学校や保育園など子どもと接する場所で働く人に性犯罪歴の有無を確認する「日本版DBS」について、こども家庭庁が9月、報告書をまとめた。しかし、対象となる施設の範囲や規制の強度について検討が不十分だとして、政府は10月の臨時国会への提出は見送る方針だ。

近年、中学受験大手の学習塾やスイミングスクールでの性犯罪が発覚している。

弁護士ドットコムニュースでは、水泳指導員が女児に強制わいせつをはたらき逮捕された事件報道を受け、スイミングスクールのある8社に未然防止策などについて問い合わせたが、返答は2社のみだった。「大変重要な内容であると認識しているが、各店舗の営業等に関連する内容のため、回答を控える」(セントラルスポーツ)、「社内ルールを設定し定期的に研修などを行っている。採用基準は開示してないので回答は控える」(コナミスポーツ)

刑事弁護に詳しく、埼玉県でスクールロイヤーをしている神尾尊礼弁護士に、どんな制度設計をしていくべきか考察してもらった。

●信頼を利用した犯罪者は退場すべき

法律案もできていない状況での議論は難しいところですが、「こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議」に提出された報告書について、意見を述べたいと思います。

まず前提として、私がどういう立場で意見を述べるかを明確にしておきます。

私は、埼玉県のスクールロイヤーをしており、公立学校や教育委員会にアドバイスをしています。また、民間の教育機関等の顧問として、私立学校や学習塾の側に立って活動をすることもあります。基本的に学校側・教育機関側に近い立場です。

したがって、中立的というより、やや教育機関側に寄った意見であることをあらかじめ表明しておきます。

そもそも日本版DBSを導入してよいのかという点を考える必要があります。

報告書は、再犯率を指摘すると共に、以下の3つの特殊性を指摘します。

①こどもを指導するなどし、非対称の力関係があるなかで支配的・優越的立場に立つこと(支配性)。
②時間単位のものを含めてこどもと生活を共にするなどして、こどもに対して継続的に密接な人間関係を持つこと(継続性)。
③親等の監視が届かない状況の下で預かり、養護等をするものであり、他者の目に触れにくい状況を作り出すことが容易であること(閉鎖性)。

このうち、児童生徒を対象とする犯罪の場合で特に問題になるのは、①の支配性だと思います。私が児童生徒性暴力等防止法の講演をする際に必ず強調する点でもあります。

先生からの性暴力が児童生徒の心に深い傷を負わせるのは、先生のことを信頼していたからです。絶対的な存在の先生に裏切られたことが、傷の深さに繋がっているのです。これは、まさに児童生徒・先生間の立場の圧倒的な差、支配性からくると思います。

児童生徒の信頼を利用した行為は強い非難に値しますし、支配性が生じるような環境がそうさせたのであれば、そのような環境から退場してもらうほかないと思います。

他方、報告書では、職業選択の自由やプライバシー等との兼ね合いから、必要な制限に絞るべきとも述べています。特定の職業に就けなくなるというのは非常に強い制限ですから、必要以上に課してしまうのは問題でしょう。

●習い事も「安全な場所」であるべき

次に対象事業者の範囲をどうするかについて考えます。

報告書は、学校や保育所等には義務を負わせ、放課後児童クラブや学習塾等には認定制を提示しています。

学習塾等は、法律上の定義がしっかりしておらず、提供された個人情報がどう管理されるか分からないので、いきなり直接義務を負わせるのは難しいと思います。ただ、逆に「自分のところはきちんとしている」と社会にアピールするチャンスでもあるのではないでしょうか。

報道のとおり、特に学習塾での性被害は多発しているのが現状です。学習塾も、やはり支配性があるはずです。学校に準じた「安全な場所」である必要性は高いと思います。

そこで、学習塾や習い事等に関しては、提供された情報を管理する体制構築(管理者を置く、管理規程を作るなど)などを条件に、認定制度を作るのは良いことだと思います。プライバシーマークが参考になりそうですが、より高度な審査が必要でしょうし、法人以外にも対象を広げるかなど、検討すべきことは多そうです。

なお、私としては、直接義務の対象事業者は徐々に拡大してもよいと考えてはいます。ただ、民間事業への制限は最小限にすべきで、放課後児童クラブくらいまでが適当ではないかと現時点では考えています。民間事業者の自主的な努力を社会に示すことによって、配慮のない事業者はいずれ市場で淘汰されていくはずだからです。

●免許制の教師と同等は厳しすぎる可能性も

罰則や就業制限という強力な制限を加える以上、規制の範囲については明確でなければならないと考えています。

例えば、
①対象となる性犯罪歴を前科に絞る(不起訴処分や懲戒処分は含めない。被害者の年齢に上限を設けるなど)
②就けない業務を明確にする(教師など、実際に子どもと接する可能性のある職種に限る)
③就職できない期間に制限を設ける(有罪判決確定後、一定の期間を経て研修等を受けることを条件に就職を認めるなど) などです。

このうち③については、児童生徒性暴力防止法にかかる文科省の指針によれば、教員免許の再授与には、性暴力を再び行わないことの「高度な」蓋然性(しかも申請者側に証明責任)が要求され、審査会の全会一致が原則必要とされています。

また、データベースも少なくとも40年間分蓄積するとしています。このことから、相当長期の期間制限が設けられると予想されます。

教員と民間の期間制限を同じようにしてよいか私自身も悩むところであり、子どもと接する機会の多寡で職種を分け、個々に制限期間を変えるなどがよいのではないかと考えます。

【取材協力弁護士】
神尾 尊礼(かみお・たかひろ)弁護士
東京大学法学部・法科大学院卒。2007年弁護士登録。埼玉弁護士会。一般民事事件、刑事事件から家事事件、企業法務まで幅広く担当。企業法務は特に医療分野と教育分野に力を入れている。
事務所名:東京スタートアップ法律事務所
事務所URL:https://tokyo-startup-law.or.jp/

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