ジャニーズ事務所10月2日、開いた記者会見が、新たな波乱を呼んでいる。事務所は会見で、ジャニーズ事務所を「SMILE-UP.」に社名変更することや、タレントとエージェント契約を結ぶ新会社を設立すること、また現時点で325人が被害を申告して補償を求めていることも明らかになった。

企業会計やコンプライアンスが専門の八田進二・青山学院大学名誉教授は、経営陣の姿勢について「現執行部として、いかにガバナビリティ(統治能力)がないかを証明している」と手厳しく批判する。

会見から見えてきた、会社の抱える課題とは何か。八田名誉教授に詳しく聞いた。

●「法を超える補償を」は評価

——会見直後にもお話を聞きましたが(新社名も補償も丸投げで「ガバナビリティの欠如を証明した」 コンプラ専門家・八田氏がジャニーズの新方針を批判)、10月2日の記者会見をどう捉えていますか

記者会見の模様はテレビ局各社が中継し、海外でも報じられました。もはや一企業の問題ではなくなっていること、事務所はそのことを認識し、問われている問題について明確な説明責任を果たす必要があります。

もっとも評価できるのは、ジャニーズ事務所では補償に専念し、マネジメント機能は新会社にうつすとの方針です。特に、加害者の身内である藤島ジュリー景子前社長が「法を超える補償を」との方針を改めて宣言したことは彼女の覚悟と誠意が感じられてよかったと思います。

とはいえ、現執行部に関しては、いかにガバナビリティ(統治能力)がないかを証明していると感じる点も見えてきました。

●評価できなかった3つのポイント

——ガバナビリティの欠如を感じた、評価できなかった点は具体的にどの点にありますか

被害者に対する補償の進め方、新会社の経営陣、新会社の名称、大きく分けてこの3点についてです。

——まず1点目の被害者に対する補償のあり方について聞かせてください

この問題は、加害行為が行われた期間も非常に長く、多数の被害者がいる、しかも被害者は子どもというこれまでに例のないものです。子どもに対する性虐待という性質から言っても、法的に要請される客観的な証拠を提示することは非常に難しいことが予想されます。

被害者の中には、その後の人生が大きく左右された人も少なくないでしょう。これを一律で、過去の裁判例などをもとに事実認定や客観的な金額を提示することになると、被害者としては到底、納得できないことになってもおかしくありません。

それに対して、藤島ジュリー景子前社長、東山紀之社長は「法を超えた枠組み」で救済する、との方針を今回の記者会見でも強調しました。単なる法律上の損害賠償額を大きく超える金額を考えてあげたいという気持ちがおそらくあるのだろうと思います。この点は評価できます。

ただし、被害申告の受け付けや補償金額の設定は、第三者である裁判官出身の弁護士3名で構成された「被害者救済委員会」が行うことになっています。

私は、被害の認定や補償金額については救済委員会にすべてを任せるのではなく、東山氏が社長としてイニシアチブをとっていく方法もあり得るのではないかと考えています。救済委員会のメンバーに加わる必要はありませんが、委員会の判断にすべてを委ねるのではなく、東山氏の判断も反映させるような体制にするべきだからです。

——それは何故でしょうか

事務所としては、事務所と利害関係のない中立性、公平性を備えた人として、3人の弁護士に依頼したのでしょう。法的な手続きとしては、年齢や被害内容、被害回数などある程度の物差しを用いる必要はあるけれども、被害の性質からいって非常に難しいですよね。判例、法律の判断になると「法を超えた救済」という観点とは相性が悪くなります。

「法律の枠を超えた補償」との方針を掲げたジュリー氏や東山氏の考えとの違いが出てきた場合、どうなるのでしょうか。全部丸投げしてしまった以上、「救済委員会が決めたので、我々はそれに従います」と、逃げ口上に使われる可能性が出てきてしまう。無責任に陥りやすいとも言えます。

だからこそ、東山氏は救済委員会のさらに上の議長、取りまとめ役となるのがいいのではないでしょうか。

——藤島前社長は欠席しましたが、コメントを発表し「ジャニーズ事務所は名称を変えるだけではなく、廃業する方針」「一人たりとも被害者を漏らすことなく、ケアしていきたい」などとの方針を示しました。藤島前社長の補償に対する姿勢についてはどう評価しますか

一般論でいえば、故人が引き起こした性加害問題であり、責任を負うのは加害者本人です。ただ、ジャニー氏の性加害は実質的にはタレントデビューと引き換えになっていたものであり、被害者たちが長年にわたって発してきた告発や文春裁判で事実認定されたことから言っても、事務所が「知らなかった」ではすまされない問題です。

ジャニーズ事務所としても、被害者救済のための責任を負うのは当然だと考えられます。ジャニー氏の親族である藤島ジュリー景子前社長は直接、性加害に手を染めたわけではないですが、長年にわたり会社の取締役も務めていました。

藤島前社長は現在100%の株主であることについて、コメントで「他の方々が株主で入られた場合、被害者の方々に法を超えた救済が事実上できなくなる」と触れていましたが、実際に現在の状況では、すべて一人で判断できるという意味で、「法を超えた補償」においては有利に働くことになるでしょう。

コメントでは、ファンドや企業からの買収要請などがあり、「そのお金で相続税をお支払いし、株主としていなくなるのが、補償責任もなくなり一番楽な道」と専門家から助言があったことも明らかにしています。

そうした誘惑に負けずに「補償とタレントの心のケアに専念する」と。これは勇気ある英断であり、評価できると思いますよ。  

●2点目の問題「新会社の社長を兼務」

——2点目の課題である新会社の経営陣について教えてください

東山紀之氏が新会社の社長も兼務し、副社長には井ノ原快彦氏が就くとのこと。これは全くあり得ない方針だと思います。今は、過去の不透明な部分を調査、検証し、すべての疑念を払拭した信頼できる新組織を作ることが求められています。

ところが、今回の会見で明らかになった方針というのは、ジャニーズの看板と社長だけを変えるというものです。組織変更は多少はあったとしても、これでは実態はまったく変わっていないと言わざるを得ません。少なくとも現在の身内だけで取り繕おうとするから、どうしても組織防衛の考え方が前面に出てしまった。そういう人事だと思います。

そもそも、なぜ旧事務所と新事務所を切り分けるかと言えば、明確に目的が異なるからです。場合によっては、新旧事務所の間で利益相反となる事案に遭遇することも考えられます。そのためにも、それぞれの会社のトップが双方を兼務することは不適切なのです。

旧事務所は、創業者の性加害問題の補償の一切を誠意をもって最後までやり遂げ、それが終わったら事務所の歴史を閉じる。一方で、新事務所は組織体制と名称を変えて新しい別の組織として活動していく。この大枠は評価できます。

旧来のジャニーズ事務所の痕跡、影響力、その繋がりを一切払拭しなければ、スポンサーや世の中は認めないだろうという状況ですよね。だからこそ新旧事務所を全く峻別して、一線を画すことが求められてきたわけです。

東山さん、井ノ原さんは非常に誠実なお人柄であり、よいタレントさんだと思います。でも、タレントとしての素質と組織のリーダーとして求められる資質や才覚とは違うんですよね。組織のリーダーとは乗組員の生命を守る船長さん、司令塔ですから、最終的な判断や決断、将来的なビジョンを明確に持った人でなければいけない。

今回の問題が浮上してから決まった人事だったでしょうし、この難局を乗り切り、新会社を運営するトップとしての適格性は残念ながら、少なくとも現時点では持ち合わせてないのではないでしょうか。

旧事務所から資本金を出さないとしても、会社に影響を与えるのは何も資本関係だけではありません。たとえば、人的な権限を持った人を送り込むかどうか。旧事務所と新事務所の社長が同じで、スタッフは旧事務所から送り込まれる。これでは新事務所が解体して生まれ変わったというメッセージは伝わってきません。

東山氏、井ノ原氏はともに非常に才能のあるタレントさんであり、今後もタレントさんのメンターとして寄り添う面では、大きな役割を果たすでしょう。

ただ今後はエンタメとしてどう新たにやっていくのか、非常に難しいミッションを抱えています。ガバナンスの基本は適格性を備えたCEO(最高経営責任者)の選任です。通例は、代表取締役社長であり、最高権限をもつCEO が先頭に立ち、財務や法務、エンタメの責任者を任命し、適切に舵取りをしていくのであって、重要なのはCEO です。

とりあえず身内から出すという発想ではなく、緊急避難的な状況での船出の際のリーダーとして適任なのは誰なのかという視点で、真剣に考えるべきだったと思います。

●新会社でのぞまれるリーダー像とは

——新会社の社長には、どのような人が必要なのでしょうか

プロ経営者に任せることだと思います。急に決まった話ですから、現時点で5年、10年先を見通せるようなビジョンを持った会社運営ができないのは、誰でも当たり前です。ですから新会社は、少なくとも緊急避難的にプロ経営者に任せる。任期も2、3年に限るのがよいでしょう。

参考になる例もあります。2010年、上場廃止になったJALの事例です。

JALは2010年1月、会社更生法の適用を申請し倒産し、2月に上場廃止となりました。その後、CEOとなったのが“経営の神様”とも言われた稲盛和夫・京セラ名誉会長です。多くの課題が山積していましたが、稲盛氏の主導の下、下記のしがらみを一切断ち切って、ゼロベースで会社のあり方、会社の将来の進め方を議論していったわけです。その結果として、人員削減を含めて改革し、最終的には黒字に転換。2年後の2012年、再上場できました。

ジャニーズ事務所の新会社でも、プロ経営者をCEOとして招聘し、その人に財務や法務、 さらにはエンターテインメントのプロを連れてきてもらう。そして3年間で、100%透明性ある形の組織を立て直すとともに、後継者の育成もしてもらい、適任者が決まった段階で、内部から自分たちの仲間を登用すればいいんです。

その際に東山氏が最適だということであれば、改めて社長に就任すればよいと思います。この3 年間で、経営について学ぶこともできるでしょう。廃業を前提とした旧事務所の運営を最後まで見るだけでも、望ましい経営を理解することはできると思います。

——3年というのが一つの区切りになるということですね

はい、この3年間で、新会社だけなく、被害者に対する補償についても一つの区切りになるのではないかと考えています。

救済委員会が立ち上がり、半月ですでに300人以上が被害を申し出たそうです。長年にわたって被害者がいるわけですが、すぐに申し出る心境にならない人もいるでしょう。

では、その方たちの被害申告をどこまで受け付けるか。明確な決まりはありませんが、一つの案としては、新しい会社の立て直し期間である3年で、救済も全部終えるというものです。

〈後編・「ジャニーズ新会社名の公募は『ファン重視ではなく主体性なき無責任』ガバナンス専門家が批判」に続く〉

【プロフィール】 八田進二(はった・しんじ) 会計学者。青山学院大学名誉教授、大原大学院大学教授、金融庁企業会計審議会委員、第三者委員会報告書格付け委員会委員など。著書に『「第三者委員会」の欺瞞 報告書が示す不祥事の呆れた後始末』(中公新書ラクレ)など多数。

ジャニーズ新会社社長は「東山氏ではなく、稲盛氏のようなプロ経営者の招聘を」 ガバナンス専門家が指摘