F1日本GPを電撃訪問したモリゾウ(豊田章男会長・写真右)。左から平川亮選手、マクラーレンのザク・ブラウンCEO
F1日本GPを電撃訪問したモリゾウ(豊田章男会長・写真右)。左から平川亮選手、マクラーレンのザク・ブラウンCEO

TGR(TOYOTA GAZOO Racing)からWEC(FIA世界耐久選手権)に参戦中の平川亮選手が、マクラーレンF1チームとリザーブドライバー契約を結んだ。WECなどでの大活躍が認められての契約だという。しかも、トヨタ自動車の豊田章男会長が"ドライバー・モリゾウ"として、マクラーレン首脳陣とまさかの記念撮影! 「トヨタがF1再参戦?」と大きな話題を集めている。そこで、トヨタを鬼取材する自動車研究家の山本シンヤ氏がモリゾウ氏(豊田会長)を直撃した。

【写真】平川亮選手を見守るモリゾウ

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まさに青天の霹靂である。9月22日トヨタの育成プログラム出身で、現在WECやスーパーフォーミュラで活躍する平川亮選手が来年からマクラーレンF1チームのリザーブドライバーになることがサプライズ発表されたのだ。

その翌日。「鈴鹿サーキット」(三重県鈴鹿市)に白いGRMNセンチュリーが登場し、後部座席から降り立ったのはトヨタ自動車の豊田章男会長! これは平川選手をリザーブドライバーに起用したマクラーレンF1チームへのお礼を兼ねて同チームを訪問したものだが、ファンはもちろんF1関係者も沸きに沸いた。

というのも、ご存じのようにトヨタは2002年から2009年まで車体もエンジンも自作するワークスチームとしてF1に参戦していたものの、豊田章男氏が撤退を決めた。あれから14年――。今回の流れからトヨタのF1再参戦の可能性はあるのか? 

9月24日、筆者はインタープロトシリーズ第3戦が行なわれている「富士スピードウェイ」(静岡県小山町)のパドックを取材していた。すると、モリゾウ氏(豊田会長)とばったり遭遇! これはチャンスと直撃してみた。

――平川選手の話も驚きましたが、モリゾウさんが鈴鹿に足を運んだことに驚きました。確か2009年以来ですよね?

モリゾウ 私が2009年にトヨタF1撤退を決めた張本人です。とはいえ、モータースポーツはもっといいクルマづくりに役立つと考えていますので、ニュルブルクリンク24時間レース、WEC、WRC(FIA世界ラリー選手権)など、いろいろな形でトヨタはモータースポーツに関わってきました。

――一中嶋一貴選手(TGRヨーロッパ副会長)、小林可夢偉選手(TGRドライバー兼WECチーム代表)はF1に参戦していますが、それ以外のトヨタ系のドライバーはどう思っていたのでしょうか? 

モリゾウ 私には言いませんが、「世界のドライバーと言われたい」「世界一速いクルマに乗ってみたい」「その場で自分を成長させたい」という気持ちを持っていたと思います。実はそれは私も薄々感じていました。「だけどね」と思っていた中で、平川の話が舞い込みました。

――そのとき、モリゾウさんの心情は?

モリゾウ ドライバーにとって、自分とクルマがセットで成長できるチャンスがあるなら、そのチャンスを作ってあげる必要がある。それはトヨタの会長としてではなく、"ドライバー・モリゾウ"の役割じゃないかなと思い、鈴鹿に行きました。

――今回は豊田章男ではなくモリゾウとしての鈴鹿入りでした。普段から「ドライバーファースト」を掲げていますが、今回の件でモリゾウさんは同じドライバー目線で平川選手を見ているんだなぁと感じました。

モリゾウ 今回は「マクラーレンさんへの感謝」、「平川選手へのエールを送りたい」に尽きます。なので、モリゾウが表に出るべきだと。報道を見ている限りは、そういう形でご理解いただいたと思っています。

――ズバリ、モリゾウさんは平川選手の件、水面下で動いていたのでしょうか?

モリゾウ 僕が何かしたというよりも、平川の頑張りです。一番はル・マンウィナーになったこと、そしてスーパーフォーミュラをはじめとする、さまざまなカテゴリーでの実績が、いろいろな方の目に留まったのでしょう。

――今後、平川選手をどのような形で応援していこうと考えていますか?

モリゾウ 何ができるかな? 今回はリザーブドライバーで、ほかにふたりのレギュラードライバーがいます。この3人が切磋琢磨していい争いをすることで、チームマクラーレンが強くなる。 そして、チームマクラーレンが強くなることで3人が非常に注目され、どこかで平川がレギュラードライバーとして出ていくチャンスを掴んで欲しいと思っています。

――平川選手の来年の活動はWECとF1リザーブドライバーが主となりますが、スーパーフォーミュラは?

モリゾウ さすがに厳しいかな。今は平川がF1という新しいフィールドで、実力を伸ばすことに時間を費やすべきでしょうね。平川はスーパーフォーミュラでは「TEAM IMPAL」に所属しているので監督の星野(一義)さんに説明に行くと、彼もものすごく喜んでいました。星野さんは「平川のマネージャーになって転戦したい。だから英語を勉強する」と(笑)。

――トヨタにはさまざまなカテゴリーを経験したドライバーがいます。まさにドライバーの"マルチパスウェイ"です。

モリゾウ どのカテゴリーでも最後は"世界"を目指したくなるのが、アスリートの心意気だと思います。そういう意味でも、トヨタはいろいろなチャンスを応援したいと考えています。

報道陣の取材を受ける平川亮選手(中央左)を笑顔で見守るモリゾウ(中央右)
報道陣の取材を受ける平川亮選手(中央左)を笑顔で見守るモリゾウ(中央右)

――平川選手の後に続いて、ステップアップできる選手が増えるといいですよね。

モリゾウ 平川はこれまで(小林)可夢偉や(中嶋)一貴の背中を見て成長してきたと思いますが、これからは背中を見られるドライバーです。そして、ハッキリしたのは「トヨタ育成ドライバーにその道(=F1)はない」と何となく思われていましたが、そんなことはありませんよと。

――日本では「●●出身」が最後まで響くケースが多いですが、それを突破した?

モリゾウ モリゾウとしては常に"オープン"という考えですが、そうすると自然といろいろな選択肢が集まるので、チャンスは必ず生まれてくる。

――ちなみにモリゾウさんは「F1は好きではない」と公言していますが、今回のアレコレを通じて何か心境の変化はありましたか?

モリゾウ (前言)撤回とは言いませんが、久しぶりにF1の現場に来て、「世の中は変化しているな」と実感しましたね。私が思っていたF1と、今日見たF1は違います。

――具体的にはどこですか?

モリゾウ それはナイショ(笑)。ただ、ひとつヒントを言うと、「私の居場所はあるかも!?」。でもヨーロッパで見ないとわかりませんね。

――少し話題を変えますが、「クルマづくり」という点では、F1の活用方法はあると考えていますか? さらにマクラーレンはロードカー事業も行なっていますが、提携などは?

モリゾウ それは佐藤社長に聞いてください。ただ、私はクルマ好き、運転好きのひとりとして、「こうしたら面白くなるのでは?」などの提案は、クレーマーの如くしていくつもりです。

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後日、佐藤恒治社長に合う機会があったので、ズバリF1の話を聞いてみた。

――F1はWECと同じくハイブリッド+eフューエル(合成燃料)を用いています。トヨタとしての復帰の可能性はあるのでしょうか?

佐藤 最近のF1の動きはウォッチしています。電動化ユニットやeフューエル開発はカーボンニュートラリティの観点でも非常に重要ですし、さらに成長していくでしょう。

――つまり、やる理由はある?

佐藤 ただ、すでにトヨタはそれらをさまざまなカテゴリーで取り組んでいます。もちろん、F1に行かなければできないことが見つかれば話は別ですが、現時点では十分できているかなと。

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現状ではトヨタF1復帰の可能性は低そうだが、トヨタ系ドライバーの道筋が開けたのは事実だ。今後の動向に注目したい。

●山本シンヤ(やまもと・しんや) 
自動車研究家。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。ワールド・カー・アワード選考委員。YouTubeチャンネル『自動車研究家 山本シンヤの「現地現物」』を運営

撮影/Kamui Kobayashi

F1日本GPを電撃訪問したモリゾウ(豊田章男会長・写真右)。左から平川亮選手、マクラーレンのザク・ブラウンCEO