アスタミューゼ株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長 永井歩)は、教育のDX化を推進する「EdTech」に関する技術領域において、弊社の所有するイノベーションデータベース(論文・特許・スタートアップ・グラントなどのイノベーション・研究開発情報)を網羅的に分析し、動向をレポートとしてまとめました。

はじめに

最近、日本では「Society 5.0」という、新たな社会の実現にむけた取り組みが進んでいます。この「5.0」は、狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(2.0)、工業社会(3.0)、情報社会(4.0)に続く、という意味です。内閣府は「Society 5.0」を、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)」(注1)と定義して、IoT (Internet of Things)や人工知能(AI)などの最新技術を社会に取り入れるための施策を行っています。

注1:内閣府「Society 5.0」

https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/

2023年8月には、国際労働機関(ILO:International Labour Organization)が、事務業務の24%は、GPT-4などのAI技術に代替される可能性が高いという分析結果を発表しました。IoTやAIなどの情報技術の進化は、私たちの生活や仕事に大きな影響を与えるでしょう。

AIや他の技術で代替できない専門知識や創造性、協調性を身につけ、自分の強みを発揮するためには、多くの情報を収集し、知識やデータを整理し、自分の考えを表現するスキルが必要です。文部科学省は、この能力を育むための環境をICT活用により学校で実現するために、GIGA(Global and Innovation Gateway for All)スクール構想を進めています。日本の学校ではICTの活用が遅れており、解決策として、すべての生徒にPCなどの端末を提供し、高速大容量の通信ネットワークを整備する計画です。

世界各国で教育にICTを活用する取り組みが進行中です。例えば、アメリカでは、米国教育省が2022年9月、デジタル格差を解消し、すべての学習者がオンライン教材にアクセスできる権利を保障するためにデジタルエクイティの推進に取り組むと発表しました。インターネットのインフラ整備、コスト削減、導入サポートなどが重要な課題とされています。

中国では、2019年2月に「中国教育現代化2035」という教育発展の方針を発表し、個別化教育と教育リソースの共有ができる教育システムの構築が課題とされています。

新興国では、教育を提供する教師が不足しており、2022年10月にユネスコは、サハラ以南のアフリカでは小学校のクラス当たりの生徒数が56人、南アジアでは38人と、世界平均(26人)よりも多いことを指摘し、ICT技術を活用して教育を拡充させる必要性を訴えました。

教育現場でICTを活用することにより、学習が向上するだけでなく、教員の効率も向上する可能性があります。このような教育のデジタル化を進める「EdTech」(教育技術)への注目が集まっています。

EdTechとは

EdTechとは、"education"(教育)と"technology"(技術)を組み合わせた言葉で、2000年代中盤にアメリカで生まれた概念です。この用語は、教育を支援するためのテクノロジーを利用した仕組みやサービスを指します。日本経団連によれば、EdTechは「デジタル技術を活用した教育技法」と定義されています(注2)。

注2:一般社団法人日本経済団体連合会「EdTechを活用したSociety 5.0時代の学び」

https://www.keidanren.or.jp/policy/2020/022.html

EdTechの開発は、世界中で進行中です。Global EdTech Startups Awards(GESA)は、EdTech分野の国際的な発展と協力を促進することを目的として、2014年に設立されたEdTechのコンペティションです。この競技会では、世界各地で予選が行われ、最終的にロンドンでの決勝が開催されます。日本では、2017年に「グローバルEdTech推進委員会」が設立され、GESAの日本予選を主催しています。

GESAは年に一度開催され、最新のGESA2022では、シンガポールのNoodle Factory社が教育プラットフォームを提供するシステムWalter+により優勝しました。Walter+は、AIを活用した家庭学習をサポートするもので、生徒がAIへの質問に回答すると、即座に評価を行い、個々の強みと弱点に合った学習計画を提供します。また、生成AIとも連携し、チャット形式での対話を通じて学習内容の理解を深めることができます。

GESA2022において、日本からは一般社団法人エビデンス駆動型教育研究協議会(Research Council of Evidence-Driven Education, EDE)がGESAwards 2022 Track Winnersに選ばれました。EDEは、デジタル技術を活用した学習と教育に関連するデータを収集・解析し、学校教育に導入する手法やシステムを開発し、エビデンス駆動型教育の実践を推進しています。

GESAは急速に成長し、設立から10年足らずで、130以上の国から6,000以上のEdTechスタートアップ企業が参加する、巨大なコミュニティとして存在しています。この記事では、学校と家庭における子供の学習・教育、職業訓練、企業の研修、社会人のスキルアップをサポートするテクノロジーに焦点を当て、アスタミューゼが提供するデータベースから技術情報をくわしく紹介し、EdTechの最新動向を追っていきます。

EdTechに関する国別・出願人別の特許出願の動向分析

特許は、企業や大学が独占的に技術を利用するための手段として用いられます。したがって、特許データは技術の進展や社会実装に向けた情報源となります。この記事では、特許データを活用し、EdTechに関する特許出願の動向と国別・機関別の競争力を分析しました。

2011年以降、EdTechに関連する特許出願は全世界で約4万件にのぼります。図1では、特許出願件数上位5か国の出願数推移です。2020年以降、特許出願数が減少傾向にあるように見えますが、特許出願から公開までに時間がかかるため、最新の出願は反映されていない可能性があります。

図1:EdTechに関する特許出願件数上位5か国の国別出願数推移(2011年~2021年)

2013年までアメリカが特許出願数で1位でしたが、2014年に中国が首位に立ち、その後も中国の特許出願が急増し、他国を引き離しています。

アスタミューゼは、特許出願数だけでなく、特許の「強さ」を評価するためのスコアリング手法を開発しています。この手法では、各特許の他社への脅威度や権利の地理的範囲などを考慮して競争力を評価し、トータルパテントアセットを算出します。2011年から2022年までに全世界で出願された約4万件のEdTech関連技術に関する特許について、帰属国ごとにランキングしたトータルパテントアセットのスコアを図2に示します。

図2:出願特許の帰属国別トータルパテントアセットランキング(2011年~2022年)

出願件数とトータルパテントアセットの両方で中国がトップであり、アメリカ、韓国、日本、台湾が続いています。トータルパテントアセットにおいては、韓国が日本を逆転しています。

韓国では、2020年7月に「韓国版ニューディール」構想が文在寅大統領により発表され、デジタル技術を教育に活用する方針が示されました。その一環として、韓国発のリアルタイム双方向オンライン教育プラットフォームCLASSUMがソウル大学校等で導入されるなど、韓国の公式教育機関でEdTech技術の導入が進んでいます。

5位の台湾で、もっとも高いトータルパテントアセットを持つ企業は英語学習プラットフォームのTutor ABCです。この企業はAIを活用して学習者と教員、教材、クラスメートをマッチングする強みを持っており、世界中で広く利用されています。

つぎに、企業別(出願人別)のトータルパテントアセットランキングを図3に示します。

図3:出願特許の企業・研究機関ごとのトータルパテントアセットランキング(2011年~2022年)

企業別のトータルパテントアセットランキングでは、日本・米国・中国・韓国の企業が上位10位に入っています。

最高スコアの特許は、米国のLearning Squared社が開発した「携帯電話通信、教育、エンターテイメント、警報および監視システムを備えたアプリケーションの子どもの自主実行を統合する人形コンパニオン」(US9126122B2)です。この特許は、親が携帯電話やPCから操作できるコンピュータを人形に組み込み、専用のアプリを用いて子供の監視や教育を支援するものです。

日本の最高スコアの特許は、富士通株式会社が持つ「公開教材のランキングとおすすめ」(US20140186817A1)です。この特許は学習教材の特徴を抽出し、計算によって類似性を比較し、ユーザーに有益な公開教材を推奨するシステムです。

EdTechは技術開発から社会実装までの時間が比較的短い領域であり、世界中のEdTechスタートアップが競争を繰り広げています。EdTechに関連するスタートアップ企業の設立社数と資金調達額についても調査を行いました。図4に示します。

図4:EdTechにおける、スタートアップ企業の設立社数と資金調達額の年次推移(2011年~2021年)

設立社数は全体的にほぼ横ばいですが、資金調達額は2020年に中国のEdTechスタートアップが巨額の資金調達をおこなったため急増しています。

家庭教師アプリを提供するYuanfudao社は、3月に10億ドル、10月に22億ドルの資金調達を行いました。また、宿題支援ツールを提供するZuoyebang社が、6月に7億5000万ドルの、12月に16億ドルの資金調達を行いました。さらには、放課後の個別指導サービスプロバイダーTAL Education Groupは、12月に33億米ドルの投資への合意を得たと発表しました。

中国は超学歴社会といわれ、有名大学の学位を得ることが重視されるために教育への関心が高く、新型コロナの影響もあわせてオンライン教育が急速に需要を増やしました。しかし、2021年に中国政府が教育業界に規制を導入する「双減政策」を発表し、EdTechスタートアップに影響を与えました。

さらに、2023年8月「校外学習の行政処罰についての暫定弁法」と呼ばれる罰則を公布し、10月から施行するとしています。この罰則により、中国の教育業界への規制がさらに進んでいくと見られています。

一方で、アメリカとインドのEdTechスタートアップは2021年に資金調達に成功し、特にインドの企業は解説動画やオンライン学習を提供する分野で成長しました。これらの企業は大規模な資金調達を通じて成長戦略を展開し、業界内で注目を浴びました。

オンライントレーニングの作成・配布・管理を行えるプラットフォームを提供する米Articulate社は、2021年7月に15億ドルの資金調達を行いました。同社のarticulate 360は現在170国超、1億をこえるユーザーに使用される世界的なツールとなっています。

インドでは、小学校から高校までの学習内容に関する解説動画を提供し、オンライン学習を支援するBYJU'S社が、2021年6月に3億5000万ドル、10月に約3億ドル、11月に12億ドルの資金調達を行いました。その巨額の資金を用いて、同年7月に米国を拠点とする大手子供向けデジタル読書プラットフォームを提供するEpic社を、12月にオーストラリアの数学学習ツール開発会社のGeoGebra社を買収するなど、M&Aを中心とした成長戦略を実行しました。同社はTimeの「Time100最も影響力のある企業2021」に選出されています。

中国・アメリカ・インドのスタートアップによる資金調達額の推移を図5に示します。

図5:中国・アメリカ・インドのスタートアップによる資金調達額の年次推移(2011年~2021年)

2020年に中国が優位に立ちましたが、2021年にはアメリカとインドのスタートアップが大幅に資金を調達し、中国のスタートアップの資金調達は減少しました。中国政府の規制措置が、EdTechスタートアップに影響を与えたことが一因とされています。

まとめ

EdTech(教育技術)分野においては中国がトップの位置を占めています。中国は特許出願数や競争力において他国をリードし、EdTechスタートアップ企業は巨額の資金調達を行っています。

一方で、EdTechは政策に大きく影響を受ける分野であり、中国政府の規制措置がEdTech業界に影響を与えました。各国の教育政策はEdTech業界にとって重要な要素となります。EdTechは急速に変化する分野であり、特許データや資金調達の動向を追跡することが重要です。特にスタートアップ企業の成長と資金調達は、EdTech分野の進展を示す指標となります。教育技術は今後も進化し、教育分野に革命をもたらす可能性がありますが、その展望は各国の政策や規制にも左右されるため、これらの要素を注視しながらEdTechの発展を追跡することが重要です。

著者:アスタミューゼ株式会社 神田知樹 修士(工学)/源 泰拓 博士(理学)

さらなる分析は……

アスタミューゼでは、「EdTech」に限らず、様々な先端技術/先進領域における分析を日々おこない、さまざまな企業や投資家にご提供しております。

本レポートでは分析結果の一部を公表しました。分析にもちいるデータソースとしては、最新の政府動向から先端的な研究動向を掴むための各国の研究開発グラントデータをはじめ、最新のビジネスモデルを把握するためのスタートアップ/ベンチャーデータ、そういった最新トレンドを裏付けるための特許/論文データなどがあります。

それら分析結果にもとづき、さまざまな時間軸とプレイヤーの視点から俯瞰的・複合的に組合せて深掘った分析をすることで、R&D戦略、M&A戦略、事業戦略を構築するために必要な、精度の高い中長期の将来予測や、それが自社にもたらす機会と脅威をバックキャストで把握する事が可能です。

また、各領域/テーマ単位で、技術単位や課題/価値単位の分析だけではなく、企業レベルでのプレイヤー分析、さらに具体的かつ現場で活用しやすいアウトプットとしてイノベータとしてのキーパーソン/Key Opinion Leader(KOL)をグローバルで分析・探索することも可能です。ご興味、関心を持っていただいたかたは、お問い合わせ下さい。

配信元企業:アスタミューゼ株式会社

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