シアトルガレージで働く小さなチームを世界最大の企業へと急成長させたアマゾン創業者ジェフ・ベゾス。部下を鼓舞、経営陣を説得、オンラインミーティング、大人数のプレゼンなど、彼はコミュニケーションスキルを特に重視し、徹底的に磨いてきた。そのスキルは、今もなお社内外で波及し続けている。本連載は、ハーバード大学デザイン大学院の上級リーダーシップ・プログラムで企業エグゼクティブ向けにコミュニケーションスキルを教える、コミュニケーション・アドバイザーのカーマイン・ガロ氏の著書『Amazon創業者ジェフ・ベゾスのお金を生み出す伝え方』(文響社)より、一部抜粋して紹介する。

ベゾスは逆算して仕事をする

2021年2月2日、100万人を超えるアマゾン従業員は、1通のメールを受け取った。ボスからのメールである。ジェフ・ベゾスが会社を立ち上げて以来となる、重大な発表を行ったのだ。 「アマゾンの仲間たちへ」とベゾスは切り出した。

I'm excited to announce that this Q3 I'll transition to Executive Chair of the Amazon Board and Andy Jassy will become CEO.

この第3四半期に、私がアマゾンの取締役会の会長に就き、後任としてアンディ・ジャシーがCEOに就任すると発表できることを嬉しく思います。

メールの受信者は、最初の1文だけで何についてのメールか理解した。

ベゾスは逆算して仕事をする。重要な結論、つまりログラインから出発し、その後にCEO交代に関する詳細が続いた。 「なぜ(why) 」この交代にいたったのか、ベゾスはCEOを退いて「何(what) 」をするのか、そして彼が27年前に立ち上げた会社がこれまで「どのように(how) 」世界を変革してきたかが詳しく説明されている。

ベゾスのメールは、次の表で分析するように、明確で簡潔、かつ具体的な文章のお手本となるものだ。

明確さ:ベゾスが送ったメールは、ログライン、つまり全体像から始まる。最初の1文で読むのを止めたとしても、ストーリーの大まかな内容はわかるはずだ。メール全体の読みやすさのレベルは、フレッシュ・キンケイド・テストの学年レベルで、7・8年生(日本の中学1〜2年生) 。メールの大部分(約94%)は能動態である。誰が何をするのかを明確に示すことができるのが、能動態だ。

簡潔さ:620語のメールは、2分足らずで読むことができる。アマゾンの27年間の歴史と次のステップをカバーしていることを考えれば、短い時間である。

具体性:ログラインには、3つの具体的なポイントが示されている。

①ベゾスが取締役会の会長になる。

アンディ・ジャシーがCEOになる。

③この交代は第3四半期に行われる。より具体的な詳細は次の通りだ。

・In the Exec Chair role, I intend to focus my energies and attention on new products and early initiatives.

取締役会会長のポジションでは、新製品と初期の取り組みにエネルギーと注意を集中させるつもりです。

Today, we employ 1.3 million talented, dedicated people.

今日、私たちは130万人の有能で献身的な人材を雇用しています。

・Invention is the root of our success. We pioneered customer reviews, 1-Click, personalized recommendations, Primeʼs insanely-fast shipping, Just Walk Out shopping, the Climate Pledge, Kindle, Alexa, marketplace, infrastructure cloud computing, Career Choice, and much more.

発明こそが、私たちの成功の源です。カスタマーレビュー、ワンクリック、パーソナライズされたレコメンド、プライム会員向けの超高速配送、ジャストウォークアウト・ショッピング、気候変動対策に関する誓約、キンドルアレクサ、マーケットプレイス、インフラとしてのクラウドコンピューティング、キャリア・チョイス、その他多くのものを私たちは先陣を切って開拓してきました。

さて、ベゾスは次にいったい何をするつもりなのだろうか? ベゾスはどこにエネルギーを集中させるのだろうか?

ジャーナリストがゴミコンテナから偶然見つけた「1行のログライン」

ジャーナリストのブラッド・ストーンが、ゴミコンテナを漁って偶然見つけた1行のログラインで、ベゾスはそのことを簡潔に説明している。

2003年、ニューズウィーク誌のジャーナリストだったストーンは、ベゾスが新しく立ち上げた宇宙企業で何を計画しているのかを探るべく、昔ながらのやり方で取材調査を行った。まずストーンは、ブルー・オペレーションズLLCという、シアトルアマゾン本社と同じ住所を持つ事業体の登記情報を発見した。この会社について調べていくうちに、情報がほとんど掲載されていないウェブサイトを見つけ、航空宇宙エンジニアを募集していることを知った。

このニュースをいち早くものにしようと決意したストーンは、シアトル南部の工業地帯に車を走らせ、書類に書かれていたもうひとつの住所を訪ねた。するとそこに建っていたのは、5万3000平方フィート(約4924平方メートル)規模の倉庫だった。ドアには「BLUE ORIGIN」と書かれていた。

週末の夜遅い時間である。窓からのぞいても、何も見えなかった。1時間ほど車の中で待ったが、何も起こらない。ついにストーンは通りを渡ってゴミコンテナまで行き、そこからできるだけたくさんのものを車のトランクに運びこむことにした。

そして、ゴミを精査しているうちに出てきたのだ。ベゾスがブルーオリジンの最初のミッションを文字にした、コーヒーのシミがついた紙が。

To create an enduring human presence in space.

宇宙での人類の永続的なプレゼンスを実現するために。

たとえ世界一素晴らしいアイデアを持っていたとしても、それを明確で簡潔、かつ具体的な1文で表現できなければ、誰からも注目されないのだ。

画像:PIXTA