政府は9月27日、パート・アルバイト等で働く人の年収が一定額になると手取りが減る「年収の壁」の問題への対策を発表しました。人手不足が深刻化するなか、主に、社会保険料の負担に関わる「壁」の問題に対処する雇用主への支援等を内容とし、10月から施行されます。そもそも「年収の壁」にはどういう問題があると考えられているのでしょうか。また、今回の対策はどのような解決策を提示するものでしょうか。解説します。

「年収の壁」とは

「年収の壁」とは、パート・アルバイト等で働く人の年収が一定額を超えると手取りが少なくなるという問題をさします。社会保険制度に関する「壁」、所得税等の税金に関する「壁」等があります。それぞれ以下の通りです。

社会保険料に関する「年収の壁」】

・「106万円の壁」:社会保険法上、年収106万円を超えると社会保険料の支払い義務が生じる(従業員100人超の事業所・雇用期間2ヵ月以上の労働者

・「130万円の壁」:社会保険法上、年収130万円を超えると配偶者の扶養から外れ、自ら公的年金・健康保険に加入しなければならなくなる

所得税等に関する「年収の壁」】

・「103万円の壁」:年収103万円を超えると配偶者控除の対象から外れ「配偶者特別控除」となる(控除額は変わらない)

・「150万円の壁」:年収150万円を超えると「配偶者特別控除」の控除額が段階的に減る

・「201万円の壁」:年収201万6,000円を超えると「配偶者特別控除」の対象から外れる

この他に、法制度上のものではありませんが、民間企業の「配偶者手当」の制度についての「年収の壁」の問題があります。

「年収の壁」何が問題なのか

「年収の壁」で問題となっているのは、年収の壁を超えないように労働時間を調整する「働き控え」です。人手不足なのに働き手が足りないという問題や、女性の活躍を阻害するという問題が指摘されています。

この問題は、特に社会保険料に関する「106万円の壁」「130万円の壁」で顕著です。だからこそ、政府はもっぱら「106万円の壁」「130万円の壁」に焦点を当てた対策を打ち出したといえます。どういうことか、説明します。

社会保険料の「106万円の壁」「130万円の壁」が招く「働き控え」

106万円の壁」と「130万円の壁」は、いずれも、年収が「壁」に達するまでは社会保険料(年金保険料、健康保険料)の支払いがゼロですが、それを超えたとたんに、年収に応じた社会保険料の支払い義務が生じることになります。これによって、「壁」を超えたら手取り額が一気にガクンと減って、「働き損」になってしまうのです([図表]参照)。

2022年10月1日から「106万円の壁」の対象が「従業員数500人超・雇用期間1年以上の労働者」から拡大され、「従業員100人超の事業所・雇用期間2ヵ月以上の労働者」となりました。それにより、「壁」の影響を受ける人の数が著しく増加しました。

所得税等の「103万円の壁」「150万円の壁」「210万円の壁」はどうか

では、所得税等に関する「壁」についてはどうでしょうか。結論からいえば、「働き控え」を招く制度であることは変わりないものの、社会保険料の「壁」ほど極端に手取りが減ってしまうことはありません。今回、政府が所得税等の「壁」について言及していない理由はそこにあると考えられます。

どういうことかというと、まず、配偶者控除の「103万円の壁」は、「配偶者特別控除」の制度によって150万円まで配偶者控除と同額の控除を受けられるようになっており、法制度のうえでは事実上なくなっています。また、「150万円の壁」についても、年収150万円を超えたら控除額が段階的に減額されていくという方式がとられているので、社会保険料の「壁」のような、「負担ゼロ」からいきなり「満額負担」という極端なことにはならないのです。

ただし、最低時給の上昇や物価上昇との関係で問題が残ります。詳しくは後述します。

◆民間企業での「年収の壁」

一般企業で「配偶者手当」を支給する基準として「年収103万円以下」「年収130万円以下」「年収150万円」としているケースがあります。その制度の内容によっては、「壁」を超えると手取りが極端に減り「働き控え」を招く可能性があります。これも「年収の壁」の問題といえます。

10月からスタートする政府の「支援強化パッケージ」とは

以上をふまえ、政府がどのように対処しようとしているのか、9月27日に発表された「年収の壁・支援強化パッケージ」の中身を紹介します。

社会保険料の「106万円の壁」への対策

まず、106万円の壁については、事業者が、106万円の壁を越えた労働者の手取りが減らないようにする対策をとった場合、労働者1人当たり最大50万円の助成金を支給するというものです。

手取りが減らないようにする対策としては、給与の額を上げる方法、または、社会保険料を肩代わりする方法のいずれかが考えられます。

このうち、社会保険料を肩代わりする方法については、そのお金を「給与」扱いにするとそこに社会保険料がかかってしまうという問題があります。そこで、「社会保険適用促進手当」と名付けられ制度化されることになりました。

すなわち、事業主が社会保険料を肩代わりした場合、その額は「社会保険適用促進手当」として、社会保険料の算定の対象外となります(社会保険料の算定の基礎となる「標準報酬月額」の計算から除かれます)。

社会保険料の「130万円の壁」への対策

次に、社会保険料の「130万円の壁」についてです。

年収が130万円を超えても、それが労働時間の延⾧等に伴う一時的なものであれば、連続して2年まで、配偶者の扶養にとどまることが認められるようになります。なお、その認定は保険者が行うことになりますが、事業者の証明書を添付すれば認定が迅速に行われるようにします。

◆企業の「配偶者手当」による「年収の壁」への対策

一般企業で配偶者の年収基準のある「配偶者手当」の制度を設けている場合には、これが「年収の壁」として事実上機能しています。これに対し、見直しを進めるよう働きかけるとしています。

見直しの例として、配偶者手当を廃止または縮小し、基本給や子どもへの手当を増額することが挙げられています。

残された問題

以上が、「年収の壁」の問題について政府が提示した対策の概要です。これらは「年収の壁」のうち、主に「社会保険料の壁」の緩和に重点を置いたもので、「年収の壁」の問題の抜本的な解決になるものではありません。政府も、深刻化する人手不足に対応するための「当面の対応」として位置づけています。

「壁」が制度として存在する以上、その内側と外側とのアンバランスの問題は残ります。2025年に予定されている年金制度改革において、本格的な見直しが行われることが想定されます。

また、別の観点からの問題として、物価が上昇してきているのに「壁」の額が変わっていないという問題もあります。物価が上昇すればより多くのお金を稼ぐことが必要になりますが、「壁」があるために働き控えをしなければならないということも起こりえます。

さらに、2023年10月からはすべての都道府県最低賃金が引き上げられます。これにより、「壁」の範囲で働ける時間は減ることになります。

このように、税金、社会保険料にかかわる「年収の壁」については様々な問題があります。政府・国会がこれらの問題をどのように解決していくことになるのか、注目されます。

(※画像はイメージです/PIXTA)