「現代アイドルは、日本のグローバル資本主義の精神的インフラだ」。アイドルについて研究を続けてきた国際大学グローバル・コミュニケーションセンター(GLOCOM)の境真良・客員研究員はそう語る。経済産業省の現職官僚でもある境氏は、最近の著書『アイドル国富論』(東洋経済新報社)で、アイドルこそが競争社会で崩れ落ちそうな「ヘタレ」な人たちを救うのだ、と主張している。なぜアイドルが「インフラ」となりうるのか、境氏に聞いた。(取材・構成/新志有裕)

中産階級の自尊感情が欠落すると、社会不安を招く

——なぜ「アイドル論」を書こうと思ったんですか?

アニメの場合、キャラクターには実体がないので、コンテンツを作った人間がどのようにもいじることができますよね。でも、それだと少し面白くない、と思ったんです。アイドルの場合だと、キャラクターを演じている人がいて、プロデューサーがいます。その緊張関係があることが面白いんです。

かつて僕がのめり込んでいた『おニャン子クラブ』のような1970〜80年代アイドルと、今のアイドルはあまりにも異なっています。僕らの『強いもの』『カッコいいもの』『完成度の高いもの』への感覚が変わったのです。かつてのアイドルは、欠点やアンバランスなところがあったのですが、今のアイドルは完成度の高いものとして作られています。

1990年代はどんどん洗練される方向に向かっていきました。しかし、さらに純化してKポップのような方向に進んでいくのかと思いきや、日本のファンはその方向性を拒否しました。

日本のアイドルファンはなぜブレているのか、ということから、今回の研究が始まりました。アイドルを取り巻く消費者の生態系の変化に注目しています」

——消費者の意識はどう変化してきたのでしょうか?

2000年代以降、日本社会はさらなる競争主義に向かいました。しかし、競争主義の中で自尊感情を持って生きていたいという中産階級の想いがまた強くなったように思っています」

——それが境さんが著書の中で書いている「ヘタレマッチョ」でしょうか?

「そうですね。彼らは、本来、社会の勝ち組にはなれないという冷静な自己認識がある『ヘタレ』なのですが、同時に市場主義や競争を受け入れ、向上心を持った『マッチョ』でもあります。ですから、努力しつつも常にてっぺんにはなれないという状況の中で、自尊感情の低下とうまく付き合う必要があります。

マッチョは、『ダメなら這い上がれ』という考え方です。ノーベル賞の受賞をほめて、国際競争に勝ち抜くために英語を学べという話です。しかし、そうはなりたくないという人もいます。にもかかわらず、むりやり競争に巻き込まれると『自分はダメなやつだ』と思う人たちが出てきます。そうして中産階級の自尊感情が崩壊してしまうと、社会不安を招いてしまいます。

中産階級を不快にすると怨念が積もって、やがては戦争に向かいます。第一次世界大戦第二次世界大戦でも同じことが起きました。『ネトウヨ』にもつながる話ですね。日本人であることにしか自信を持てないわけです」

——国家は役割を果たせていないのですか?

「国家が中産階級を重視する方向には向かっていません。日本経済の伸びと中産階級の経済状況が直接にはリンクしていないのです。前者だけが伸びることを当然という人たちもいます。トリクルダウンで中産階級も伸びるからいいでしょ、というわけです。ただ、それがどれだけ起きるか、その時、中産階級の自尊感情がどうなっているかは不明なのに、です。そういった流れに対して、今回僕は『ノー』と言いたかったのです」

アイドルは、負け組の人たちによって召還された

——そこで、アイドルがどういう役割を果たすことができるのでしょうか?

アイドルはカンフル剤として、中産階級のニーズを満たすことができるように存在しているのです。アイドルは、市場競争に向き合っている『負け組』の人たちによって召還されたと言ってもいいでしょう。アイドルファンは『負け組』です。だから、アイドル自身は『勝ち組』として振る舞ってはいけないんです」

——アイドルファンは負け組なんですか・・・

「正確に言うと自分が『勝ち組』という自覚がない、という意味ででしょうね。端から見たら『勝ち組』という人も多いとは思います。でも、客観的に言って世の中は負け組の数のほうが圧倒的に大きいんです。アイドルは、根治療にはならないかもしれないけれど、傷を癒やすものにはなっています。そこまで落ち込まずに生きていけるわけです」

——アイドル自体もヘタレなんでしょうか?

「特に昔のアイドルは、欠点自体が商品でした。しかし、今はヘタレというべき欠点も、マッチョというべき長所もあります。それはちょうど、中産階級のマッチョな部分とヘタレな部分に対応しています。ですから、ドヘタレというわけではありません」

各国でアイドルを作るべき、JKT48モデルが正解

——著書では、日本経済だけでなく、グローバル資本主義を救うものとしてアイドルを挙げていますよね。

「今回の本でも、グローバル展開の部分は悪ノリで書きましたが、世界中が自由貿易に向かう中で、アイドルが脱落者や自己肯定感を毀損した人たちを救うのです。

自由貿易主義を信奉しすぎると、各国のマッチョ層が、国際競争というゲームに興じて、国々の中産階級が没落してしまいます。マッチョのそばにいる弱い人を抱え込むメカニズムがあったほうが、グローバル市場主義もうまくいくのです。それがアイドルかもしれませんし、アニメかもしれません。

アイドルには疑似宗教性があります。心の救済なんです。世界中でカワイイ女の子を生み出すことができれば、みんなハッピーになれます。国家とか民族とかの概念を乗り越えるのに最もいいのは、恋愛です。だからアイドルの疑似恋愛の力で、異なる国の間の融和を生み出せるといい。外国から『日本人にもいいところもあるんだね』と思ってもらえればいいのです。

中国のSNH48AKB48の中国・上海版)とか本当に美人ですよ。ホームページを見てください。さすがマッチョ志向の国だと思います。でも、そういった『美人すぎるもの』に向かないのが、日本の良さかもしれないですね」

——日本のアイドルが世界中を救うというシナリオもありうるんですか?

「日本のアイドルが海外に出て行くという話ではないでしょう。各国でアイドルを作ったほうが良い。AKB48グループインドネシアのジャカルタに作った『JKT48モデル』が正解です。日本のものを広めるクールジャパン的な感覚とは違ったものになります。

その上で、日本は、世界アイドル祭りでもやればいいんです。みんなで『あの子がカワイイ!』と盛り上がればいいんです。日中関係が悪くて喧嘩していても、ファン同士は『まあどうでもいいか』という流れになるといいですね」

※下編「ももクロは『崖っぷち』のヘタレのために存在する」につづく。

弁護士ドットコムニュース

「アイドルがグローバル資本主義の『負け組』を救う」境真良氏が語る「国富論」(上)