必要な時間、お金、そして実現の可能性…。ビジネスシーンでしばしば求められる数字を一瞬で叩き出せたら、きっと周囲の評価も爆上がりです。これは決して難しいことではなく、便利な「法則」を活用すれば、だれにでもできるのです。役に立つ「法則」を見ていきましょう。※本記事は『孫社長にたたきこまれた「数値化」仕事術』(PHPビジネス新書)より一部を抜粋・再編集したものです。

数字のセンス、ある!」周囲を驚嘆させる、理論と法則

「毎年5%成長を続けている会社が、売上を2倍にするには何年かかる?」

そう聞かれて、誰かが間髪をいれずに「およそ14年ですね」と答えたら、周囲はどう感じるでしょう。「あの人は数字に強い」「数字のセンスがある」と一目置くのではないでしょうか。

しかしこの場合、実は数字のセンスや頭の良さはまったく関係ありません。この人が即座に答えられたのは、便利な「法則」を知っているからです。冒頭の質問は、「72の法則」というものを知っていれば、中学生でもすぐに答えられます。

このように、知っていると思考の質や速さが一気に上がる、数字にまつわる理論や法則はいくつも存在します。それらを知っているかどうかで問題解決のスピードも大きく変わります。

実はその大半は、皆さんも学校の授業や講義で1度は聞いたことがあるはずです。しかし学生時代は、それが実生活でどのように役立つかを教えてもらえないので、内容がほとんど頭に残っていないという人がほとんどでしょう。

そこでこの章では、ビジネスや仕事でよくある身近な悩みを例にとり、理論や法則の実践的な使い方を解説していくことにします。なお、孫社長はこうした理論・法則を誰よりも有効に活用しています。ソフトバンクの経営にどう活かされているかも、あわせて紹介しましょう。

試行する数が増えれば、「理論値」と「結果」はほぼ同じに

私のもとには、よく若い人たちがキャリアや進路について相談に訪れます。

特に多いのが、「起業すべきかどうか悩んでいる」という相談です。「自分で会社を作った場合、成功できる確率がどれくらいあるかわからない。だから思いきって起業すべきなのか、会社に就職すべきなのかを意思決定できない」というわけです。

そんな時、私は決まって「大数(たいすう)の法則と期待値」について話します。「大数の法則」とは、確率論における基本法則の一つです。

これは簡単に言えば、トライアルの回数を増やせば増やすほど、その物事が実際に起こる確率は理論値に近づいていく」というものです。例えばサイコロを振ると、最初のうちは「1」が何度も続けて出たりすることもありますが、1万回や10万回振り続ければ、「1」が出る確率は理論値6分の1に近づく。つまり、試行する数が大きくなれば、理論値と実際にやった結果がほぼ同じになっていくということです。

一方の「期待値」とは、1回のトライアルで見込める結果です。

サイコロを使ったゲームで、出た目の数に応じてお金がもらえるとしましょう。

金額は、「1」が1万円、「2」が2万円、「3」が3万円……と増えていきます。

大数の法則で考えると、6つの目が出る確率はそれぞれ6分の1です。この場合、「サイコロを1回振った結果、いくらもらえるか」の見込みは、次のように計算できます。

(10,000円 × 1/6)+(20,000円 × 1/6)+(30,000円 × 1/6)+(40,000円 × 1/6)+(50,000円 × 1/6)+(60,000円 × 1/6)=3.5万円

この「3.5万円」が、サイコロゲームの期待値になります。

もちろんサイコロを振るのが1回きりなら、結果は最小の1万円になるかもしれないし、最大の6万円になるかもしれません。しかし、大数の法則が働くまでサイコロを振り続ければ、結果は3.5万円に限りなく近づいていきます。

こうして期待値を把握すれば、自分がこれから行動した結果を、数字でイメージすることが可能になります。つまり「大数の法則と期待値」は、次に取るべきアクションを意思決定するための判断材料になるのです。

「起業して成功する確率」と「その期待値」を計算すると?

では、「起業すべきかどうか」という悩みを、「大数の法則と期待値」に当てはめて考えてみましょう。大数の法則を理解すれば、「起業後に成功する確率とその期待値」は簡単に計算できます。

日本で1年間に起業する会社の数は、少し古いデータですが、2012年から2014年の平均で18万429件です。年によっては、20万件を超えることもあります(経済産業省 2017年度版「中小企業白書」より)。

一方、新規に株式を上場した会社は、2016年でわずか83社。東証一部・二部だけでなく、マザーズやジャスダックを含めての数です。つまり、「起業して成功する-株式公開する」と設定した場合、成功の確率はおよそ「80件÷20万件-2500分の1」となります。よくベンチャー投資の世界では、「せんみつ(千のうち三つしか当たらない)」と言われますが、実際はそれよりもずっと確率が低いということです。

さらに、「期待値-起業した場合に見込める結果」を計算してみましょう。

ベンチャー企業が株式公開する際、その多くが企業評価額は100億円ほどです。

オーナー社長が株式を51%保有するとして、資産総額は51億円。先ほどのサイコロゲームにあてはめると、「当たりの目が出たら、51億円もらえる」ということです。

では、ここから期待値を導き出すと、どうなるか。

答えは、「51億円×2500分の1-約200万円」です。実際に起業して株式公開しても、社長が手にできる資産は、たった200万円しか期待できないということです!

しかも、自社株ですから、使うために現金化できるのはそのうち何割もいかないでしょう。つまり、数十万円の現金収入の期待値にしかなりません。

一方、企業に就職した場合は、どうなるでしょうか。国税庁の民間給与実態統計調査によれば、民間企業に勤める人の平均年収は、ここ10年ほどは400万円から440万円の間で推移しています。

仮に年収400万円がもらえるとして、10年間辞めずに働けば、得られるお金は4,000万円。この時点で、期待値は起業した場合の20倍に達します。

もし給与水準の高い大企業や有名企業に就職すれば、さらに高い期待値を見込めます。上場企業約3,000社の平均生涯年収は、2015年の調査で2億1,765万円。上位25社に限れば、平均生涯年収は4億円を超えています。

200万円 vs 2億円。

この比較を見れば、ベンチャー企業を創業するという選択は、極めて期待値が低いことがわかります。

大数の法則を脱し、自分で「成功の確率」を上げるには?

では、起業をあきらめて就職するしかないのかと言えば、そうではありません。

期待値を知ることは、あくまで「一般的なやり方をしていたら、こうなりますよ」という1つのシナリオを確認する作業に過ぎません。

それを理解した上で、「大数の法則を脱して、自分で成功の確率を上げるにはどうすればいいか」を考え、「これなら期待値を大きく超えられる」と確信できたら、起業する道を選択すればいい。私はいつも若い人たちに、そうアドバイスしています。

サイコロを振って「1」が出れば勝てるゲームがあるとして、一般的な勝率は6分の1です。でも、「1」の面が2つも3つもあるサイコロを作れば、勝率は2倍、3倍と上がります。あるいは、サイコロを変形させて「1」が出やすくなる細工をすれば、勝率をさらに上げることができるかもしれません。

つまり、他の人が普通のサイコロを振っている中で、自分だけが「1」の出やすいサイコロを振れば、大数の法則が働く域を超えられるということです。これを起業に当てはめるなら、会社を作った時に有利になるスキルや経験、資金や人脈などを得ることで、「1」の目が出る確率をどんどん上げていくことができます。

これらをすでに学生時代に得ているなら、就職せずにいきなり起業するという選択肢もあるでしょう。しかし、自分はまだ有利なサイコロを手に入れていないと思うなら、いったん企業に就職して経験を積んだり人脈を作ったりして、「これなら勝てる」と思える時が来たら起業する、という選択肢も見えてきます。

いずれにしろ、重要なのは「今の自分は大数の法則を脱し切れているか」を正しく見極めて意思決定することです。

私のもとに起業の相談に訪れた1人に、株式会社LITALICO(りたりこ)代表取締役社長の長谷川敦弥さんがいます。

同社は、障害者の就労支援事業や子どもの学習教育事業を手がけるベンチャー企業です。マザーズ上場を経て、2017年3月に東証一部に昇格を果たしました。

長谷川さんは大学時代に私のところに来て、「卒業後すぐに起業するか、ベンチャーに就職するか、大企業に就職するかで迷っている」と話しました。

そこで私が「大数の法則と期待値」について話したところ、長谷川さんはベンチャー企業であるLITALICO(当時の社名はウイングル)への入社を選択したのです。

学生である自分には、すぐに会社を立ち上げて成功できるほどのスキルや経験はない。かといって、大企業で定年まで働いて億単位の生涯年収を確保したいわけでもない。だったら、すでにスタートアップしているベンチャー企業に就職し、短期間で実績を上げて経営者に就任する道を目指すのが、大数の法則を脱する方法ではないか。

そう判断した長谷川さんは、とてもいいサイコロを手に入れたことになります。

彼が入社した時、同社のビジネスモデルはすでに回り始めていましたし、売上も6億円規模に成長していました。その時点で、ゼロから創業するより、期待値は大幅に上がっていたことになります。

そして長谷川さんは、ベンチャー運営のノウハウを猛スピードで吸収し、入社して1年3ヵ月後に社長に就任。その間に培った経験や人脈を活かして、赤字だった経営を黒字に転換しました。ちなみに社長就任後すぐ、彼から私に社外取締役に就任してほしいと依頼があり、黒字化する手伝いをしました。

こうして長谷川さんは、自分のサイコロをどんどん変形させて「1」の目が出やすくし、成功の確率を上げていったのです。

三木 雄信 英語コーチングスクール「TORAIZ(トライズ)」主宰

(画像はイメージです/PIXTA)