東京都心Aクラスビルの空室率は、在宅勤務の普及などを背景に上昇し、2014年第3四半期以来となる5%台に達しました。本稿では、ニッセイ基礎研究所の吉田資氏が、東京都心部Aクラスビル市場の動向を概観し、2027年までの賃料と空室率を予測します。

1.はじめに

東京都心部Aクラスビル1の空室率は、在宅勤務の普及に伴うオフィス戦略の見直しなどを背景に上昇し、2014年第3四半期以来となる5%台に達した。また、成約賃料は、需給バランスの緩和に伴い、下落基調で推移している。

本稿では、東京都心部Aクラスビル市場の動向を概観し、2027年までの賃料と空室率の予測を行う。

1 本稿ではAクラスビルとして三幸エステートの定義を用いる。三幸エステートでは、エリア(都心5区主要オフィス地区とその他オフィス集積地域)から延床面積(1万坪以上)、基準階床面積(300坪以上)、築年数(15年以内)および設備などのガイドラインを満たすビルからAクラスビルを選定している。また、基準階床面積が200坪以上でAクラスビル以外のビルなどからガイドラインに従いBクラスビルを、同100坪以上200坪未満のビルからCクラスビルを設定している。詳細は三幸エステート「オフィスレントデータ2021」を参照のこと。なお、オフィスレントインデックスは月坪当りの共益費を除く成約賃料。

2.東京都心Aクラスオフィス市場の現況

2-1.空室率および賃料の動向

東京都心部Aクラスビルの空室率は、2020年第4四半期以降、上昇基調で推移している。2023年第2四半期は5.9%(前期比+1.2%)となり、2014年第3四半期以来となる5%台に達した。

Aクラスビルの成約賃料(オフィスレントインデックス2)は、需給バランスの緩和に伴い、下落圧力が強まるなか、2023年第2四半期は25,655円(前期比▲6.6%、前年同期比▲11.8%)となった(図表-1)。

Bクラスビル及びCクラスビルについては、空室率がやや改善し、成約賃料は下げ止まり感もみられる。

2023年第2四半期の空室率はBクラスビルで4.5%(前期比▲0.4%、前年同期比▲0.7%)、Cクラスビルで4.4%(前期比▲0.2%、前年同期比▲0.6%)となり(図表-2)、成約賃料はBクラスビルで18,545円(前期比+5.7%、前年同期比▲1.0%)、Cクラスビルで16,682円(前期比▲0.1%、前年同期比▲0.6%)となった(図表-3、図表-4)。

賃料と空室率の関係を表した「賃料サイクル3」をみると、東京オフィス市場は2020年第3四半期以降、「空室率上昇・賃料下落」の局面が継続している(図表-5)。

2 三幸エステートとニッセイ基礎研究所が共同で開発した成約賃料に基づくオフィスマーケット指標。

3 賃料サイクルとは、縦軸に賃料、横軸に空室率をプロットした循環図。通常、(1)空室率低下・賃料上昇→(2)空室率上昇・賃料上昇→(3)空室率上昇・賃料下落→(4)空室率低下・賃料下落、と時計周りに動く。

2-2.空室率と募集賃料のエリア別動向

三鬼商事によれば、東京ビジネス地区(2023年8月時点)で「賃貸可能面積」が最も大きいエリアは、「港区(32.2%)」で、次いで「千代田区(29.3%)」、「中央区(17.9%)」、「新宿区(12.5%)」、「渋谷区(8.2%)」の順となっている(図表-6)。

「賃貸可能面積」は、「千代田区」(前年同月比▲4.1万坪)、「中央区」(同▲1.4万坪)、「渋谷区」(同▲0.2万坪)で減少する一方、「港区」(同+12.0万坪)と「新宿区」(同+1.3万坪)で増加し、合計+7.6万坪となった。

これに対して、テナントによる「賃貸面積」は、「港区」(同+8.0万坪)と「新宿区」(同+1.6万坪)で増加し、合計+7.8万坪となった(図表-7)。この結果、空室面積は、東京ビジネス地区全体で▲0.2万坪の減少となった。

エリア別の空室率(2023年8月時点)を確認すると、「千代田区3.7%」(前年比▲1.2%)、「渋谷区4.2%」(同▲0.0%)、「新宿区5.3%」(同▲0.4%)、「中央区7.1%」(同▲0.5%)が低下した一方、「港区9.5%」(同+1.2%)は上昇した(図表-8左図)。

募集賃料は、「渋谷区(前年比+1.4%)」が上昇したが、「中央区(同▲2.1%)」、「千代田区(同▲2.4%)」、「港区(同▲2.4%)」、「新宿区(同▲3.3%)」は下落した(図表-8右図)。

2-3.企業のオフィス環境整備の方針等を踏まえた、今後のオフィス需要を考える

以下では、(1)「オフィスワーカー数の動向」、(2)「事業所の開業率と廃業率の動向」、(3)「在宅勤務の状況」、(4)「フリーアドレス4の導入状況」、(5)「オフィス環境整備の方針」について概観し、今後のオフィス需要への影響を考察する。

4 従業員が固定した自分の座席を持たず、業務内容に合わせて就労する席を自由に選択するオフィス形式。

(1)オフィスワーカー数の動向~情報通信業等を中心に就業者数は増加、人手不足感は引き続き強い

総務省「労働力調査」によれば、東京都の就業者数は、2021年第3四半期から8期連続で前年同期比プラスとなり、2023年第2四半期は842万人(前年同期比+5.3万人)となった(図表-9・左図)。

就業者を産業別にみると、2018年第1四半期を100とした場合、都心5区のオフィスワーカーの割合が高い「情報通信業」が134、「学術研究,専門・技術サービス業」が121、「金融業,保険業」が108となり、大幅に増加している(図表-9・右図)。

内閣府財務省「法人企業景気予測調査」によれば、「関東地方」の「従業員数判断BSI」(全産業)5は、2020年第2四半期に+4.6へ大きく低下した後、緩やかな回復が続く。2023年第3四半期は+21.9となり、コロナ禍前の水準(+20.3)を上回った(図表-10)。

業種別にみても、「製造業」・「非製造業」ともに回復しており、2023年第3四半期は「製造業」が+12.4、「非製造業」が+26.3となった。オフィスワーカーの割合の高い「非製造業」は、人手不足感がより強いと言える。

このように、東京都の就業者数は、情報通信業等を中心に増加が続いており、オフィスワーカーの割合の高い非製造業では人手不足感が強まっている。引き続き、雇用情勢を注視する必要があるが、東京都心部のオフィスワーカー数が減少する懸念は小さいと言えよう。

5 従業員数が「不足気味」と回答した割合から「過剰気味」と回答した割合を引いた値。マイナス幅が大きいほど雇用環境の悪化を示す。

(2)事業所の開業率と廃業率の動向~都心5区では、開業率が廃業率を上回る

国や地域における経済活動の状況を測る指標の一つに、開業率と廃業率が挙げられる。事業所の開業率と廃業率の差(開業率-廃業率)は、オフィス床の需要を表す指標と考えられる。

「開業率-廃業率」の値が拡大した地域は、事業所を開設する需要が高まる一方、「開業率-廃業率」の値が縮小した地域は、事務所開設の需要が後退すると捉えられる。

総務省統計局「経済センサス‐活動調査」をもとに算出した値によれば、都心5区の開業率6(2016年~2021年の年平均)は9.1%(全国平均4.7%)、廃業率7は8.0%(同5.5%)となり、「開業率-廃業率」は+1.1%(同▲0.8%)となった(図表-11)。

「開業率-廃業率」の全国平均は、廃業率が開業率を上回りマイナスとなった一方で、都心5区ではプラスを維持しており、底堅いオフィス床需要が確認できる。区別に「開業率-廃業率」を確認すると、千代田区(+3.0%)が最も大きく、次いで渋谷区(2.1%)が大きい。一方、中央区(▲1.1%)はマイナスとなった。

また、産業別に、都心5区の「開業率-廃業率」を確認すると、オフィスワーカーの割合が高い「金融業,保険業」が+5.6%(図表-12)、「情報通信業」が+4.7%(図表-13)、「学術研究,専門・技術サービス業」が+3.8%(図表-14)と高水準となっている。

都心5区において、これらの業種のオフィス床需要は旺盛だと言える。区別にみると、「情報通信業」と「金融業,保険業」は千代田区(+10.0%・+7.5%)が最も大きく、「学術研究,専門・技術サービス業」は渋谷区(+5.6%)が最も大きい。

政府は「スタートアップ育成5か年計画」を2022年11月に策定し、創業支援に乗り出している。今後、創業支援の取組みが効果を発揮し、オフィス床需要を下支えすることが期待される。

6 新設事業所数(2016年~2021年の年平均)÷期首(2016年)の事業所数

7 廃業事業所数(2016年~2021年の年平均)÷期首(2016年)の事業所数

(3)在宅勤務の状況~「在宅勤務」を取り入れた柔軟な働き方が定着。オフィスの見直しは今後も継続

新型コロナウィルス感染拡大への対応で、東京では「在宅勤務」が急速に普及した。

都内企業のテレワーク実施率をみると、2022年までは緊急事態宣言まん延防止等重点措置の発令期間(2021年1~3月、4~6月、7~9月、2022年1~2月)は60%台、それ以外の期間は50%台で推移していた。しかし、2023年に入るとさらに低下し2023年7月は45%となった(図表-15)。

また、パーソル総合研究所「テレワークに関する調査」(2023年7月実施)においても、東京都テレワーク実施率は前年比▲6%低下の39%となっている。新型コロナウィルスの5類感染症移行等に伴い、テレワーク在宅勤務)実施率は低下傾向にあると言える。

従前、「在宅勤務」は、コミュニケーション頻度の低下等により、労働生産性が低下するとの懸念があった。

しかし、公益財団法人日本生産性本部「働く人の意識に関する調査」によれば、「自宅での勤務で効率が上がった」という質問に対し、効率が向上(「効率が上がった」と「やや上がった」の合計)は、34%(2020年5月)から72%(2023年7月)へ大幅に増加している(図表-16)。

また、「今後もテレワークを行いたいか」という質問に対し、テレワークを行いたい意向(「そう思う」と「どちらか言えばそう思う」の合計)は、62%(2020年5月)から87%(2023年7月)へ増加した(図表-17)。今後もテレワークを取り入れた働き方を希望する就業者は多いようだ。

ザイマックス不動産総合研究所「大都市圏オフィス需要調査2023春」によれば、東京23区の事業所に対して、出社率8の今後の意向を尋ねた質問では、「100%(完全出社)」との回答が19%に留まった。「オフィス勤務」に「在宅勤務」を取り入れたハイブリッドな働き方は、今後も継続するものと想定される。

こうしたなか、オフィスの見直しに着手する企業が増えている。月刊総務「オフィスについての調査」(2023年3月発表)によれば、「過去3年間でオフィスの見直しを行った」との回答は59%、「見直しを検討している」との回答が25%を占めた。

オフィスの見直し」の実施内容について、「レイアウトの変更(74%)」との回答が最も多く、次いで、「専有面積縮小(35%)」、「拠点の集約(21%)」、「コワーキングスペースやレンタルオフィスの契約(21%)」との回答が上位であった(図表-18)。

在宅勤務」を取り入れた柔軟な働き方が定着したことで、オフィス拠点集約・統合や賃貸面積の一部解約、自社オフィスからサードプレイスオフィス利用への変更等を実施する企業が増えている模様である。

8 オフィスと在宅での勤務割合

(4)フリーアドレスの導入状況~フリーアドレスの導入が広がり、スペース利用の効率化が進む

コロナ禍で「在宅勤務」が普及し、オフィスに出社するワーカー数が流動的となるなか、フリーアドレスを導入する動きが広がっている。

みずほリサーチ&テクノロジーとアスマークの共同調査9によれば、「直近1ヵ月に実践した働き方」について、「フリーアドレスの出社勤務」との回答が52%を占め、「固定席の出社勤務」(36%)を上回った。オフィスでの勤務においても、従業員が自由に席を選択できる多様な働き方が広がっている。

ザイマックス不動産総合研究所が、東京23区に所在する企業を対象に行った調査10によれば、出社1人あたりの座席(中央値)は、2021年の1.85席から2022年の1.67席へ減少した。

また、「今後の意向」については1.18席と更に縮小している。在宅勤務の普及に伴い出社人数が減少したことで、フリーアドレス等を導入して、座席数の見直し(削減)を行う企業は増えている模様だ。

フリーアドレスは、フレキシブルな働き方に即したオフィスの利用形態である。今後もフリーアドレスの割合を高め、スペース利用の効率化を進める企業は増加すると考えられる。

9 「ワークプレイスの自立的な選択と効果に関する最新データ」(2023年3月時点)   固定席の出社勤務にとどまらない、フリーアドレスをはじめとした多様な働き方を実施する有職者が調査対象。

10 ザイマックス不動産総合研究所「コロナ禍で変わるオフィス面積の捉え方(2022年)」2023年3月14日

(5)企業のオフィス環境整備の方針~「Well-being」やコミュニケーション促進を意図した整備が継続

コロナ禍以前の「働き方改革」を契機に高まった、従業員満足度の向上や優秀な人材確保などを目的とするオフィス環境整備が継続している。特に、コロナ禍以後、感染症拡大防止や施設利用者の健康に配慮した対応が求められるなか、従業員の「Well-being」に配慮したワークプレイスの構築が求められている。

ザイマックス不動産総合研究所「大都市圏オフィス需要調査2023春」によれば、「メインオフィスを設置する物件にあるとよい要件」として、「ビルの清掃衛生・維持管理状態が良い」(58%)や「自然光が入る」(36%)「ビル内・周辺のアメニティの充実」(31%)が上位に位置している(図表-19)。

企業の社会的責任や従業員満足度の向上、人材確保の観点から「Well-being」に配慮したオフィス環境整備が今後も継続すると考えられる。

また、「在宅勤務」を取り入れた勤務形態への移行が進むなか、コミュニケーションに関する課題が指摘されている。

パーソル総合研究所「テレワークに関する調査」(2023年7月実施)によれば、「テレワーク時の不安感」について、「非対面のやりとりは、相手の気持ちが分かりにくく不安だ」(43%)や「相談しにくいと思われていないか不安だ」(28%)、「仕事を頼みにくいと思われていないか不安だ」(26%)との回答が上位に位置している(図表-20)。

こうした状況下で、オフィスの役割は、「従業員がコミュニケーションを図り共創する場」と再認識されている。

月刊総務「オフィスについての調査」(2023年3月発表)によれば、「これからのオフィスで重視する機能」として、「コミュニケーションスペース」(76%)との回答が最も多く、次いで「Web会議用スペース」(59%)が多かった。

在宅勤務」を取り入れた働き方が定着するなか、オープンなコミュニケーションスペースや、web会議用スペースを整備する企業が増えている。

以上を鑑みると、企業は「Well-being」への配慮や従業員間のコミュニケーション促進を重視し、今後もオフィス環境の整備に積極的に取り組むことが想定される。

3.東京都心部Aクラスビル市場の見通し

3-1.Aクラスビルの新規供給見通し

三幸エステートの調査によれば、2023年は、「住友不動産東京三田ガーデンタワー」や「麻布台ヒルズ森JPタワー」、「虎ノ門ヒルズステーションタワー」、「SHIBUYAタワー」等、港区を中心に大規模ビルの竣工が相次ぎ、新規供給面積は前年の約3倍となる約19万坪が見込まれている。

2024年は約7万坪に一旦落ち着くものの、翌2025年は「高輪ゲートウェイ」や「T-2Project」、「芝浦プロジェクトS棟」等の大規模開発が予定されるなか、新規供給面積は再び約20万坪に達する見通しである。また、2026年以降も10万坪を超える新規供給が続く見込みである(図表-21)。

3-2.Aクラスビルの空室率および成約賃料の見通し

東京都の就業者数は、情報通信業等を中心に増加し、オフィスワーカーの割合の高い非製造業では人手不足感が強いことから、東京都心部の「オフィスワーカー数」が大幅に減少する懸念は小さい。

また、情報通信業や金融業・保険業等では、事業所の開業率が廃業率を大幅に上回っている。今後も、従業員にとって快適なオフィス環境を整備する取組みが継続し、ミーティングスペースや、web会議用スペースを充実させる企業の増加が期待される。

一方、拠点集約や賃貸面積の一部解約、サードプレイスオフィス利用への変更等、オフィス戦略の見直しが継続すると考えられる。また、フリーアドレスの導入が広がるなか、スペース利用の効率化が進むことが予想される。

こうしたなか、都心5区では、多くの大規模開発が進行中である。2024年は、新規供給が一旦落ち着くものの、2025年は約20万坪の大量供給が予定されており、2026年以降も10万坪を超える新規供給が続く見通しである。

以上を鑑みると、東京都心部Aクラスビルの空室率は、2024年にやや改善した後、6%前後で推移することが予想される(図表-22)。

また、成約賃料は、現時点(2023年第2四半期)と同水準となる2万6千円近辺で推移すると予測する(図表-23)。

(写真はイメージです/PIXTA)