夫の扶養家族となっている妻がパートに出て働き、一定以上の年収を超えると、社会保険料を支払わなければならなくなったり、扶養から外されたりするという事態になる。そうなると、手取りが減ってしまうことになる。これを「年収の壁」という。
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■「年収の壁」とは?
そこで、「年収の壁」を超えないように働く時間を抑える人が増える。
このことは、新型コロナも2類から5類に変更になり、景気も回復しつつあるときに、人手不足に拍車をかけることになっている。この対策に、岸田文雄首相が乗り出したのである。
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■106万円の壁と130万円の壁
106万円の壁は、従業員が101人以上の企業で働く場合である。年収が106万円を超えると、夫の扶養を外れ、健康保険や厚生年金の保険料を支払わなければならない。保険料は106万円で約15万円なので、手取りは91万円になってしまう。保険の手当や年金が増えるというメリットはあるものの、手取りが減るのは馬鹿馬鹿しいと考えて、労働時間を抑制するのである。仮に125万円以上稼ぐと保険料を引かれても手取りが106万円を越えるので、「稼ぎ損」の状態は解消する。
106万円の壁に該当しない人も、130万円を超えると扶養から外れ、自分で国民健康保険、国民年金に加入せねばならなくなる。
そこで、106万円や130万円の壁を越えないように、労働時間を抑制することになってしまうのである。スーパーマーケットなどでは、パート不足に悩んでいるが、この壁がその状況をさらに悪化させている。
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■岸田首相の対応策
そこで、岸田首相が「年収の壁・支援パッケージ」として打ち出したのは、まず106万円の壁については、125万円まで賃上げを行った企業に対して、従業員1人当たりで最大50万円を助成するという政策である。
ただ、何でも補助金で解決すればよいのかという批判は当然起こってくる。
130万円の壁については、130万円を超えても、一時的な増収であれば2年まで扶養を外れないようにするという。いずれも期限を区切っての当面の対応策である。厚生労働省は、2年後には年金制度の改正を行うので、そのときには、年収の壁についても、さらに踏み込んだ対策や改正を行うことを考えている。
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■年金改革
日本は国民皆保険、国民皆年金という仕組みを誇っているが、これを作るときに専業主婦をどうするかという問題があった。1986年4月の改正で、第3号被保険者制度が始まったが、厚生年金加入者である第2号被保険者の扶養配偶者を第3号被保険者という。
働いている独身者などの女性は、保険料を払い、年金も支給される。専業主婦の場合に年金が支給されないという問題が生じるのを防ぐために、第3号被保険者制度が導入されたのである。保険料は、夫が一括して負担しているので、主婦が個別に保険料を支払う必要はない。
女性が、専業主婦、共働きのいずれを選ぶかは個人の自由である。どちらを選ぶかによって不公平が生じるのは避けねばならないが、その要請に完全に応えるのは難しい。年収の壁も、その問題の一つである。
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■社会保障制度の改革
マイナンバーも導入され、社会保障も個人が単位となるが、配偶者扶養の仕組みをどう改革するかは衆知を集めて検討する必要がある。専業主婦の家庭での働きをどう金銭的に評価するか。夫の年収が600万円の場合、夫婦で稼いだと考え、単純化して夫の年収が300万円、妻の年収が300万円と見なせば、税金や社会保険料の処理が個人単位でできる。
しかし、様々な問題も生じる。税収の確保を第一に考える財務省と、社会保障制度を管轄する厚生労働省との見解も異なってくるだろう。各政党が、自らの社会保障制度改革を掲げ、その優劣で政権を争うような競争が民主主義の理想である。それが実現しないのは、政策作りを官僚に任せてきた政治家の怠慢である。
■皆で考えよう
私たちも、税制や社会保障制度が変わると、どのようなプラスとマイナスがあるか、頭の体操をしてみたい。年収によってプラスになったり、マイナスになったりするし、社会全体にとってはまた別の視点も必要である。
年収の壁だけが問題ではない。これを機会に、健康保険、介護保険、年金などの社会保障制度、また税制についても、基本的知識を得るようにするとよい。霞ヶ関の役人に騙されないためには、私たちも制度を熟知しておく必要があるのである。
■執筆者プロフィール
Sirabeeでは、風雲急を告げる国際政治や紛争などのリアルや展望について、元厚生労働大臣・前東京都知事で政治学者の舛添要一(ますぞえよういち)さんが解説する連載コラム【国際政治の表と裏】を毎週公開しています。
今週は、「年収の壁」をテーマにお届けしました。
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(文/舛添要一)
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