子のいない夫婦の相続は、一見シンプルにも思えます。しかし実際には、故人の親族にも相続権が生じることから相続争いに発展しやすく、入念な準備が必要です。本記事では、相談者の吉川陽子さん(仮名・65歳女性)の事例とともに、子のいない夫婦の相続における事前対策についてFPの牧元拓也氏が解説します。

子のいない夫婦に潜在するリスク

夫婦二人きりで暮らすことを選んだ〈子のいない夫婦〉は、国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、1997年には3.7%でしたが、2015年には6.2%と上昇傾向にあります。

理由はさまざまありますが、相談者の吉川陽子さん(仮名・65歳女性)は夫と合意のうえ、子どもを持たない選択をしました。吉川さん夫婦は二人で結婚生活を築き、月換算すると30万円の年金と貯金2,000万円でセカンドライフの準備を整え、安定した老後を楽しむ計画を立てていました。

しかし、夫である隆さんが病気で亡くなります。悲嘆に暮れる最中、突然亡くなった夫の疎遠の妹から電話がかかってきます。そこで聞いた無慈悲な話に陽子さんは困惑します。

「弁護士と相談したのだけれど、私には兄の財産のうち2,000万円を相続する権利があるらしいの。だから陽子さんには家か貯金か、どちらか選んでもらいたくて」

今回は、〈子のいない夫婦〉の老後生活について、予想外の展開を迎える出来事を取り上げ、それに対する課題や事前にできる対策方法を紹介します。

配偶者が亡くなった場合の法定相続分

・隆さんの直系尊属(父や母、祖父母)が生きていた場合

⇒財産の2/3が配偶者、1/3が直系尊属の法定相続分となります。

・隆さんに直系尊属がおらず、兄弟姉妹がいる場合

⇒財産の3/4が配偶者、1/4が兄弟姉妹の法定相続分となります。

・相続財産

⇒現預金……2,000万円

 土地建物……6,000万円

・陽子さんと隆さんの妹の法定相続分

⇒隆さんの両親はすでに他界しており、60歳の妹がいます。そのため、陽子さんの法定相続分は8,000万円(2,000万円+6,000万円)×3/4=6,000万円となり、隆さんの妹の法定相続分は2,000万円となるのです。

自宅に住み続けるなら、貯金はすべて義妹のものに

陽子さんが自宅に住み続けたい場合は、隆さんの財産のうち6,000万円の自宅を取得することになります。

自宅を取得すること自体は問題ないですが、隆さんの妹の法定相続分は2,000万円です。そのため、預貯金2,000万円を隆さんの妹が受け取ることとなります。陽子さん自身の老齢基礎年金と遺族厚生年金で年金は20万円入るとはいえ、今後の生活を考えると不安が残ります。

自宅を手放す…?

また、自宅を売却し、売却代金のうち2,000万円を隆さんの妹が受け取り、残りの4,000万円と預貯金2,000万円を受け取る方法もあります。この方法も、陽子さんがいままで暮らしてきた自宅を失い、新たな自宅購入や賃貸での生活を考えると現実的ではありません(実際は売却を急ぐあまり、不動産会社の言い値で売却することで自宅を安く売ることになり兼ねません)。

このように状況に配偶者と亡くなった方の親や兄弟姉妹とのあいだで利害対立が起こり紛争に発展するケースが多々あります。それではどのような対策をしておけば、このような事態は避けられたのでしょうか?

事前にできた対策

1.遺言書の作成

遺言書を作成することで法定相続分以上の相続分を与えることができます。

隆さんが遺言で陽子さんに財産をすべて相続させる旨を記載していた場合は、全額を陽子さんが取得できることになります(隆さんの妹が納得するかどうかや、寄与分があった場合は別ですが)。

ただし、隆さんの両親が存命で相続人だった場合は、遺留分があります。遺留分とは、法定相続分の1/2を受け取る権利のことを指します。そのため、隆さんが遺言で財産全額を陽子さんに取得させたいとしても、財産の1/6(1/3×1/2)を両親が受け取る権利があります。兄弟姉妹には遺留分はありません。

2.生命保険の契約

生命保険金は受取人固有の財産となるので、相続財産に含まれません。

仮に隆さんが預貯金2,000万円のうち1,500万円分(保険料額も1,500万円とします)の生命保険に加入していた場合、陽子さんには500万円の預貯金に加え1,500万円の生命保険金が入ります。預貯金が2,000万円ある場合と金額は同じですが、相続においては取り扱いが異なります。

生命保険金は相続財産に含まれないので、相続財産は預貯金500万円、土地建物6,000万円の合計6,500万円となります。

法定相続分は、陽子さんが4,875万円、隆さんの妹が1,625万円となるので、手元の2,000万円から1,625万円を支払ったとしても375万円が残ることになります。

子のいない夫婦の相続準備はより入念に

「隆、どうして先に死んでしまったの……。前からもっと話し合っていれば……」悲しむ陽子さんの様子には、あの世で隆さんも胸を痛めているでしょう。

子のいない夫婦でいずれか一方が亡くなった場合は、残された妻と亡くなった夫の親族とのあいだで感情的・経済的対立が発生するケースは多々あります。いまは関係が良好だと思っていても将来的に状況が変わることも考えられます。なにも対策をしていなければ、遺された配偶者の生活基盤を危険に晒すことになります。

このような問題は、資産のほとんどが自宅である場合に起きやすいです。セカンドライフの計画は単なる数字だけでなく、法律や制度にも注目する必要があると感じます。夫婦仲はもちろんのこと、配偶者の親族とも信頼関係を築き、将来に備えるために必要な情報を共有することが、安定したセカンドライフを実現するために必要な要素と言えます。

牧元 拓也

ファイナンシャルプランナー

株式会社日本金融教育センター

(※写真はイメージです/PIXTA)