医師を目指すうえでハードルとなる「学費の高さ」。この理由について、一般的には“生徒数が制限されていること”や“大学の運営費が高額となること”などが挙げられます。しかし、それとは別に「本当の理由がある」と、東京西徳洲会病院小児医療センターの秋谷進医師はいいます。それはいったいなんなのか、詳しくみていきましょう。

医師は時代を問わず人気の職業のひとつ

子どものいる全国の男女500人を対象に「子どもに将来なってほしい職業に関する意識調査」を実施したところ、男女ともに医師は「第4位」にランクインしています。

しかし、医師はハードルの高い職業です。そのハードルは勉強と「学費の高さ」でしょう。

「自分の子どもを医師にしたいけど、医学部で勉強させるだけのお金がない」という理由で、あきらめてしまっている人がいるのではないでしょうか。

実際、医師になるのにどれくらいのお金が必要なのでしょうか? また、そもそもなぜ医学部はこんなにもお金がかかるのでしょうか?

医師になるための費用…どれくらいかかるのか?

医師になるには、まず「医学部」に入らなければなりません。そして、医学部の学費は、大学の種類(国立、公立、私立)や大学によって大きく変わります。まずは国立大学医学部の学費について考えてみましょう。

国立大学は国が運営している学校です。医学部の学費は、ほぼすべての国立大学が6年間で約350万円から400万円くらいになります。

次に、公立大学医学部の学費について見てみましょう。公立大学は、地元の自治体が運営している学校です。公立大学の学費も国立大学とほぼ同じで、6年間で約350万円から400万円が目安。地元出身の学生の場合には、さらに学費が軽減されることもあります。

そして、最後に私立大学の学費ですが、これは大学によって大きく異なります。たとえば、国際医療福祉大学私立大学のなかで最も学費が安く、6年間の合計で約1,900万円です。一方、川崎医科大学は私立大学のなかで最も学費が高く、6年間の合計で約4,700万円となっています。

しかし、すべての大学が国立、公立、私立のいずれかに分類されるわけではありません。たとえば、防衛医科大学校は防衛省が運営しており、学費が無料でさらに給料やボーナスが出る特殊な大学もあります。

ここで面白いのは、「大学の質によって学費が変わるわけではない」という点です。

医学部の学費が高い「一般的な」理由は?

では、なぜ医学部の学費は(特に私大の場合で)こんなに高いのでしょうか?

「一般的に」医学部の学費が高い理由として以下の3つのことが言われています。

1. 大学病院の運営費用が高額だから

医学部には当然、大学病院がついています。ここでは最先端の医療を行い、高額な薬や医療機器を使用します。また、多くの医師や看護師などを雇用するため、人件費もかかります。

実際、2020年度は新型コロナウイルス感染症の影響で、136ある大学病院の医業利益は、計2,619億円の赤字だったと発表されています。そのため、国からのコロナ関連支援金・補助金が2,332億円、自治体独自のコロナ関連支援金・補助金が305億円投入されました。しかし、それでも赤字を埋めることはできませんでした。

なお、コロナ前の2019年度でも、136病院合計で499億円の赤字とされています。

これらの費用をまかなうため、本来あるべき姿ではないのですが、学費が高くなっている可能性があります。

2.学生数が制限されているから

医学部の学生数は、医師の数が増えすぎて医療の質が下がらないように、国が制限を設けています。

そのため、大学は学生数を増やして収入を増やすことができません。その分、1人あたりの学費が増えることになります。

3.医師を育てる費用が高いから

医学部の教育は「1人の医師を育てるのに5,000万円から1億円もの費用がかかる」とも言われています。

医学部の教育には多くの専門的な知識と技術が必要となります。これらを教えるためには、教授や准教授、助教授、助手などといった高度な専門知識を持った人材が必要となります。これらの人材は医師でもあり、当然、専門性を保つために給与も高額です。

また、医学部の教育ではさまざまな実験や解剖が行われます。これらの実験や解剖には高価な器具や材料が必要となり、これらの費用も医師を育てるための費用に含まれるのです。

さらに、医学部の教育には大学病院で実際の患者と接する臨床実習も含まれます。これには最新の医療設備や研究費用がかかってくるでしょう。

このように、一般的には以上の3つが「医学部の学費が高い理由」として挙げられています。

しかし、ちょっと考えてみてください。これらの理由は国立でも公立でも私立でも同じはずです。

もちろん、国立では国から補助を受けていますが、それにしても、あまりに違い過ぎます。私立の学費が高い理由はもう2つ、非常に重要な理由があるのです。

私立の医学部が高い「本当の」理由とは?

では、なぜ私立大医学部の学費が「異常に高い」のか、結論から言いましょう。

医師という職業にそれだけの投資価値があるから――

シンプルですが、ここが1番重要な点なのです。

国税庁の「令和3年分民間給与実態統計調査」によると、日本人の平均年収は約443万円だそうです。では、医師の平均年収はどれくらいでしょうか。

厚生労働省の発表によると、医師の平均年収は1,378万3,000円ということになっています。男女別にみてみても、男性1,469万9,000円、女性1,053万7,000円となっています。

つまり、大学に数千万円投資をしても、4〜5年くらいで回収できるわけですね。

しかも、医師国家試験は1度合格すれば「医師」のライセンスは現時点で永久ですし、医師国家試験の問題は、国公立医学部大学入試よりも難しくありません。

そして、私大の医学部の場合、国公立に比べて

  • 学力がそれほど高くなくても入りやすい場合が多い
  • 東京医大の事件のように足りない学力を「お金」で解決するケースがある
  • 東京で勉強できる(偏差値の低い国公立医学部は地方であることが多い)

など、「お金さえあれば魅力的な要素」が目白押しなのです。しかも、前述の通り、医師が過剰になりすぎるのも問題なので、人数を制限しています。

そのため、需要と供給の関係から、お金がある人は一種の“投資”として「子どもを医学部に入れる」というケースがあるわけです。

さらに、もう1つの重要なポイントは「後継者問題」です。

日本では少子高齢者問題が加速しています。「後継者不足」のために廃業せざるを得ない会社も少なくありません。

この問題は会社だけに留まらず、クリニックや一般診療所でも大きな問題になっており、わざわざ高い仲介手数料を支払って、後継者を探してもらったりするわけです。

それならば、自分の子どもが後継者になってくれたら……自分のノウハウも教えられますし、自分の財産をそのまま引き継いでもらえるので一石二鳥です。

そのため、「多少学力が足らなくてもなんとかして自分の子どもを医師にさせたい」という思いが強くなり、需要が増える結果、私大の学費が高くなっても誰も文句が言えないわけですね。

医師になるに“ふさわしい人”が医師になれる社会へ

医学部の学費が高い理由を赤裸々な事情も含めて話していきました。しかし、こうした現状はある意味「歪んだもの」ですよね。本来の子どもの医師の資質は、親の財力とは無縁であるべきです。

この状況は、アメリカをはじめ諸外国のほうがもっと顕著に見受けられます。世界中で見られる「歪み」なのです。

個人個人によって思うところは異なると思いますが、私は「医師に本来なるべき人が正しく医師になる」社会を目指してほしいと願っています。

秋谷 進

東京西徳洲会病院小児医療センター

小児科医

(※写真はイメージです/PIXTA)