「プロゲーマー」と聞いて、まず思い浮かべるのは「梅原大吾」という人は多いだろう。国内では「ウメハラ」、海外では「Beast」などの愛称で知られる、日本初のプロゲーマーにして、eスポーツ業界を牽引する存在だ。

【写真】梅原さんは「向き合わなければいけない現実がキツすぎるなか、ゲームセンターは唯一居心地の良い場所でした」と当時を語った

梅原さんは、ワールドワイドに知られるトッププレイヤーとしての活躍だけでなく、執筆や講演、メディア出演など多忙な日々を送っているが、日本におけるeスポーツの黎明期から、ゲームにコミットし続けられるバイタリティのルーツは何なのだろうか。また、長年モチベーションを保ち続けられる秘訣も気になるところだ。

そこで今回は、梅原さんにプロゲーマーに至るまでの経緯やモチベーションを保つ秘訣、そして今後のキャリアについて話を聞いた。さらにあの「背水の逆転劇」の知られざるエピソードも明らかに!

■年間362ゲームセンターに通い続けた過去!ブレない信念のルーツ

梅原さんが最初にゲームに触れるきっかけとなったのは、姉からの誘いだった。そしてあるとき、ゲームメーカー・カプコンの看板タイトル「ストリートファイターII」と出合い、次第にゲームセンターへ通うようになっていった。

「年末年始の2日間だけは両親の言うことを聞いて家にいましたけど、それ以外はずっとゲームセンターにいました。それが14歳ぐらいから自分の人生の大きな転換期となった22、23歳頃まで続きましたね。その間に格闘ゲームの全国大会で優勝したりして、たくさん実績を積んでいくんですけど、まったく揺らぐことなく通い続けたんですよ」

当時はプロゲーマーという職業があったわけでもなく、今のようにゲームが何かしらあのキャリアにつながることも皆無だった。そんな時代において、なぜ梅原さんはここまで格闘ゲームにコミットできたのだろうか。

「子供のときから父親に『これだ!というものを見つけたらとことん打ち込んで、誰にも負けない人間になれ』と言われていました。なんとなくですが、自分の将来の人物像として、“何かで名前が知れ渡っている”っていうイメージがあったんです。ただ、その結果ゲームに行っちゃったので、親は困惑したみたいですけどね(笑)」

■いくつもの輝かしい実績を残すも、2005年頃に別の道を歩むことを決断

ゲームセンターに通う日々のなかで、梅原さんは1998年10月に開催された「ストリートファイターZERO3 全国大会」で優勝。同年11月にアメリカ・サンフランシスコで行われた日米決戦「STREET FIGHTER ALPHA3 WORLD CHAMPIONSHIP」においても優勝し、とうとう世界一となった。加えて、2000年には「カプコン バーサス エス・エヌ・ケイ ミレニアムファイト 2000」にて優勝し、カプコン公式の世界大会で3連覇を達成するなど、数多くの実績を残していった。

しかし、2005年頃に一度格闘ゲームの世界から離れ、プロ雀士の道を志した。このときの心境について梅原さんは「当時はゲームにプロの制度があるわけでもない、まったく将来性のない世界。いつまでも望みをかけていては駄目だと、どこかで区切りをつけるつもりでした」と振り返る。そこから希望を抱いて挑戦した麻雀に3年ほど打ち込み、トップレベルの雀士にまで上り詰めたものの、勝負をすること自体に疲弊してしまい、麻雀の世界からも去ることに。

同じ勝負ごとだからと挑んだものの疲れ切ってしまったのは、我を忘れるほど没頭できなかったからであり、梅原さんは「結局、ゲームほど好きなものではなかったんです」と語った。

20代後半になっていた梅原さんは、これまでの時間を格闘ゲームに注ぎ込んでいたことで、いわゆる普通の社会経験がないことを後悔し、苦悩する日々を過ごした。当時の状況を思い出し「プロゲーマーじゃなかったら、僕は世間で言うところの社会不適合者に分類されてしまっていますね」と自身について語った梅原さん。

だが、両親の影響で選んだ介護の仕事に従事することで、すり減った心は徐々に回復していった。そんななか、友人に誘われ久しぶりにゲームセンター格闘ゲームをプレイして、10人抜きを達成したことによってゲームの魅力を再確認。以降、少しずつゲームをする機会が増えていき、2009年4月に開催された「EVO 2009」の「ストリートファイターIV」部門に出場し、見事優勝。この活躍をきっかけにプロ契約の話が舞い込み、2010年に日本初のプロゲーマーとなった。

梅原大吾の“人生を体現”した、伝説の「背水の逆転劇」とは?

そんな梅原さんを象徴する出来事といえば「背水の逆転劇」と答える人が多いかもしれない。これは「EVO 2004」準決勝の「ストリートファイターIII」部門にて、梅原さん(ケン)の体力ゲージは残りわずかまで追い込まれたものの、そこから対戦相手ジャスティン・ウォンの怒涛の連続攻撃をブロックし、見事逆転勝利を果たした伝説的なシーンだ。

「それこそ『EVO 2004』は、自分の人生に区切りをつけるつもりで出場したんですよ。第一線を離れてからは麻雀の世界に入っていたから、ジャスティンとの試合がこんなにも再生されていることを知らなかったんですよ。そしてある日、ゲーム関係の人とご飯を食べに行ったときに『あの動画すごいですよね!』って言われて、見てみたらジャスティンとの試合だったんです。ただ、これによって何か変わったわけではなく、格闘ゲームの世界に戻ることもありませんでした」

当時の梅原さんからすると、格闘ゲームはある種“仮想空間”のようなものだったそうで「『リアルの人生は苦労してるけど、格闘ゲームの世界ではすごいよな〜』と完全に切り分けて考えていましたね」と語った。

一度格闘ゲームの世界から離れ、プロ雀士を志すも勝負そのものに疲れてしまい、自身を見失いそうになるような後悔や苦悩の日々と戦い続けた梅原さん。その後、介護職に従事する傍ら出場した「EVO 2009」の優勝で格闘ゲームの世界に返り咲き、プロゲーマーとなるまでの梅原さんの軌跡こそ、「梅原大吾の“背水の逆転劇”」と言えるのではないだろうか。

■プロゲーマー歴14年目!継続の秘訣は“自分を特別と思わないこと”

日本初のプロゲーマーとして活動をスタートし、2023年でプロ14年目を迎えた梅原さん。しかしながら、多くの選手がしのぎを削る厳しい世界で、長年活躍し続けられる理由は一体何なのだろうか。具体的なモチベーション維持の秘訣も気になるところだ。

「まず肉体的な衰え以前に、人間って“気持ちが変わっていく”んですよ。格闘ゲームでいえば、これまで通用していたテクニックが、新作になってシステムが変わったことで通用しなくなったりすることがあります。これによって『あんなに頑張ったのに...』とモチベーションが下がってしまう人は少なくないです。逆に『次こそ結果を出そう』と奮起する人もいますけどね」

そんな梅原さんが、日常で心掛けているのは“自分を特別だと思わないこと”なんだそう。日本初のプロゲーマーとして特別扱いされることが少なくない梅原さんだが、だからこそ普段からぜいたくをしないなど、普通に生活することを意識しているのだとか。「モチベーションに関して言えば、10代の自分が究極だったと思っていて、今でも手本になっています。大事な部分はその頃と変えないようにしていますね」と語る梅原さん。

「ほかにも、ゲームの新しい要素を発見したときにおもしろいと感じられるかとか、やる気のある若手プレーヤーを見て刺激を受けるといった、あらゆる要素でもってモチベーションを維持しています。人間はモチベーションさえあれば勝手に頑張るんですよね。なので、それに至るまでの“楽しさを見出す”ことのほうが苦労していますね」

■「今後も第一線で戦い続ける!」梅原さんが現役にこだわるワケ

昨今のeスポーツ業界はめまぐるしく変化しており、日本では2018年に「一般社団法人日本eスポーツ連合(JeSU)」が発足したことで「日本のeスポーツ元年」と言われるなど、今や一大産業になりつつある。そうした状況のなか、梅原さんはこの先どのような形でeスポーツ業界に関わっていくのだろうか。

「基本的にはプレイヤーとして携わっていくつもりで、それ以外ではあまり関与する気はないですね。2016年にTwitch初のグローバルアンバサダーになり、それから日々の配信はもとより、プロツアーの合間を縫ってイベントを企画しています。『獣道』や、最近でいうと『俺を獲れ』みたいに、自分にしかできないようなことをやるのが楽しいですね。そうやってゲーム関係の人たちと一緒に大会の企画を考えたり、主催するのも好きですけど、いざ自分が第一線でやれるプレイヤーじゃなくなったとき、それでも業界に関わっていくのかと言われると、ちょっとわからないですね」

2023年6月2日には「ストリートファイター6」(以下、「スト6」)が発売され、先日開催された「EVO 2023」の「スト6」部門に出場していた梅原さん。7年ぶりの新作で話題となっており、梅原さんも日々練習に打ち込んでいるが、練習時間は1日10時間にもおよぶ。すでにトッププレイヤーとして不動の地位を確立している梅原さんが、現役にこだわり続ける理由は何なのだろうか。

「勝負の世界は降りてしまうと扱いが変わってしまうと僕は思うんです。この歳になっても勝負の場にいるから、20代の若い選手たちでも仲間として見てくれる。辞めて、彼らから『ラクしやがって』と思われるのは嫌ですからね(笑)」

プロゲーマーのパイオニアでありながら、常に初心を忘れずまい進し続ける梅原さん。その姿勢が多くの人々の心を打ち、歓喜・熱狂させるのだろう。「スト6」が発売され、さまざまな大会が控えるなか、彼は一体どんなドラマを見せてくれるのか。今後の活躍が楽しみでならない。

取材・文=西脇章太(にげば企画)

梅原大吾の「背水の逆転劇」とは…?