都会の空に舞う、鮮やかなグリーンの大きな鳥——。気づけば、東京都神奈川県などで目撃されるようになったのが、インド南部やスリランカが原産のワカケホンセイインコだ。

体長約40センチという中型のインコで、多いときは1000羽を超えて集まり「ねぐら」(繁殖せず、夜間に安全のため過ごす場所)に入るため、とても目立つ。そのため、国内のメディアでは、たびたび「大量発生する害鳥」扱いされてきた。

しかし、ワカケホンセイインコはここ数年で急増したわけではなく、1960年代にペットとして海外から持ち込まれたものが東京を中心に都会で適応し、50年かけてゆっくりと増えてきたという。

私たちは、ワカケホンセイとどのように向き合えばよいのだろうか。最新の研究から明らかになったこととは――。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

⚫️なぜ都会で増えたのか

ワカケホンセイインコは、1960年代に日本にペットとして持ち込まれた。

1960年代から80年代にかけて、ペットブームが起こり、さまざまな種類の動物が海外から輸入されました。そうしたペットの多くは、飼育が難しく、捨てられたり、逃げてしまったりすることがあっても、日本の環境に合わず定着しませんでした。

しかし、環境に適応して繁殖した数種類の鳥のうちの一つが、ワカケホンセイインコです。1969年には初めて野外にいるところが都内で確認されています」

そう話すのは、全国で鳥類の保護活動や自然保護の啓発活動などを行っている公益財団法人日本鳥類保護連盟の主任研究員、松永聡美さんだ。松永さんたちは、継続的にワカケホンセイインコの生態調査をおこなってきた。

そもそもワカケホンセイインコはなぜ都会で繁殖するようになったのか。

「一時期、セキセイインコが増えていましたが、原産地はオーストラリアの乾燥地帯で、日本の環境や気温とは異なるせいか、寒すぎたりして適応できませんでした。オカメインコもペットとして人気の鳥ですが、カゴ抜けしても繁殖には至っていません。

原産のワカケホンセイインコは、低地の半砂漠や農耕地にかけて生息していますが、標高1600メートルのような高地にも分布していて、寒さに強い鳥です。ドイツでも外来種として繁殖していますが、零下になり凍傷になっても生きていたという報告もあります。

また、ワカケホンセイインコは疎林(木がまばらな林)の環境を好みます。飛ぶとツバメハヤブサに似た翼のシルエットをしているので、開けた場所で飛ぶことが得意なのではないかと考えています。

巣穴はケヤキやプラタナス の樹洞(木の中の洞窟のような空間)に営巣することが多く、そうした大木がある公園や神社などと相性が良いです。こうした公園や神社、屋敷林、街路樹には、果実やサクラの花蜜、木の芽など様々な餌資源がありますが、都会の人たちはそれを取って食べることは少ないので、植物食のワカケホンセイインコにとって年間を通じて食べ物があります」

都会には、ワカケホンセイインコが営巣できる場所や食べ物があるなど、生き残ることができる条件がそろっていたのだ。

一時期は全国各地にみられたが、現在は東京都を中心に神奈川県埼玉県にまたがった2000羽ほどの大きなグループ、そして、群馬県千葉県にそれぞれ小規模なグループが分布しているという。

⚫️一定数超えると農作物に被害の可能性

近年、ワカケホンセイインコが急増したかのような報道が目立つが、実態とは異なることも、最新の研究でわかってきた。

これまで、ワカケホンセイインコの個体数は、別々の組織が一時的に実施してきたものが多く、全体像が把握できていなかった。

そこで、松永さんら日本鳥類保護連盟や京都大学、千葉科学大学、帰化鳥類研究会などの研究グループが、東京都周辺で個体数調査をおこない、さらにこれまで実施された個体数の情報をとりまとめた。

すると、最も古い調査の記録である1983年時点には400羽だったが、2014年〜2019年時点では1500羽になっていたという実態が浮かんできた。

「数十年かけて少しずつ増えていったことがわかります」と松永さんは指摘する。

今後はどうなるのだろうか。

ワカケホンセイインコは、イギリスドイツハワイでも繁殖していますが、ある一定数を超えたところで急激に増加したという現象が報告されています。一定数を超えると、繁殖が安定したためではないかと推測されていますが、そうした地域では、農作物への被害も確認されています。

今後、もし国内でも個体数が急増した場合、東京近郊の農耕地まで分布が広がり、農作物に影響する可能性があります。そうならないよう、今の個体数を維持することが重要です」

⚫️エサ台自粛の協力を呼びかけ

個体数をこれ以上、増やさないためにどのようなことが必要なのだろうか。

松永さんらは、2019年5〜6月、東京都渋谷区でオス1羽を捕獲し、GPSを装着して行動範囲を調査した。すると、この個体は渋谷区内の公園のケヤキで営巣し、8キロメートル離れた世田谷区の「ねぐら」に飛来していた。

また、営巣している公園や代々木公園付近の緑地で、ビワやヤマモモを食べたりしているほか、民家の庭に設置された野鳥のためのエサ台でもエサを食べていることがわかった。

ワカケホンセイインコは、エサが少ない冬季にエサ台を利用していると言われていました。しかし、GPSの調査で、エサが豊富な繁殖期でも民家のエサ台を利用していることがわかりました」

現在、松永さんは、東京都市大学の研究者と協力して、ワカケホンセイインコのフンを採取し、何を食べているのかを調査しているという。

「最新の調査でわかってきたのが、繁殖期でもエサ台の利用が多いということでした。エサ台から安定的にエサが供給されていることで、今後、個体数が増える可能性があります。

そこで、日本鳥類保護連盟ではエサ台への依存を減らすために、ワカケホンセイインコへのエサやり自粛へのご協力を呼びかけているところです。ワカケホンセイインコは大きいですので、たとえば金網の中にエサ台を設置していただければ、他の野鳥は引き続き利用できます」

今のところ、ワカケホンセイインコは生態系被害防止外来種リストの「その他の総合対策外来種」に指定されているが、生態系や農林水産業に深刻な悪影響を与える生物を指定する「特定外来生物」(外来生物法)には指定されていない。もしも個体数が増えて被害が広がり、「特定外来生物」となれば、さまざまな規制を受けることになる。

⚫️ワカケホンセイインコと共存するために

ワカケホンセイインコのねぐらになっている公園で、鳴き声やフンの被害があることから、木の枝を剪定するなどして追い払うことがある。しかし、それも逆効果になってしまう可能性があると、松永さんは指摘する。

「ねぐらが小さく分散すれば、ワカケホンセイインコの行動範囲がさらに広がり、これまで生息していなかった地域にも及ぶかもしれません。分布拡大が引き金となり、個体数がさらに増えていくことが考えられます。

日本鳥類保護連盟では、エサ台の自粛とともに、たとえば人通りが少ない場所はねぐらにしてもいいようにゾーニングして、ワカケホンセイインコと共存することを提案しています」

外来種とひとくくりに言っても、すでに地域の生態系に適応している場合もある。

「『外来種=悪』として駆除するのではなく、緊急性がない場合はゆっくりと個体数を減らしていくなど、それぞれの生物に合った対策が必要になってきます。共存できる種であれば共存できるよう対処することが大事だと考えています。

ワカケホンセイインコについては、まだわからないことが多いです。どのように対策をしていくのが一番効果的なのか、それを把握するためにも基礎的な生態調査を継続していくことが必要です」

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