マスコミが事件や事故を報じることで、当事者や家族、関係者らに大きな「不利益」が生じることがある。そのような「報道被害」の体験談を弁護士ドットコムニュースが募集したところ、複数の情報が寄せられた。

亡くなった高齢の親を暴行した疑いで、同居するきょうだいが逮捕されたというAさんは「テレビ局のカメラが自宅を撮影し、なんの意味があるのかわかりませんが、ドアの鍵穴までアップで映した映像を流されました」と話す。

Aさんのきょうだいは不起訴になったが、センセーショナルな実名報道を原因として、家族は数十年住み続けた実家を手放すことになったという。

マスコミが記事を取り下げたところで、ネットに広がった名前を消すことは容易ではない。実名報道による「被害」をどのように考えるべきか。(ニュース編集部・塚田賢慎)

⚫️メディアがこぞって報じた「事件」

会社員のAさんは、親が亡くなった数年前の事件で、親と2人で実家に暮らしていたきょうだいが逮捕されたと話す。

8050問題」が社会問題とされた時期でもあり、高齢の親が亡くなった背景を同居の子に見出したのか、民放キー局、大手新聞社まで事件を実名で報じた。テレビ局の映像はそのままYouTubeの公式動画でも流されたという。

テレビ局に映像の取り下げをしようか検討もしたが、相談した弁護士から「あなたの素性を探られ、かえって報道機関から標的になるのでやめたほうがいい」と言われて断念した。

Aさんによれば、あるテレビ局は「2人暮らしの自宅」として実家の外観を流したそうだ。

「1人が死んで、1人が逮捕されれば、家には誰もいないとわかる。不法侵入落書き、泥棒のおそれがあったので、すぐに戸締まりをしに行きました」

検察から不起訴処分とされたきょうだいだったが、勤め先を実質的に「クビ」になったという。

数十年住んだ実家も追われた。逮捕報道を受けてすぐに飛んできた地主から「大事になってしまった。出来るだけ早く立ち退いてほしい」と言われ、交渉の末、2カ月で退去することになった。

「実家は事故物件サイトに登録され、地主さんに迷惑をかけてしまいました。『土地の価値を下げたから賠償しろ』と言われることを覚悟していましたが、立ち退きの解決金を支払ってくれました。地主さんのことは悪く思っていません」

ただ、きょうだいがなんとか住む場所と仕事を見つけられたのは「不幸中の幸いだった。たまたま人に恵まれただけだった」とAさんは振り返る。

大変な経験をしたのは、事件化されたからではなく、報道があったからだとAさんは断言する。

⚫️マスコミの「責任」は、まとめサイトへの転載まで含めるのか

きょうだいの社会復帰について、Aさんが相談したソーシャルワーカーからは「刑務所に入れば就労につなげる更生プログラムもあるが、不起訴のケースでは仕事につなげるような道すじは思い当たらない」と説明されたという。

「家族が知人のつてを頼り、必死になって働き口と住居を見つけることができました。これは運よく人に恵まれただけで、普通なら手詰まりしていたはず。見つからなければ自殺や無差別テロをしないか本気で心配しました」

不起訴が決まると、一部のメディアは自社サイトの記事や動画を削除した。ただ、世に出た情報は、そのまま5ちゃんねるや、まとめサイトに転載され、親ときょうだいの実名は残り続けている。

「メディアが知る権利に応えるため実名報道の立場を取るなら、何かあれば記事を引き下げればそれで問題ないとは思わないでほしい。まとめサイトなどが作成されていることは自分たちの責任ではないと考えているのであれば、それは間違いです」

Aさんは実名報道には反対の立場だ。事件の被疑者や被害者の自宅まで映す必要については「ケースバイケース」だとする。

「自宅の外観を流す必要があるとすれば、火災や交通事故などが発生したことにより、その周囲で生活している方の利益になるような報道の場合ではないか」

また、不起訴について「地検は理由を明らかにしなかった」という報道がされた。

「それもときには不要な情報です。ネットにはさまざまな憶測が書かれましたから。理由を公開しない検察への批判的な姿勢を示すだけの自己満足に過ぎない1行ではないでしょうか。私たち家族も理由は検察から知らされていません」

今回、「報道被害」をテーマにした情報募集には、「身内の事件について取材を受けたら、録画も録音もしないという約束だったのに、隠し撮りされていた自宅やペットをニュースで流された。記者に再三抗議したが、ネット掲示板に情報が残ってしまった」などの体験が寄せられた。

報道被害をもたらす一因にもなりえる「実名報道」について識者らはどう考えるのか。2つの問いに答えてもらった。

(1)実名報道への考え
(2)事件現場の外観を報じること

⚫︎実名報道に賛成「捜査権力チェックのため必要。ただし社会的制裁を避ける」

鹿児島大学でメディア論を教えていた記者の宮下正昭さんは実名報道に賛成の立場だ。

(1)実名報道への考え

捜査権力のチェックのため、メディアは実名報道に覚悟をもって臨んでほしいです。それが結果として「知る権利」に応えることになります。

ただ、実名報道が社会的制裁にならないよう、最大限の努力をして、その実名には「〇〇容疑者」ではなく、「逮捕されたのは会社員の〇〇さん」など「さん」付けにすべきです。

一度目の報道で名前を出したら、その後は「容疑の会社員」「男性」などと匿名で報じたほうがよいと思います。

こうした報道が定着すれば、「容疑者」も、自分と同じ市井の人だという認識が広がり、インターネットやSNSにも影響を与えていくのではないでしょうか。

また、実名で報じた以上、メディアは不起訴とした検察官には裁判で罪を問うことを断念した理由を迫り、本人(あるいは弁護士)にも取材し、考えを聞いて、不起訴を報じる際に実名か匿名がよいか尋ねるべきです。

(2)現場の外観を報じるべきか

事件現場の映像は基本的に報道する意味はあると思いますが、公的な場所ではない場合には一定の配慮は必要でしょうし、家の映像をニュースの枠の大半、長々と使うのは視聴者に変な印象付けをしてしまいそうで、配慮が必要だと思います。

⚫︎実名報道に反対「デジタル社会ではプライバシー侵害の弊害は深刻に」

名誉毀損実名報道にくわしい佃克彦弁護士はメディアの報道姿勢に慎重さをもとめる。

(1)実名報道への考え

Aさんのケースは、まさに実名報道の弊害が発生している事例だと思います。情報の蓄積と検索が容易になったデジタル社会において、犯罪報道によるプライバシー侵害の弊害は、より一層深刻になっています。容疑者や被害者が市井の人の場合、その実名を報じることに社会的な意義があるとは思えません。市井の人の犯罪報道は匿名でおこなうべきだと私は思います。

(2)現場の外観を報じるべきか

その現場が、誰かの自宅であって、それを報じることによって、そこに住んでいる人の生活の平穏が害されるおそれがある場合、メディアは、その現場外観を報じる必要があるのかどうかを、立ち止まって検討する必要があるでしょう。

逮捕報道で「数十年住んだ家まで失った」 デジタル時代に深刻化するメディア被害、それでも「実名報道」は必要か?