米国で2021年11月に成立した予算1兆ドル規模の「インフラ投資・雇用法」。EVの充電サービス支援など、モビリティ関連の項目が盛り込まれたことで注目が集まりました。さらに、2024年に発表される最終的な規則には「ドライバーの飲酒を検知し、運転させないようにする機能の搭載を国内で販売されるすべてのクルマに義務付ける」という条項も盛り込まれる見込みです。このアルコール検知の分野で先行しているのが日本の旭化成。今回は、ドライバーの飲酒検知の必要性やアメリカと日本の現状についてみていきましょう。

※本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。

米国の「インフラ投資・雇用法」

米国で2021年11月に成立した「インフラ投資・雇用法(Bipartisan Infrastructure Law, Infrastructure Investment and Jobs Act:通称、IIJA)」。2022年度からは5,500億ドルの新規支出を見込み、既存予算を含め予算は総額1兆ドル規模の政策です。

具体的には、道路や橋の修復といった大規模事業支援などからなる「道路関係」、公共交通機関の近代化とクリーンなゼロエミッション車両(ZEV)への交換などからなる「公共交通機関関係」、港湾や空港周辺の混雑や排気ガスを削減して低炭素技術の推進などを進める「港湾関係」、50万台のEV充電器ネットワーク構築を目指す『自動車の電動化関係』などを軸としたものです。

このなかでもモビリティに関連する項目は「自動車の電動化関係」ですが、この規則にはEVと直接的には関係のない項目も含まれています。そのひとつが「飲酒運転を防ぐ技術導入の義務化」です。

現実味を帯びてきた「飲酒運転を防ぐ技術導入の義務化」

飲酒運転を防ぐ技術導入の義務の法制化については、飲酒運転根絶を目指す団体『飲酒運転に反対する母親の会:Mothers Against Drunk Driving(通称、MADD)』をはじめ、自動車保険業界や一部のアルコール業界団体が支持を表明しています。

さらに「米国道路安全保険協会(IIHS)」の調査によると、「飲酒運転を防ぐアルコール検知システム導入により、年間9,000人以上の命を救うことが可能」と試算されていることから、早期の義務化が望まれています。

そこで課題となるのが、どのようにしてアルコールを検知するのか、ということです。具体的に米上院の法案では、「自動車運転者の状態を受動的にモニターし、飲酒で能力が阻害されている可能性を正確に識別する必要がある」としているが、具体的な技術は特定されておらず、少なくとも市場向けのサービスが存在しない状況です。

そこで登場するのが日本の大手総合化学メーカー「旭化成」です。

アルコール検知技術で旭化成が先行している理由

旭化成は、将来的に飲酒運転防止の制度化を予測し、2018年にスウェーデンの空気・ガスセンサー製造会社「センスエア(Senseair)」を買収・子会社化。アルコール検知センサーの開発を進めていました。

さらに、自動車メーカーやティア1サプライヤー(一次サプライヤー/一次請負)、関係政府機関からなるコンソーシアムと協力し、車載アルコール検知技術の実現に取り組んできた実績があります。

「CES2023」で飲酒運転を防ぐアルコール検知センサーを発表

今年1月に行われた「CES 2023」で、旭化成は開発中のアルコール検知技術を発表。CESとは、毎年1月、「全米民生技術協会:Consumer Technology Association(通称、CTA)」が主催し、ラスベガスで開催される電子機器の見本市です。

旭化成が発表した「飲酒運転を防ぐアルコール検知センサー」のしくみは、「非接触で呼気に含まれるアルコールを検知できる“ハンドル組み込み型”のセンサーにより飲酒の有無を判断し、さらにセンサーとエンジンを連動させる」というものです。

これによってアルコールが検知されるとエンジンが停止する『アルコールインターロック』への活用が可能と説明しています。

まさに、インフラ投資・雇用法の飲酒運転防止につながる技術となっています。

日本でも「アルコール検知の義務化」進む

ここまで、米国のインフラ投資・雇用法と旭化成のアルコール検知技術についてみてきましたが、日本でも道交法改正(道路交通法施行規則の改正)により、主に社用車を運行する事業者を対象に、運転前後のアルコールチェックが義務化されます。一般的に「白ナンバーアルコール検知義務化」といわれている法改正です。

当初は2022年10月から開始予定でしたが延期され、2023年12月から施行開始されることになっています。そのため、日本国内でもアルコール検知システムの需要が急激に高まっているのです。

アルコール検知義務化の法改正が検討されるようになった背景には、2021年6月、千葉県八街市で小学生の列に飲酒運転をしていた白ナンバートラックが突っ込み、児童5人が死傷した事故がありました。

以前から事業者にはアルコールチェック義務が課せられていましたが、その対象はタクシーやトラックなどの緑ナンバーの車両、具体的には有償で物や人を運ぶ事業者に限られていました。しかし千葉県八街市の事故をきっかけに、白ナンバー(自家用車)を5台以上もしくは定員11人以上の車両を1台以上使う事業者に対し、運転前の点呼・アルコールチェックを義務化する形に道交法が改正されたのです。

さらに今後、運転前後の運転者に対してアルコール検知器を使用した酒気帯びの確認が義務化されます。これはタクシーやバスの事業だけではなく、営業車などを保有する一般企業も対象です。

ちなみに改正されるのは道交法施行規則第9条、暗転運転管理者の義務に関する内容で、下記[図表]の赤字箇所の安全運転管理者が行う業務について変更(追加)となっています。

日本国内でNDIR方式のアルコール検知器を提案する旭化成

上記のように日本でも事業用車両に限られますが、アルコール検知器の義務化が広がっており、なかでも旭化成は存在感を示しています。その代表例がNDIR方式の業務用アルコール検知器です。

現在、国内で使用されているアルコール検知器は、主に『半導体式』と『燃料電池式』の2種類に分けられます。

半導体式は、比較的安価で、測定時間も短いといったメリットがある一方、キシリトールなどのアルコール以外の物質に反応する可能性があるというデメリットもあります。

もうひとつの燃料電池式は、半導体式に比べて検知制度に優れている反面、測定結果が出るまでにやや時間がかかり、かつ価格が若干ですが高いというデメリットがあります。

この2つの方式に対して、旭化成が提案しているのが『NDIR方式』を採用したアルコール検知器です。

NDIRとは“Non-Dispersive InfraRed”の略称で、日本語では『非分散型赤外線吸収法』と訳されます。そのメリットは、検知精度が高く、かつ高速で、使い捨てマウスピースなどを使用せずに非接触で測定できることです。

高精度かつ高速、なおかつ非接触でアルコール検査ができるというのは、日本のアルコールチェック義務化範囲拡大はもとより、アメリカのインフラ投資・雇用法も見越した技術です。

ちなみにNDIR方式のアルコール検知器については、旭化成エレクトロニクス(AKM)グループの子会社であるセンスエアの製品となります。このように国内外において、アルコール検知技術でリードできたのは、いち早く飲酒運転という課題に気づき、センスエアを買収し、子会社化することで研究を進めた旭化成に先見の明があったと言えるでしょう。

旭化成は、化学メーカーという印象が強いですが、ラスベガスで今年開催されたCES 2023では通算3台目となるコンセプトカー『AKXY2』を展示。『Sustainability持続可能なクルマづくり)』『Satisfaction(クルマの満足度向上)』『Society(社会とクルマのつながり)』という3つの“S”をコンセプトに、旭化成の素材と技術による“未来のクルマ”を提案しています。

旭化成の北米モビリティ担当責任者マイクフランキー氏は、「旭化成はアメリカの自動車産業により深く関わるため、自らのポジションを変えたいと考えている。AKXY2は内装・外装部品や技術の専門性を示すものです」と語るように、今後はモビリティ分野で存在感を示していくことになるでしょう。

そのひとつとして、インフラ投資・雇用法に関わるアルコール検知技術があることはたしかです。

そう遠くない未来、クルマに乗ると自動でアルコールを検知し、飲酒運転になり危険な場合はクルマが運転をさせてくれない、そんな時代がやってくる可能性があります。そうなれば、悲惨な交通事故を未然に防ぐことができるでしょう。その未来を切り拓く、旭化成の取り組みや研究に今後も注目です。

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三木 宏章(合同会社コンテンツライト)

編集プロダクションにて、月間自動車雑誌の編集者としてキャリアをスタート。出版社に転職後、パソコン・ガジェットを中心したムックを担当。

出版社を退社後は、1年半にわたってバックパッカーをしながら17ヵ国を渡り歩き、帰国後はWEBコンサルティング会社でコンテンツ企画・制作・運用などを担当。その傍ら、コピーライターとしてブランディング事業などにも携わる。

2017年にフリーランスとして独立し、その後、編集プロダクション『合同会社コンテンツライト』を設立。自動車業界を中心に“ものづくり”に関わる多数の企業・メディアで執筆やコンテンツ支援を担当する。

(※写真はイメージです/PIXTA)