二宮和也演じるインテリアデザイナーと、波瑠演じる携帯電話を持たない謎めいた女性・みゆきが織りなすラブストーリー『アナログ』が、10月6日(金)に封切られる。この映画の劇伴およびインスパイアソングのプロデュースを担当しているのが、andropの内澤崇仁だ。

【写真を見る】監督には「悟はギター、みゆきは弦」というそれぞれのキャラクターのイメージにあったそう

過去にも『君と100回目の恋』(2017年)や『サヨナラまでの30分』(2020年)で劇中歌の制作、『L♡DK ひとつ屋根の下、「スキ」がふたつ。』(2019年)では主題歌の作・プロデュースと、さまざまな形で映画音楽に関わってきたが、本格的に劇伴を担当するのはこれが初めて。映画の公開に先駆け、10月4日にはオリジナル・サウンドトラックも発売される。オファーが舞い込んだ際の率直な思いから聞いてみた。

■監督とお話しさせていただくたび、ヒントを聞き漏らすまいと、全身を耳のようにしていました(笑)

すごく光栄でした。ただ、ビートたけしさん原作、二宮さんと波瑠さんが出演、タカハタ秀太さんが監督という華やかな座組の中で、自分に務まるのかな? という不安が正直大きくて、「まだ力が足りないんじゃないか」というお話をさせていただいたんです、最初は。だけど今作のプロデューサーである井手陽子さんと音楽プロデューサーの安井輝さんは『君と100回目の恋』『サヨナラまでの30分』でもお世話になった方々で、お二人の「大丈夫、できるよ」という言葉に背中を押され、挑戦する決心がつきました。タカハタ監督も「自由に作ってください」という風に言ってくれたので、「頑張ります!」と。それが去年の12月頃かな。

――そこから年明け1月のクランクインまでの間に、さっそく5~6曲分のイメージ音源を作ってみたそうですが…?

はい。劇伴は、撮影が終わって映像の編集も済んでから音を作っていく作業になるんですけど、あまり時間がなくて大変になるのが分かっていたので、事前にある程度のモチーフだけでも準備しておこうと思って。脚本と原作小説を読んでイメージを膨らませ、「悟のテーマ」「みゆきのテーマ」「二人のテーマ」みたいなものを作ってみたんです。監督が考えている方向性を探るためにも、ボサノバ、ロック、クラシックと、いろんなジャンルのものをいくつか取り揃えた感じでした。ただ、それを監督にお聴かせしたところ、イメージとは違ったみたいで、一旦それらは全部ボツになりました。

――監督は「自由に作ってください」と最初おっしゃっていたんですよね?(笑)

そうですね(笑)。だけどそれは苦い体験というよりは、衝撃的な、却って自分に学びをもたらしてくれる体験でした。というのも、監督の中には撮影前から既に「こういう音が鳴っててほしい」というかなり明確なイメージがあるものなんだなぁと。だから会話の中で、言葉では説明されない“監督の聴かせたいもの”を僕が感じ取らなきゃならない。そこからは監督とお話しさせていただくたび、ヒントを聞き漏らすまいと、全身を耳のようにしていました(笑)。

例えば監督が既存の曲をイメージとして仮に当てはめているシーンもいくつかあったんですよ。その一つにサザンオールスターズの『涙のキッス』があった。じゃあ、「何でここに『涙のキッス』をはめたんだろう?」と考える。『涙のキッス』の歌詞とか成り立ちを自分なりに調べてみて、「ああ、これは未練の歌なんだ。だから監督にとって実はここ、未練タラタラのシーンなのかもしれない。じゃあ自分が付ける場合、未練のサウンドとはどんなものだろう?」…みたいな。そんなふうに最適解をたぐり寄せていったところもありました。

じっくりお話ししてみると、「悟はギター、みゆきは弦」というのがそれぞれのキャラクターのイメージにあるとのことだったので、僕はその二つの音色を使って、いかに違いを出せるかを考えていきました。結果、悟だけでいるときはギターがメイン、みゆきだけのときはバイオリンがメインのサウンドになってるし、二人が会うときはギターとバイオリンが混ざり合ったサウンドになっています。監督は妥協を許しませんが、僕ら作り手に対してすごくリスペクトがある方なので、いろいろな意見を言ってくれました。

――興味深いです。そもそも「ここからここまで音を乗せる、ここで曲を入れる、ここで止める」という箇所を決めるのも監督ですか?

はい。映像がある程度できたら、音楽が必要な箇所をみんなで話し合って決めるんですけども、はじめに監督の意向があって、他にプロデューサーなり音楽プロデューサーなりが「ここにも必要なんじゃないか」というような議論をして。次に「じゃあどの瞬間から始めようか」というところまで細かく話し合っていくのが基本的な流れでした。

やっぱり音楽の始まる瞬間がコンマ数秒でも違うと、聴こえ方は全然変わります。ストーリーにも思った以上に影響が出るなっていうのを今回改めて知ったので、そこにはこだわりました。でもコンマ何秒というのは非常に感覚的なもので、100人いればきっと100通りの正解があるような微妙な世界です。そんな中で悩んでいた僕に音楽プロデューサーの安井さんが掛けてくれたのは、「映像が全て教えてくれる」という言葉でした。その言葉を信じて、教えてくれるまで延々と映像を見るという日々を過ごしてました。

■自分たちのバンドの曲を思い返して「あれは歌詞で説明しすぎてた」「あそこは歌詞に頼ってたんだな」ということも思い当たりました

――映画を拝見したところ、全体的にゆったりと静かですし、「セリフを際立たせたいんだろうな」と思われるシーンが多くて、その邪魔にならないよう劇伴を作るというのはかなり緻密な計算を必要としたのではないかと思うのですが…。

そこは相当難しかったですね! 普段バンドでやってる音楽は、頭から決まったテンポでいくものがほとんどですけど、今回はセリフを生かすために曲のテンポを変える瞬間があったりだとか、楽器を減らす瞬間があったりだとか、ブレイクさせる瞬間があったりだとか。で、ブレイクさせるけれどもまた違和感なく始まるっていうような…そういうものをいろいろと試行錯誤して、勉強になりました。

ある程度、曲のモチーフと曲調が決まったらあとは画に当てていくのですが、尺をどうするか、BPMはどうか、強弱をどうするか――と、考えることは山ほどあります。それを経て調整ができたら実際レコーディングして音を当ててみますが、何か違うなとなったらもう1回録り直して…というのをずっと延々繰り返す。監督だけじゃなく、全てのセクションの皆さんが納得するまで。職人同士の落としどころを見付けるっていうか…映画が「総合芸術」と呼ばれるのはまさにこういうことなんだろうなと。

――音楽が飛行機の音によってかき消されたりとか、曲に波の音が重なって調和するみたいな、劇伴ならではの効果は、環境音楽に造詣の深い内澤さんの素養にも通じるものだったのではないでしょうか?

ああ、自分的にはそこまで意識はしてなかったですけど。ただ、一つ一つの音楽を作るにあたっては効果音を担当される方やセリフを整音される方たちに「このシーンは他に何の音が入るんですか?」っていうのをヒアリングしてメモって、それを頭でイメージしながら音楽を作るっていう作業はしていました。だからそれらの音量のバランスに関しては、監督の意向を汲みつつも、各所――セリフを担当される方、効果音を担当される方、皆さんと話し合って、詰めていったという形で。劇伴だけでは成立しない。

そうやって微調整を重ねに重ねますから、本当に途方もない作業で(苦笑)、ギリギリまで終わりませんでしたね。(8月28日の)完成披露試写会の直前まで、ほんのちょっとの違いを修正するということを繰り返していて…本当に妥協なき環境でした。

――映画が『アナログ』というだけあって、サントラ全体を通して、アナログな音色にこだわりを感じる仕上がりになっていますよね。ギターのアルペジオ一つ取っても、手触りとか質感といったものが温度を伴って伝わってきました。

ありがとうございます、そこはめっちゃ意識しました。木の“鳴り”っていうのもすごく大事にしましたし、音数も少なかったので、空気感みたいなものまで音楽に入れることができたんじゃないかなと思います。今回は劇中にクラシックの曲が入ってるじゃないですか。だからそことあまり離れないものがいいんじゃないかというのもありつつ、バンド出身の僕にしかできないものを、というところも考えながらやってました。

例えば、曲名でいうと『木曜の彼女』シリーズは、シェイカーなどが入った軽快な曲調になっていますが、あの辺は基本的に二人が歩いてるシーンだったりするので、楽器を使って前に進んでる感じを出すことを意識したんです。今までのバンド活動において、「これをやったら進んでる感じが出る」とか逆に「とどまってる感じになる」っていうノウハウがあったので、その経験にもとづいて音や奏法を選んだ感じです。

また、歌詞がないインストだけで表現を完了させるというのも普段の曲作りとは手順が違うので、発見は多かったですね。自分たちのバンドの曲を思い返して「あれは歌詞で説明し過ぎていた」「あそこは歌詞に頼ってたんだな」ということも思い当たりましたし。楽器だけでここまで表現できるんだっていうことを、新たに知った気がします。

■あくまでストーリーがあって、そのあとに音楽が来る、ということ

――特に難しかった、または苦労した楽曲は?

後半の回想シーンで流れる『アナログ』ですかね。僕自身、音が付く前からあそこのシーンはすごく感動していただけに、登場人物の心情に寄り添っていないとシーンが崩れてしまうと思ったので、いっそう悩みました。

一つには「演技より先に音楽が始まらないように」というポイントがあったと思います。タカハタ監督の思いとしては「音楽で過剰にドラマチックにしたり、過剰に説明させたりしたくない」というのがおそらくあって。先に音楽で感動を表現しちゃうと説明的になり、肝心の演技を置き去りにしてしまいますからそこは注意しました。あくまでストーリーがあって、そのあとに音楽が来る、ということ。一方、曲の終わり方も、壮大に終わるのか、少しずつ収束して終わるべきか…って何パターンか作ったりして時間をかけました。

曲に『アナログ』と名付けた理由は、これが自分にとってメインテーマだったから…かな。自分的に一番感動するシーン、泣きながら作ったシーンだったので、タイトルチューンがふさわしいと思いました。

――また、映画のインスパイアソングとして幾田りらさんの手による楽曲『With』も誕生。そのインストバージョンがエンドロールで使われています。これはどういった経緯で制作されたのでしょうか。

ええと、タイミング的には今年3月かな。撮影が全部終わり、音を付ける作業もある程度終わった頃に「幾田さんに楽曲依頼します」ということになり、そのプロデュースに入りませんかというお話をいただきました。素晴らしいアーティストである幾田さんが(映画を見て)感動し、降りてきたものを曲にして、送って下さったデモを聴いてみたら、すごく素敵な曲で。「これを僕がどうアレンジできるんだろう?」って、そこからまた悩むんですけど(笑)。

映画って、主題歌だけは違う人が作っていたりとか、劇伴担当とは別の人がインスパイアソングを手掛けてることがよくありますよね。今回はそこに、映画全体としての一貫性を持たせることが自分の役目かなという風に認識していました。エンドロールが流れてきたときに、劇伴の続きが『With』である、というようなアプローチにしたくて。ちなみに監督からは、「エンドロールのちょうど二宮さんの名前が流れてきた辺りでAメロに入ってほしい」という、これまた明確なリクエストがありました(笑)。

インスパイアソングっていうのは映画を宣伝・紹介するにあたって耳を引きつけるフックが必要なんですけども、逆にエンドロールではフックとかインパクトは求められていなくて、最後を締め括るにふさわしい曲調に仕上げることが必要です。そこの違いを踏まえて、テンポを変えたり、構成する楽器を変えたりして、試行錯誤しながら両作を編曲するのは自分にとっても大きな経験になりました。

――本当に素敵なエンドロールだと思います。ところで人気のない海のシーンなどは、北野武監督映画との共通点をも感じました。

ああ、それは僕も思いました。タカハタさんはいろんなところにそういうオマージュを入れてますよね。(監督と二宮が初タッグを組んだドラマ)『赤めだか』の落語とかも、セリフのひとふしにさりげなく込めてたりするので、粋だなって思ったり…。愛とリスペクトがあるなぁって。

個人的に好きなシーンは、悟とお母さん(高橋惠子)のシーン。お母さんが言う「人には自分だけの幸せの形がある。それを信じて貫きな」というセリフがすごく刺さりました。終盤への伏線にもなってるんだと思いますけど、すごく良いセリフだなあって。

■他の現場に行ったときにも妥協したくないという思いがよりいっそう強くなりました

――撮影現場へは見学に行かれましたか?

はい、行きました! で、実はそこで、エキストラ出演もしてるんですよ(笑)。コンサートホールの観客の一人として。「ちゃんと自然に溶け込んでるかな?」とか心配しながら、二宮さんと波瑠さんの演技を間近で見させていただきました

――気付きませんでした、あとでチェックしますね(笑)。ちなみに、内澤さんがこれまでに影響を受けた映画音楽があれば伺いたいです。

スタッフさんに教えてもらったものですけど、ジョン・カーニー監督の「音楽映画三部作」と呼ばれる3本…『ONCEダブリンの街角で』と『はじまりのうた』と『シング・ストリート 未来へのうた』。それらは、以前、音楽映画に携わらせていただくにあたってすごく参考にしました。また、『戦場のメリークリスマス』にも影響受けましたし、『ムーランルージュ』の『Your Song』は…めっちゃ好き(笑)。『ムーランルージュ』と『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のサントラは、繰り返し聴いてました。音楽の持つ力って偉大だなぁと思いながら。

あと、サントラの話とはちょっと逸れますけど今作『アナログ』をやるにあたってすごく励みになったのは、『すばらしき映画音楽たち』という、映画音楽の歴史をひもとく映画。それは劇伴を制作するにあたってすごく励みになりました。作業していて「俺ってダメだな、才能ないな」と思った瞬間もあるんですけど、そういうときは、この映画を見て涙を流して(笑)。マジでそうなんですよ!「歴史上の偉大なミュージシャンたちも、不安や恐怖と闘いながら作ってきたんだ」って思ったら、「俺にもできるかもしれない!」と(笑)。あの映画に救われながらやっていました。

――最後に、「劇中で鳴る全ての音楽に携わる」という今回の経験を通して、内澤さんにもたらされたものとはどんなことでしょうか。

モノ作りたるもの、細かいところまで妥協せずに作り上げるという信念。それに尽きるのかなと思います。各セクションの皆さんが最後の最後まで諦めずに――「これもう1回やり直すって絶対面倒くさいよな」と思うことも、面倒くささを上回る「良いものを届けたい」の一心でやってらっしゃるので。それを目の当たりにすると、「モノ作りはこうあるべきだよな」と思わされましたし、他の現場に行ったときにも妥協したくないという思いがよりいっそう強くなりました。手間をかければかけた分、やっぱり手応えのあるものが生まれます。特に音楽は、後世まで残っていくものですし。「〆切が芸術を作ってる」なんて言葉もありますけれども、今後とも、許されるギリギリの線まで粘り強く作品作りに取り組みたいなと思います。

本作で、劇伴およびインスパイアソングのプロデュースを担当しているandropの内澤崇仁