先日の「金曜ロードショー」で初回2時間SPとして放送されたテレビアニメ「葬送のフリーレン」。銀髪ツインテールのかわいらしいエルフの少女で、落ち着いた口調によるドライな発言で周囲を一蹴する主人公のフリーレンが、「SPY×FAMILY」のアーニャと同じ声優だとすぐにわかった人はどれだけいただろうか。
【写真を見る】「葬送のフリーレン」フリーレンと「SPY×FAMILY」アーニャ。両極端のキャラクターを演じ分ける声優、種崎敦美
「葬送のフリーレン」は週刊少年サンデーで連載中の山田鐘人(原作)、アベツカサ(作画)による漫画のアニメ化作品で、単行本の累計発行部数は1000万部を突破している人気作。魔王を倒した勇者パーティーの一員だったフリーレンは、まだ10代の少女のような見た目だが1000年以上を生きているエルフの魔法使い。しかし、人間である勇者たちは年月を重ねるごとに老いていき、仲間の一人、ヒンメル(声:岡本信彦)が天寿を全うする姿を目の当たりにしたことをきっかけに、彼のことを知ろうとしなかったことを悔い、“人の心を知るための旅”に出る。永劫を生きるフリーレンの目を通して、人の人生の儚さと輝きが描かれていく。
■フリーレンの心の機微を“針の穴に糸を通す”繊細さで表現
フリーレン役を担当しているのは声優の種崎敦美。幼少期に「美少女戦士セーラームーン」の第45話「セーラー戦士死す!悲壮なる最終戦」を観て声優になることを胸に誓ったという。2012年に声優デビューして以降、数多くの作品に出演。「SPY×FAMILY」のアーニャを演じたことをはじめとする活躍で、「Yahoo!検索大賞2022」の声優部門の1位になったほか、今年3月に発表された「第十七回声優アワード」では、演技の確かさや出演作の幅広さなどが評価され、史上初となる主演声優賞と助演声優賞のダブル受賞を果たした。
フリーレンという役どころは、非常に繊細な演技と集中力が要求される。1000年以上を生きていることから、周囲のキャラクターがどんどん歳を取って変化しようとも、フリーレンのどこか淡々とした物言いと物事に対する無関心な表情は一貫している。弟子のフェルン(声:市ノ瀬加那)との日々によって少しずつ変化を見せるが、それはあとになって「そうだったんだ」とわかるような複雑な感情だ。日本テレビ系「news every.」に出演した際に種崎は、フリーレンの演技について「なんて難しいキャラクターだと。針の穴に糸を通すような難しさがある」と語っていた。彼女はそうした演技の機微を声で表現することができる稀有な存在だと言える。
■「魔法使いの嫁」羽鳥チセなど複雑なバックボーンを抱えたキャラクターにも真実味を持たせる
演技における難しさは、そのキャラクターがどれだけ複雑なバックボーンを抱えているかにも左右される。それは同じく10月からSEASON2第2クールが始まった「魔法使いの嫁」の羽鳥チセもそうだろう。不幸な生い立ちもあって自分を表に出すことは苦手だが、時には自分を犠牲にして誰かを助けようとし、師であるエリアス(声:竹内良太)たちを慌てさせる大胆さも持ち合わせている。基本的にはおどおどしているが胸の奥にはしっかりとした芯を持った彼女を、種崎は繊細かつ情熱的に演じている。そうした“含み”や“伏線”を持った声や演技は、「響け!ユーフォニアム」と『リズと青い鳥』(18)における鎧塚みぞれ、「Vivy -Fluorite Eye's Song-」のヴィヴィ、「転生したらスライムだった件」のミュウラン、「約束のネバーランド」のムジカ役などでも発揮されていた。
■「SPY×FAMILY」のアーニャから「ジョジョ」のエンポリオも演じる多彩さ
一方で、「SPY×FAMILY」のアーニャのような等身の小さいキャラクターも得意で、かわいいウサギの見た目ながら地獄の獄卒である「鬼灯の冷徹」の芥子役でもそのエキセントリックぶりを発揮。また、「ドラゴンクエスト ダイの大冒険」のダイや「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」のエンポリオ・アルニーニョといった少年役も見事にハマっており、繊細な役柄との振り幅の大きさに驚かされる。このほか、「青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない」のメガネをかけた理系女子、双葉理央や「その着せ替え人形は恋をする」のカリスマコスプレイヤー、“ジュジュ様”こと乾紗寿叶などでの好演も印象的だ。
■“中の人”を意識させない自然さ
最近は声優人気の高さもあって、映像を観ながらキャラクターの声を聞いて、「○○さんの声だ」や「この声、誰だっけ?」といった具合で声に意識が向かってしまいがちだ。しかしフリーレンには、“中の人”の存在をあまり感じさせない自然さがあった。物語が終わり、クレジットが流れ始めてから、やっと「そういえば声優は誰だったんだろう?」という思いに至った人も多かったのではないだろうか。
もちろん、それだけ物語に没入させる原作の魅力と、アニメ制作陣の手腕があったことは間違いないし、決して種崎の声に特徴がないわけではない。しかしながら、声優を意識させない役との自然な一体感がその声にはあり、それができるからこそ、両極端なフリーレンとアーニャを同時に成立させることができるのだろう。
文/榑林史章
※種崎敦美の「崎」は「たつさき」が正式表記
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