賃貸物件に住み毎月家賃を支払うのか、それともマイホームを購入して毎月住宅ローンを返済するのか……。どちらが正解なのか多くの人が迷うところです。特に、地方では「持ち家一択」の風潮がありますが、これには注意が必要と、長岡FP事務所代表の長岡理知氏はいいます。本記事ではKさんの事例とともに、地方における「賃貸 vs. 持ち家」論争について徹底比較します。

終わらない「賃貸 vs. 持ち家」論争…マイホーム購入に悩む夫婦

事例

Kさん:32歳 会社員 年収480万円

妻Sさん:32歳 会社員 年収350万円

長女:2歳

東北地方在住

KさんとSさんは東北地方に住む夫婦です。子供が生まれたのを機会にマイホームの購入を考え始めました。30坪程度の建物を希望しています。住宅展示場を10社ほど巡って簡単な見積もりをもらうと、安くて4,500万円、高いと6,500万円ほどかかることがわかりました。希望するエリアの土地の値段が高いこと、建物も昨今の物価上昇で高くなっていることが原因のようです。

「高いなあ……」と夫婦はため息をつきます。

夫のKさんは「職場の先輩が同じエリアに家を買ったときは、3,500万円だったといっていたのに」といいますが、先輩が購入したのは2009年ごろで、いまとは相場がまったく異なります。想定よりも高い見積もりを見て、夫婦はもう新築はやめて一生賃貸でいいかと思い始めました。

それを聞いたある住宅メーカーの営業マンがこういいます。

「賃貸の家賃はお金をドブに捨てるようなものですよ」

「住宅営業マンはそれをよくいうよね……」と妻のSさんがつぶやきます。

「賃貸のままで一生暮らすのは、この田舎では難しいと思います。いくら家賃を払っても自分の持ち物にはならないですよね。いずれ退去しなければならないし、高齢者になったらオーナーは貸してくれなくなります。管理会社の入居審査で落ちてしまうのです。保証人を探すのも大変です」

夫のKさんがいいます。

「確かにそうかもしれない。家賃を払うくらいなら住宅ローンを借りたほうが家は資産になるしいいよね」

住宅営業マンはそれを聞いて嬉しそうに続けます。

「賃貸はコスパが悪いのです。質の悪い建物で子育てするのはお子さんにとってもよくありません。それにお子さんが幼稚園に通うまえに家を建てて学区を決めたほうがいいですよ。幼稚園のお友達と一緒に小学校に進学できるのは安心だと思います」

そう聞くと、賃貸よりも持ち家のほうがいいなと思う夫婦ですが、気になるのはやはり値段。本当に返済していけるのでしょうか。それについても営業マンがこういいます。

「いまの家賃7万5,000円を50年間支払ったら、総額5,100万円です。一方で新築を買ったら4,500万円で済みます。支払いは35年間なので、Kさんご夫婦の場合68歳からは家賃がタダの家に住めるということですよ。いま32歳でいらっしゃるので、ちょうど住宅購入の適齢期です。適齢期を過ぎると銀行は住宅ローンを貸してくれません。慌てなくていいので急いで検討しませんか」

「なるほど! 目からうろこが落ちます!」と夫のKさん

東北地方では7割以上の人が持ち家です。いずれ買うのですから早いほうがいいですよ。お子様にとって実家と呼べる場所を作りませんか」と営業マンがさらに煽ってきます。

「やっぱり頑張って買うしかないね!」とすっかりその気になった夫婦ですが、その性急な様子を見て妻のSさんの友人が「一度お金の専門家に相談してから決めたほうがいいよ」とFPを紹介してくれました。あまり興味はなかったものの相談してみたところ、驚きの回答があったのです。

「住宅営業マンがいっていることには間違いがいくつかあります」

驚く夫婦がいいます。「どのあたりでしょうか……」

「多くの場合、賃貸よりも持ち家のほうがコスパが悪いのです。持ち家には維持費が莫大にかかります。それに営業マンは住宅ローンの利息を除いて比較していませんか?」

「たしかに……」

「維持費と金利を含めて考えたら、持ち家は賃貸の家賃総額よりも高くなります。確かに東北地方は7割以上が持ち家という統計がありますが、少し語弊があるかもしれません」

「どういうことでしょうか」

FPが詳しく解説をしてくれました。

日本人の持ち家比率は?「地方なら持ち家一択」は間違い!?

総務省統計局「平成30年住宅・土地統計調査」によると、2018年における日本全国の住宅数は約5,361万戸。そのうち持ち家は3,280万戸で61.2%を占めます。貸家は35.6%です(残り3.2%は所有関係不明)。

さらに都道府県別に見ていくと、持ち家住宅率が多いのは、

1位 秋田県(77.3%)

2位 富山県(76.8%)

3位 山形県(74.9%)

3位 福井県(74.9%)

5位 岐阜県(74.3%)

という順番です。東北地方北陸地方が目立ちます。

しかし「地方は持ち家信仰が強い」などと根拠のない偏見で語るべきではありません。ここでのポイントは、平均年収が全国44位(厚生労働省令和元年賃金構造基本統計調査」による)の秋田県がなぜ持ち家住宅率が1位なのかです。平均年収が低ければ住宅ローンを借りることが難しいはずです。

実は、この統計に「住宅の所有者である親と同居している子の世帯」がカウントされていることが原因です。つまり所得が低く親の持ち家に同居せざるをえない子供世帯が、持ち家とされているということです。決して新築住宅の購入が多い都道府県ではないのです。そのため単世帯での統計ではこれとは異なる結果となることが予想されます。

一方で、持ち家住宅率が低い順位です。

1位 沖縄県(44.4%)

2位 東京都(45.0%)

3位 大阪府(54.7%)

4位 北海道(56.3%)

5位 愛知県(54.7%)

これらの都道府県に共通するのが、若者の人口流入が多く、世帯ごとの構成人数が少ないという点です。東京都大阪府愛知県は想像がしやすいでしょう。北海道の場合、地価が安いにもかかわらず持ち家住宅率が低いのは札幌市への若年層の流入の多さが原因です。札幌市だけを抜き出してみると持ち家住宅率は48.6%と非常に低くなっています。

沖縄県北海道と同様で、那覇市への人口流入が原因と考えられます。また沖縄県は地価が上昇している一方で、平均年収は全国最下位です。この点から若年層が持ち家を購入しづらいという側面も考えられます。

持ち家住宅率が全般的に高い東北地方でも宮城県だけは58.1%と低いのも、やはり仙台市への人口流入が多いことが原因です。このように、統計にはそれぞれの都道府県の事情が見えてきます。住宅営業マンが持ち家住宅率を持ち出しても、新築住宅をいますぐ購入するべき理由の根拠にはなりえないでしょう。

賃貸暮らしは本当に「家賃をドブにすてるようなもの」なのか?

賃貸暮らしのデメリットといわれているポイントを冷静に考えていきます。

【賃貸暮らしのデメリット】

1. 家賃は単なる消費でしかない

2. 高齢者は賃貸物件を借りづらいため、将来住まいをなくすかもしれない

3. 50歳を超えて持ち家が欲しくなっても住宅ローンが借りにくい

4. 子供にとって「実家」がない

1. 家賃は単なる消費でしかない

家賃は毎月大家に支払うものであり消費という意見も一理あります。しかし新築住宅が消費ではないともいえません。35年後に住宅ローンを完済するとき、建物が健全な状態で保持されているでしょうか。

高額な費用がかかるメンテナンスを怠れば、建物は簡単に劣化し、最悪は解体の憂き目にあうかもしれません。ローコスト住宅ほどその可能性は高くなるでしょう。そうなると持ち家といえども毎月の住宅ローン返済が「消費」であるのは同じです。

2. 高齢者は賃貸物件を借りづらいため、将来住まいをなくすかもしれない

たしかにこれまでは「高齢者の入居はお断り」という物件も多くありました。しかし高齢社会をビジネスチャンスととらえ、高齢者世帯に積極的にアプローチするオーナーも増え始めています。また介護状態となったら自宅で過ごすよりも、老人ホームへの入居を検討するでしょう。住宅の所有形態に関係なく、一生自宅で過ごせるケースばかりではありません。

3.  50歳を超えて持ち家が欲しくなっても住宅ローンが借りにくい

50歳を超えたら住宅ローンを借りにくくなるイメージがありますが、自己資金を用意でき安定した年収があれば門前払いということはありません。金融資産や退職金があり、夫婦の年金が比較的高い世帯であれば、80歳までかけて住宅ローンを返済することも可能です。「30歳が住宅購入の適齢期」というのは自己資金がなくフルローンで購入する場合だけでしょう。

4. 子供にとって「実家」がない

これは単なる価値観の問題です。大昔の日本であれば建物が先祖代々受け継がれ、そこを実家や本家と呼んでいたと思います。しかし現代の日本でその感覚を持つ20代は極めて少数でしょう。親が住んでいる場所が実家なのですから、所有形態は関係ありません。これらの賃貸暮らしのデメリットの反対が、持ち家のメリットとはなりえないことに注目すべきです。

賃貸と持ち家のコスト比較

賃貸と持ち家のコストを冷静に比較してみます。

賃貸の場合、必要なのは毎月の家賃、共益費・管理費、駐車場代、更新料、家財保険(火災保険)、住み替え時の転居費用、万が一のときに家族が家賃を払うための死亡保険などです。合計月10万円を50年間支払うと、6,000万円になります。

これで家は自分のものにはならないのですから、確かに高く感じます。しかしエアコンや給湯器などの設備は一般的にオーナー・管理会社が交換してくれるので、自己負担はありません。転居費用は数十万円かかるものの築浅の物件に住み替えることも可能です。

一方で持ち家の場合はどうでしょうか。土地・建物で5,000万円とします。フルローンで購入した場合、金利0.5%として利息は35年で約406万円かかります。

また、定期的なメンテナンスも必要です。10年ごとの屋根外壁の塗り替えに150万円(50年で750万円)、エアコン・給湯器・太陽光発電システムのパワーコンディショナーなど設備の交換、トイレ・バスルームなどのリフォーム、細かい修繕、固定資産税、都市計画税、火災保険・地震保険、50年後の解体費用(坪単価3万円~5万円)など、維持するにも莫大な費用がかかります。

住宅ローンの変動金利が上昇したら、利息の負担も増えていきます。日本における滅失登記までの築後年数の平均、つまり解体までの平均は38.2年です。極端なローコスト住宅や、高級住宅でもメンテナンスを怠れば50年も持たずに腐朽し解体することもありえます。解体したら建て替えとなるのでさらなるコストが必要です。

家賃や土地の値段は地域によって大きな差があるため一概に比較できませんが、家賃と地価が安い地域では、持ち家のほうがはるかに高コストです。地価が安くても建物の価格や、交換する設備や屋根外壁工事の値段やタイミングは全国でほぼ同じだからです。

ではリノベした中古物件はどうかと考える人も一定数いますが、表面上のリノベーションだけで建物の寿命が大きく伸びることはないでしょう。価格は安いものの維持費もかかり決してコスパはよくありません。

このように比較していくと、持ち家はコストが高くなる可能性があるのがわかります。少なくとも「賃貸はコスパが悪い」とは言い切れません。

大切なのは家族との話し合い

持ち家が換金性の高い「資産」となるケースは限定的です。特に地方都市の戸建てでは、築古になってから売却しようとしても驚くほど安い値段にしかなりません。

子供達が遠くに引っ越して自立し、その建物を誰も必要としなくなれば、親亡きあとに子供達にとって負の遺産となることもありえます。思うように売れず、解体しようにも費用が高く、空き家となっても固定資産税などの維持費がかさんでいくのです。

持ち家といえども一代限りの消費財と捉え、子供たちが解体し処分する費用を踏まえて相続財産を残すべきでしょう。核家族化が進んでいる現代では、解体などの後始末まで含めて「持ち家」なのです。

先述したとおり、コスト面では持ち家は賃貸よりも総コストが大きくなります。売却しやすい都心のマンションでない限り、持ち家はコスパが悪いのです。それでも持ち家を選択するためには、家族でメリットを話し合う必要があります。

持ち家のほうがQOLが上がる、子供が友達を家に連れてくることができる、快適でストレスが低い、賃貸は嫌い、持ち家が夢だったなど、あえて高いコストをかける理由がはっきりしてから、家族で合意したうえで購入計画を立てるほうが家計管理上も安全です。

長岡 理知

長岡FP事務所

代表

(※画像はイメージです/PIXTA)