老人ホームを選ぶ際、多くの人は入居先を「終の棲家」と考えます。そのため、つい豪華な設備やサービスに目を奪われてしまい、長期的な視点が欠けてしまう人も少なくありません。そこで今回、株式会社FAMORE代表取締役の武田拓也FPが、尊敬する父親に優雅な余生を過ごしてほしいと考えたVさんの事例から、老人ホーム選びのポイントと注意点を解説します。

地元の名士だから…“見栄と世間体”に翻弄された親子

相談者のVさんは、市役所に勤める55歳の男性です。そのVさんの父親(83歳)は元教師で、地元の名門進学校の校長として定年まで勤めあげました。さらに退職後は市議会議員として活動するなど、地元では“名士”といわれている人物です。

Vさんはそんな父親を心から尊敬していました。しかし、市議会議員を引退して以降、父親の様子がおかしくなってしまったそうです。何度も同じ話を繰り返したり、以前では考えられない頻度で忘れ物をしたりすることが増えました。

当初は「年だから」と流していたVさんでしたが、心配で調べてみると、どうやら認知症の代表的な初期症状のようです。

Vさんはショックでしたが、介護の問題などを考えて、本人の意思確認がとれるうちに、あわてて今後の計画を立てることにしました。

幸い、年330万円程度(月27万円程度)の年金に加えて、退職金の3,000万円も丸々残っていたため、資金に不安はありませんでした。

――月々の年金だって多いし、貯金もたっぷりある。どうせなら優雅な老後を過ごさせてやろう。それに、市役所には親父の教え子が何人もいるんだ。世間体もあるし、認知症だなんてできれば知られたくないな……。

といった思いから、Vさんは隣県の老人ホームを探し、入居一時金1,500万円、月々25万円の「住宅型有料老人ホーム」を父親に勧めました。

すると父親自身、日々衰えている姿を周囲に知られたくないという見栄があったらしく「良い場所だ。施設も豪華だし、ここで優雅に余生を過ごすよ」と、この場所を気に入っていたようでした。

入居当初の父親は、初期の認知症だったこともあり意志もハッキリしていたため、高級老人ホームでの優雅な生活を満喫していました。

しかし、認知症の症状が進行するとともにスタッフの手を借りなければならないことが増え、介護サービスを利用する頻度が増えていきました。そのため、毎月のサービス利用料も増加の一途をたどります。

最初にパンフレットで説明を聞いていた金額と、実際にかかる費用の差額が膨らみ、父親の貯金がみるみる減っていきます。このままでは破産してしまう……。追い詰められたVさんは、筆者のところへ相談に来られたのでした。

老人ホーム費用の落とし穴…「オプション」が大きな負担に

入居当初、施設の利用料は月25万円と、年金支給額の範囲内で問題ありませんでした。

ところが、認知症が進行して介護量が多くなると、サービス費も増えます。そのため、気づくと月々の費用は35万円を超えており、自宅の固定資産税や通信費などを合わせると、年間約200万円もの資産が減ってしまいます。

施設のパンフレットには入居後に毎月支払う「月額利用料」の内訳が記載されています。その主な項目は以下の3つです。

①家賃

②食費

③管理費

管理費には、人件費、施設の維持・運営費などが含まれます。施設によっては水道光熱費や通信費が定額で月額利用料に含まれるところもあれば、実費を別途請求するところもあります。

そのほかにも、月々かかる費用として次のものがあります。

①介護サービス費

②上乗せ介護費

おむつ

④レクリエーション費

⑤医療費

⑥日用品費

⑦その他

なお、おむつ代や手袋など消耗品の一部は月額利用料に含まれる施設もあります。

その他の内容として、清掃や洗濯、配膳・下膳、健康管理費、夜間見守り、通院送迎、買い物代行などがありますが、これらについては施設ごとで月額利用料に含まれている場合と、有料のサービスとして提供しているところがあるため、入居前にしっかり把握しておきましょう。

結局、父親の身体的にも費用的にもこのまま高級老人ホームで過ごすことが難しくなっていたことから、Vさんは退去を決断。地元のグループホームを探すことにしました。

なお、Vさんの父親は認知症が進行し、意思確認がとれませんが、退去手続きについては入居契約の際に「身元引受人」となった親族が手続きできるため、心配はいりません。

認知症発症→住宅型有料老人ホーム入居で無駄になること

■入居一時金(前払い金)

有料老人ホームを退去する場合、入居一時金(前払金)は全額が戻ってくるわけではなく、経過年数に応じて償却されます。

一般的には5~10年の償却期間(想定居住期間)が設けられています。今回Vさんの父親は償却期間を過ぎていたため、入居一時金の返金はありませんでした。

対策として、途中で退去する可能性がある場合は、入居一時金を払わない「月払い方式」の利用を検討してください。月々の居住費は高くなりますが、最初に高額な費用を負担がなくなります。

■豪華な設備

入居一時金や月額費用が高額になる理由としてフィットネスルームにシアタールーム、ダンスホールに温水プールなど設備が充実していることやスタッフの数が多くサービスが手厚いことなどが挙げられます。健康であれば設備を有効に活用することもできますが、認知症となり介護度が重くなると利用する機会もなくなります。

対策としては、入居する「本人にとって」必要な設備か確認しましょう。

有料老人ホームは「住宅型」と「介護付」どちらが良い?

住宅型有料老人ホームの場合、レクリエーションなどが充実しています。ただ介護の頻度が増えると介護保険サービスだけでは足らず、実費でのサービス利用料が増加します。

介護付有料老人ホームの場合は介護保険サービスの自己負担額で日々の介護サービスを受けられます。そのため、支出が予想外に増加することはありません。

また看取り対応もできるので、基本的には終身の利用が可能で、重度の要介護状態になっても医療行為が常時必要でなければ住み続けられます(住宅型有料老人ホームでも看取りを実施している施設はあります)。

これらのことから、健康であれば住宅型有料老人ホーム、ある程度の介護が必要な場合には介護付有料老人ホームを選ぶと良いでしょう。

認知症の場合の施設選び

認知症の人はグループホーム(認知症対応型共同生活介護)、もしくは認知症に対応した施設へ入居することをおすすめします。

グループホームには個室があり、認知症の高齢者がアットホームな環境で生活ができるように介護をする施設で、対象者は認知症の診断を受けた65歳以上の高齢者です。

介護が重度になると、ホテルのような優雅な空間から質素な介護棟へ移ったり、退去を求められたりするケースもあります。そのため、入居前に「体調が悪化した場合」や「認知症が進行した時」「終末期の対応」などもチェックしておきましょう。

最後に、施設を選ぶ際は下記の6点を注意しておきましょう。

【施設選びのポイント】

① 本人にとって快適か?※立地・設備・スタッフの関わり方・レクリエーション等

②費用面に余裕はあるか?

② 家族はどのように関わるのか?※関わる頻度が多いのか、少ないのか

③ 介護度が重くなった時にどうなるのか?※住み替えが必要か、不要か

⑤施設見学・体験入居をする

⑥契約書・重要事項説明書を隅々まで読む

介護サービスや施設にはさまざまな種類や特徴があります。見栄や世間体で選ばず、入居される本人の生活習慣に合った施設を選びましょう。

わからないことがあれば地域包括支援センターやケアマネージャー、社会福祉士などの専門家に相談することをおすすめします。

武田 拓也

株式会社FAMORE

代表取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)