飛行家や軍人など、もともと限られた人しかアクセスできなかった「空」という領域は、ドローンの登場で「民主化」されました。扱いやすさは社会へ変革をもたらしましたが、これは戦争の在り方にも大きな影響を与えています。

空は誰でも自由に入れる領域ではなかった

無人機、いわゆるドローンの登場は社会に大きなイノベーションをもたらしました。これまで「空」は飛行家、航空会社社員、軍関係者など限られた人しか手が出せない専門家の占有域でした。しかしドローンの登場が、「空」を特別な領域でなくしたのです。これを「空の民主化」と呼ぶ識者もいます。

「民主化」に一役買ったのが中国のドローンメーカーDJI(大疆創新)です。中国企業が「民主化」に貢献するとはどこか皮肉ではありますが、電動モーターで飛行するドローン(電動マルチコプター)は扱いやすく、サーボやジャイロの進歩で操縦も簡単、GPSやジャイロと連動するので安定して自由自在に空撮ができる、目視範囲なら事前に指定した経路を自律飛行させられるなど、これまでのラジコン機のイメージを一新する優れた性能を持っています。

安定性や操縦性の良さは驚異的で、半日も飛ばしていればすぐに慣れます。なによりDJIのドローンは性能の割に安価であるということが決定的でした。

電動マルチコプターが登場するまでは、ホビーとしてのラジコン飛行機ヘリコプターであれ、空は誰でも入れる領域ではありませんでした。一昔前のラジコン飛行機は、ジャイロがあっても操縦は難しく、離陸に失敗しようものなら瞬時にウン万円が消えるリスキーなホビーでした。機体を整備調整できる知識と器用さ、財力、集中力なども必須です。

飛行機好きな筆者ら(月刊PANZER編集部)も、飛行機プラモデルは作っても、ラジコン飛行機には手を出しかねていました。しかし今では「空の民主化」の恩恵を受けて、電動ラジコン機を飛ばしたり、ドローンの空撮を楽しんだりしています。

戦場に与えたインパクトは

とはいえ「空の民主化」は良いことばかりでもありません。ロシアウクライナ戦争では、歩兵ばかりでなく戦車や装甲車までが、ドローンから逃げ回る姿を空撮視点で見下ろされています。ドローンから爆弾を落としたり、徘徊型弾薬(自爆ドローン)が地上の目標へ突っ込んでいったりする動画もよく投稿されています。これも「空の民主化」の結果で、特に戦場においては「空爆の民主化」と呼ばれています。

この戦争では、本格的な軍用からDJIのような市販品まで大量のドローン(無人機)が使われています。ドローンは軍が作戦を展開するにあたって、偵察監視や砲兵観測に加え、徘徊型弾薬として攻撃そのものへ使うなど、なくてはならないものになっています。徹底的にコスパを追求したようなダンボール製ドローンも話題になりました。

ドローンから投下する爆弾や徘徊型弾薬は小型で威力も限定的ですが、本当に怖いのは敵に位置を知られ攻撃が誘導されることです。しかも地上からは、ドローンに見られていることに気付かないこともあります。ソ連時代からロシア軍では、砲兵は「戦場の女神」と呼ばれてきました。最前線では砲兵の姿は見えませんが、敵に破壊をもたらし味方を助ける「女神」とは言い得て妙です。実際ロシアウクライナ戦争では砲兵が最も威力を発揮しており、両軍の死傷者の80%以上が砲撃によるものとされています。

そして「空の民主化」が、その「女神」に天からの視点を与えたのです。

過酷だった観測班のリスク減へ

砲兵の間接射撃時には、目標を直接確認して、射撃を誘導する砲兵観測班が必要になります。観測班は車両、航空機、または徒歩で目標が視認できる地点まで前進しなければならず、リスクもあり、高い練度と専門性が要求されます。

しかし、ドローンによる観測が可能になったことで状況は一変します。ドローンオペレーターには従来の観測班ほどの練度は必要なく、リスクも少なく即応性も柔軟性も持ち合わせます。大部分の砲撃はドローンの観測で実施されていると思われ、地上の戦車や歩兵にとっては最悪のペアリングであり、とにかくドローンの眼から逃れようと大わらわです。

ドローンの進出により、それほど訓練を受けていない人員でも低コストで偵察監視、砲兵、対戦車戦などの任務がこなせるようになったのは大きなイノベーションといえます。空が民主化されたことによって、従来の観測班の領域も民主化(浸食か)されてきたようです。

ドローンが登場した時、筆者らのラジコン機仲間は「飛ばすのが簡単すぎて面白くない」と感想をもらしましたが、それには「占有域」が侵されたような感覚もあったようです。飛ばすこと自体が目的ではなくなり、飛ばして別の目的を達成できるのにも違和感を覚えたのかもしれません。空軍関係者にもドローンに対して根強い反発があるといいますが、これに似た感覚なのでしょうか。「民主化」とはよくいったものです。

2発のグレネードを積んだドローンを飛ばすロシア軍兵士(画像:ロシア国防省)。