今までこういう毛色の作品にあまり出ていなかった。

ビートたけし原作の恋愛映画『アナログ』への出演について、二宮和也はそう率直に語る。数々の映画で主演を務めてきた演技派が、40代という新たな人生のステージで迎えた新境地。

そこには、まだ見たことのないニノと、変わらぬニノの姿があった。

蕎麦打ちは、蕎麦粉をこねるところから全部やりました

(C)2023「アナログ」製作委員会 (C)T.N GON Co., Ltd.

「(監督の)タカハタ(秀太)さんから相談があったんですよ、『次はこれがやりたいんだけど』って。それが、この『アナログ』の原作で。タカハタさんが恋愛映画を撮るイメージがなかったから、『へえ、いいんじゃないの?』なんて言って。そしたら、『いや、お前とやりたいんだよ』と。あ、俺となんだって。こういう作品を自分もやることがあるんだって、ちょっと意表を突かれたところからのスタートでした」

俳優としての名声を一気に高めた『青の炎』や『硫黄島からの手紙』をはじめ、近年も『浅田家!』『TANG タング』『ラーゲリより愛を込めて』などヒューマンな作品の印象が強い二宮和也。これだけ正統派のラブストーリーは、フィルモグラフィーを振り返っても極めて稀少だ。

そんな“ラブストーリーの二宮和也”を存分に味わえるのが、ヒロイン・美春みゆき(波瑠)とのデートシーン。毎週木曜日に、同じ喫茶店で会う。そう約束を交わした2人は、喫茶店で落ち合うと、いろんな場所を訪れる。

「個人的に印象に残っているのが、蕎麦打ちのシーン。実はあのシーン、使われているのはほんの少しなんですけど、蕎麦打ちを最初から最後まで全部やったんですよ」
おかしそうに笑いながら、二宮は追憶に馳せる。

「台本には、ほんのちょっとト書きが書いてあるだけなんです。だから、20〜30分で終わるかなと思っていたのに、スケジュールを見ると1時間半と。いやいや、こんなにかからないでしょと言いながら現場に入ったら、監督が『頭から全部やります』って言うんです。それで、先生に教えてもらいつつ、蕎麦粉をこねるところからやりました。スタッフもみんな、『絶対こんなに使わないよね?』と思いながら撮影していた気がしますけど(笑)」

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監督のタカハタとは、ギャラクシー賞月間賞にも輝いたドラマ『赤めだか』でタッグを組んで以来、プライベートでも親交が厚い。それだけに監督との思い出を振り返る二宮の口調も自然と砕けたものになる。

「結局、1時間半ずっと撮りっぱなしで。僕、映画の現場で初めて見ましたよ。カメラマンさんがカメラの(メモリー)カードを途中で替えるのを(笑)。2台で撮っていたんですけど、そのうち1台が途中で落ちちゃって。ささっとカードを差し替えてたんです。これはもうデジタルだからできることですよね。もしフィルムでこの量を撮っていたら、大変なことになっていたんじゃないかな(笑)」

だが、そうした撮り方をするのにも監督の狙いがある。旧知の仲である二宮も、監督の意図はもちろん承知の上だ。

「そうやって長く撮っていると、やっぱり途中で役者の中に“緩み”が出てくる。そういう本来見えないものが見えたときに喜ぶ人なんですよ、タカハタさんは。俳優のお芝居を信頼した上で、一瞬垣間見える波瑠ちゃんなり二宮和也をおさえることを面白がる人。1時間半カメラを回して、使うのはほんの数秒なんだけど、タカハタさんにとっては使う使わないは問題じゃないんです」

(C)2023「アナログ」製作委員会 (C)T.N GON Co., Ltd.
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蕎麦打ちは、波瑠ちゃんの方が苦戦していました(笑)

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ちなみに、蕎麦打ちの腕前はどうだったのかと言うと……。

「僕がすごく上手かったんですよ。先生からも『筋がいいね』と褒めてもらえて。昔、『優しい時間』という作品で陶芸職人の見習い役をやって。蕎麦粉をこねる感じが、陶芸とまったく同じやり方だったので、ちょっと懐かしいなと思いながらやっていました。むしろ波瑠ちゃんの方が苦戦していましたね(笑)」

波瑠演じる美春みゆきは、どこか謎めいた女性。波瑠のパブリックイメージとそのまま重なるような透明感と神秘性を持ったヒロインだ。

「キャラクター的に言うと、波瑠ちゃん演じるみゆきさんの方がうまくて、僕の演じる(水島)悟の方が下手くそで『てへっ』となっていそうなんですけど、実際は逆(笑)。僕はA型なので、蕎麦を切るのも細かいんですよ。その横で波瑠ちゃんが『私の方が下手なんだけど』って悔しがっていました(笑)。出来上がった蕎麦も食べましたよ。すごく美味しかったです。余ったものをタカハタさんにあげたら、そのまま持って帰っていました(笑)」

上映尺の都合で泣く泣くカットしたシーンも多いと言う。

「タカハタさんは撮影しながら編集もする人で。3分の2くらいまで撮影が終わった段階で、その時点で『もう4時間くらいになっちゃった』と言ってました(笑)。どういうことなんだっていう話ですよね。タカハタさんはせっかく撮ったシーンを削るのが本当に辛いらしくて。できることなら全部使ってあげたいという信条の人。最終的にはなんとか尺におさめたみたいですけど、どんな仕上がりになっているのかは僕も楽しみです」

(C)2023「アナログ」製作委員会 (C)T.N GON Co., Ltd.

自分しかつくれない皿は、1枚なら誰でもつくれる

(C)2023「アナログ」製作委員会 (C)T.N GON Co., Ltd.

二宮にとっては、これまであまり経験のなかったラブストーリー。撮影に臨むにあたり、他の作品とはまた違う試行錯誤があった。

「恋愛モノには、『あれが見たい』『これが見たい』というお約束ごとみたいなものがある。でも、僕はどちらかと言うと、まだ見たことのない、メジャーではない表現を追い求めるタイプ。とはいえ、あんまり他がやっていないようなことをやりすぎても、恋愛モノを求めてご覧になった方からすると『だったら恋愛モノでなくてもよかったんじゃない?』と肩透かしをくらった気分になる。そこのバランスというか、ちょうどいい塩梅を現場では常に探っていました」

だが、どんなジャンルであっても二宮和也二宮和也。まるで本当にその人が実在するような自然さでスクリーンの中に佇んでいる。この作品や役に溶け込む力は何から生まれているのだろうか。

「さっき陶芸の話をしましたけど、『優しい時間』で先生に陶芸を教えてもらうときに言われた言葉があって。それが今も、そうだよなって心に残っているんですよね」

そう話しながら、二宮は少しだけ遠くを見つめる。

「これは他の誰にも真似できない、俺にしかつくれない皿だというものは、1枚なら誰でもつくれる。それよりももっと難しいのが、どこにでもある、割れたらすぐに替えが効くような、平凡な皿をつくることだって」

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芸術性というのは、唯一無二のオリジナリティにこそ宿るようにも思える。だが、本当に技術やセンスが問われるのは、奇をてらうことではない。地味で、なんでもないものにこそ、その人の本質が試される。

「あるじゃないですか。お店で普通に100円とかで売っていて。4〜5枚重ねても丈夫なお皿って。そういうものをつくることができて、ようやく一人前なのだと先生はおっしゃっていました。それってすごく地味なことだし、面白くないし、あんまりやりたくないと思われがちなことなんだけど、でもそれができないと一人前ではない。あのとき、先生は『昔の考えかもしれないけど』とおっしゃっていましたけど、芝居にも通じることだなと思ったんです」

そうして続けた次の言葉にこそ、二宮和也の役者の矜持が集約されていた。

「お芝居も、大見得切って、発狂して、泣いて、人を刺して殺してみたいなのは誰にもできる。僕はさっき誰もやったことのない表現を求めがちと言いましたけど、そういうものは逆に言うと誰にでもできるんです。それよりも、ただ普通に座って、飯食って、友達と話して、人の話を聞いて、泣いている人に寄り添って、そういうお芝居の方がずっと難しい。すごく地味だし、正直そういう平凡なシーンってやっていても日々の達成感はあまりないのかもしれないけど、そういうことがちゃんとできるようにならなきゃいけないんだって、今回やっていて改めて思いました」

アナログ』の二宮和也は、まさに何気ない日常を、ささやかに、ひたむきに生きている人間としてそこにいる。いや、もっと言えば、これまでのどの作品でも、二宮和也はそうやって役に命を与えてきた。ともすれば、平凡に見えるだろう。だが、私たちの日常と地続きの世界で生きていると感じさせてくれる俳優は決して多くない。

だから、二宮和也は非凡なのだ。

(C)2023「アナログ」製作委員会 (C)T.N GON Co., Ltd.

取材・文:横川良明

<作品情報>
アナログ

10月6日(金) 全国公開
配給:東宝 アスミック・エース

(C)2023「アナログ」製作委員会 (C)T.N GON Co., Ltd.

STORY

手作り模型や手描きのイラストにこだわるデザイナーの悟。携帯を持たない謎めいた女性、みゆき
喫茶店「ピアノ」で偶然出会い、連絡先を交換せずに「毎週木曜日に、同じ場所で会う」約束をする。
二人で積み重ねるかけがえのない時間。
悟はみゆきの素性を何も知らぬまま、プロポーズする事を決意。
しかし当日、彼女は現れなかった。その翌週も、翌月も…。
なぜみゆきは突然姿を消したのか。彼女が隠していた過去、そして秘められた想いとは。
ふたりだけの“特別な木曜日”は、再び訪れるのか――。

クレジット

二宮和也 波瑠
桐谷健太 浜野謙太 / 藤原丈一郎(なにわ男子)
坂井真紀 筒井真理子 宮川大輔 佐津川愛美
鈴木浩介 板谷由夏 高橋惠子 / リリー・フランキー

監督:タカハタ秀太
原作:ビートたけしアナログ』(集英社文庫)
脚本:港岳彦
音楽:内澤崇仁
インスパイアソング:幾田りら「With」(ソニー・ミュージックエンタテインメント

製作:「アナログ」製作委員会
制作プロダクション:アスミック・エース AOI Pro.
配給:東宝 アスミック・エース

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関連リンク

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二宮和也