でもあるシャオレイ(リン・ジェーシー)と同棲している。だがある暴行事件を機に、フェイは図らずもシャオレイを見捨てることに。5年後、いまや売春業にもすっかり慣れ、裕福な暮らしを送っているフェイを頼って、同郷の幼馴染みロン(バイ・ユーファン)が転がりこむ。そんななか、フェイはすでに結婚したシャオレイと久々に再会する。

生きるため、金を稼ぐために体を売る青年たち。恋人を見捨てた結果、いまや高価なマンションで優雅な暮らしを送るフェイ。憧れのフェイと同じ道を辿りたいと願うロン。フェイへの愛に傷つき、女性との結婚を選んだシャオレイ。彼らは一見、金に魅せられなにかを犠牲にする現代の若者に見える。だがその根底には、どんな手段を使ってでも金を稼がざるを得ない経済的事情がある。

フェイが生まれ育った地方の町では人々はみな不景気と過疎化に喘いでおり、フェイの仕送りなしでは家族は生きていけない。しかし、田舎では同性愛者に対する差別感情が根強く残っており、故郷に住む両親や親族は、フェイが同性愛者であることを決して受け入れようとしない。彼の両親が、表面上は「都会で仕事に成功した立派な息子」として扱い仕送りを受けとりながら、彼の仕事内容や、性的指向から目をそむけるのは、あまりにも皮肉だ。フェイだけではない。彼の友人の多くは、家族のために体を売る一方で、家族の対面を保つため異性との偽装結婚を選ばざるを得ない状況にある。

都市と地方、本音と建前、愛情と憎しみ、過去と現在との間を、フェイは引き裂かれながらふらふらと彷徨い歩く。社会のなかで引き裂かれ、自分を見失っていくのはシャオレイとロンもまた同じだ。無機質な映像によって、旧弊な価値観と経済的な事情にがんじがらめになっていくゲイの青年たちの焦燥が静かに浮かび上がる。結果的にとはいえ、アジアで初めて同性結婚が法的に認められた現在の台湾で撮られたことで、彼らの苦しみが二重性を持って見えてくるともいえる。

鮮烈なデビューを果たしたC.B. Yi監督はこの『マネーボーイズ』を三部作の最初の作品として位置付けており、次回作はパリで働く中国出身の売春婦たちの物語になるようだ。

■エンタメと政治劇が複雑に絡み合う、ジョン・スー監督の大ヒットホラー

続いて紹介するのは、日本でも公開時に話題となった、大人気ホラーゲーム「返校 -Detention-」の映画化作品『返校 言葉が消えた日』。以前にゲーム会社で働いた経験を持つジョン・スー監督は、もともとこのゲームの大ファンだったという。映画学校を卒業後、短編やVR作品を手掛けていたスー監督は、このゲームがあまりにも気に入りすぎて、ぜひ映画化するべきだと知人のプロデューサーたちに推薦していたところ、「それではあなたがやってみないか」と依頼され、本作で長編映画デビューを果たすことになった。

1962年、戒厳令下にある台北の高校。女子学生のファン(ワン・ジン)と、彼女を慕う男子学生のウェイ(ツォン・ジンファ)は、ある日、理由もわからないまま学校に閉じ込められてしまう。2人は、恐ろしい怪物に襲われながらどうにか学校を脱出する術を探し、なぜこのような事態になったのか、その謎を解こうとする。そうするうち、彼らが置かれた政治的状況が徐々に浮かび上がる。

物語の背景にあるのは、エドワード・ヤン監督の『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』(91)の題材ともなった、1960年代の台湾で起きた「白色テロ」。国民党によって行われた政治的弾圧は、本作の高校生たちの日常にも襲いかかる。ファンとウェイが通う高校では、「共産党スパイと思しき者を発見したら、すぐに密告するように」と言い聞かされ、校内には常に監視の目が光っていた。そうした背景を知るうち、どうやらこの事態を解く鍵は、白色テロによる密告制度と、ファンたちが参加していた秘密の読書会にあるらしいとわかってくる。

ある閉ざされた空間で、不条理に襲い掛かる死の気配から主人公が逃げ惑うという形式は、ホラー映画の定番といえる。そこに、断片的に甦る記憶を頼りに脱出方法を探るミステリーの形式が重なり合う。ファンとウェイは、恐怖の学校からどうやって逃げ出すのか、彼らが抱える秘密とはなんなのか。エンタテインメントの定型に現実の歴史と政治的背景を複雑に絡み合わせた『返校 言葉が消えた日』は、若者たちを大いに魅了し、台湾でも異例の大ヒットを記録した。

ギデンズ・コーらがサポートした俳優クー・チェンドンの監督デビュー作

これから日本での劇場公開が期待されるのは、今年3月、大阪アジアン映画祭2023で“来るべき才能賞”を受賞した『黒の教育』(22)。俳優クー・チェンドンによる初監督作品で、主演はギデンズ・コー監督の『怪怪怪怪物!』(18)のケント・ツァイ。卒業式の夜、「いままでにした一番の悪事を告白しよう」という何気ない提案から始まった、3人の男子高校生の悪夢のような一夜を描いたブラックコメディ。彼らが「男同士の絆」を維持しようと、去勢を張り、無茶な振る舞いをしてはより最悪な状況へとはまり込んでいく様が、夜の街を舞台に目まぐるしく展開する。

コメディとはいえ、暴力描写や性描写はあまりに凄惨で、思わず目を背けたくなるほど。根底には、ホモソーシャル(男同士の絆)によって結ばれた少年たちの愚かさと有害さを冷ややかに見つめる視点がある。脚本を手掛けたギデンズ・コーや、プロデューサーのミディ・ジーなどベテラン勢によるサポートもありながら、3人の少年たちの過ごすジェットコースターのような一夜の出来事を78分という時間にぴたりと嵌め込んだ手腕は、監督クー・チェンドンの誕生を確かに示してくれる。

■世代の違いを静かに見つめた、新世代監督による女性たちの家族ドラマ

新しい家族映画の誕生にも注目したい。幼くしてアメリカへ移住し、母の病気のため再び台湾に戻ってきた10代の少女の鬱屈した日々を描いた『アメリカから来た少女』は、アメリカで映画製作を学び本作が初長編となるロアン・フォンイー監督の半自伝的映画。SARS(重症急性呼吸器症候群)が猛威をふるい始めた2003年の台北を舞台に、母親と娘たちの揺れ動く心情を静謐な画面設計と共に捉えた本作は、第58回金馬奨で主人公ファンイー役のケイトリン・ファンが最優秀新人賞に輝くほか、多くの賞を受賞した。

ニューヨーク大学で映画を学んだシュー・チェンチェ監督の長編デビュー作『弱くて強い女たち』(20)も、世代の異なる女性たちが抱える葛藤を、音信普通だった父親の死を巡る家族ドラマとして描いた作品。監督の祖母をモデルにしたという70歳の秀英は、トラブルばかりを起こす夫に頼らず、1人で娘3人を育て、台南でレストランを成功に導いた女性。彼女が歩んだ波瀾万丈の人生と共に、娘たちそれぞれが歩んだ道のり、そして時代の変化に従い、女性たちの生き方がいかに変わってきたのかも見えてくる。

新人監督といっても、当然ながら作品の特徴は様々だ。その多様さのなかから、お気に入りの1本をぜひ見つけてほしい。

文/月永理絵

クー・チェンドン監督作『黒の教育』など、台湾の新鋭監督長編デビュー作を紹介!/[c]CHARVEST 9 ROAD ENT. 協力/大阪アジアン映画祭