医師がロボットを操作し、遠隔で施術する「ロボット手術」は、医療の最先端として注目されていた一方、その高すぎるコストからなかなか普及しませんでした。しかし現在、いくつかの理由によって国内でも普及が進んでいると、東京西徳洲会病院小児医療センターの秋谷進医師はいいます。ロボット手術の「お金事情」と国内で普及が進む背景について、秋谷医師が解説します。

「ロボット手術」とはなにか

ロボット手術は、「外科医の操作に従って」内視鏡・メス・鉗子を動かして行う内視鏡手術の一種で、低侵襲ロボット支援手術とも呼ばれます。

なので、あくまで操作するのは人間です。ロボットではありません。しかし、細かい部分はロボットが補正してくれることもあります。

現在世界で最も使われているロボット手術の機械は「ダヴィンチシステム」だといわれています。ダヴィンチは、アメリカのインテュイティヴ・サージカル社が開発した手術支援用ロボットです。

2000年に米国FDAの承認(日本では2009年に薬事承認)、現在第4世代の手術支援ロボットのda Vinci Xiが2014年FDA承認(日本では2015年に薬事承認)を得て、販売されています。

ダヴィンチは、3Dハイビジョンシステムの手術画像を提供し、人間の手の動きを正確に再現する装置です。術者は3D画像を見ながらコントローラーを操作し、ロボットアームにその動きが伝わります。

微妙な「操作感」が伝わるため、まるで直接手術しているような臨場感が再現できるというわけです。

ロボット手術をめぐる「お金事情」…その裏側は?

どんな医療行為も「善意」や「研究心」だけで成り立つわけではありません。当然、「経済的なメリット」も必要になります。では、ロボット手術をめぐる「お金事情」はどうなっているのでしょうか。まず、ロボット手術の保険点数についてです。

ロボット手術をするには設備投資が欠かせません。後述するような購入費や維持費を含めて、色々な費用がかさみます。そのため、ロボット手術を行うには保険点数が上乗せされてないと「見合わない」のです。では具体的に、どれくらいの保険点数が上乗せされるのでしょう。

たとえば、胃癌に対する

  • 胃全摘術(胃を全部とること)
  • 胃切除術(胃を一部分とること)
  • 噴門側胃切除術(頭側だけ胃を半分近くとること)

について見てみると、2022年からロボット支援手術の各点数が上乗せされるようになりました。

具体的には、胃切除術では腹腔鏡を用いた場合より9,470点高い7万3,590点、噴門側胃切除術では4,270点高い8万点、胃全摘術では1万5,760点高い9万8,850点となります。

1点10円なので、ロボット手術による利益は

  • 胃切除をした場合……約95,000円
  • 噴門側胃切除の場合……約43,000円
  • 胃全摘術の場合……約158,000円

上乗せされます。たとえば、年間100例くらい手術する場合、100倍なので、年間500万円から1,000万円くらいの儲けが想定されます。

高額な「購入費」と「維持費」がハードル

では反対に、ロボット手術はどれくらいの「コスト」がかかるのでしょうか。

まずは装置のコスト。購入価格ですが、ダヴィンチフラッグシップモデルXiの場合は約2億5,000万円、廉価版のXでも約2億円かかります。

購入価格だけ考えても「何件手術すれば元がとれるの?」と考えてしまいますね。

さらに、購入後の維持費はXi、Xともに年間約1,000万〜2,000万円もかかります。

また驚くことに、アメリカでの価格と日本の価格は大きく異なっていました。アメリカでの販売価格はXiが1億5,000万円、Xが1億円ほど。国内価格には輸入関税や人件費などのプレミアムが加算されており、日本での購入価格はアメリカの2倍にまで膨れ上がっていたのです。

そしてなにより、ダヴィンチは米国の医療現場を想定して開発されたため、ロボットアームが大きく、日本の手術室では場所を取りすぎてしまいます。それでも導入したい場合、増築など追加の費用がかかってしまうかもしれません。

以上のように、日本でロボット手術が普及しない背景には「採算が合わない」という大きな問題があったのです。

ロボット手術は「ニュースタンダード」となりうるか?

では、それでも日本がロボット手術を導入するのはなぜなのでしょうか? それは「未来への投資」です。

今後、ロボット手術が外科のトレンドになっていく。「ロボット手術ができる」というのは一種の広告塔になっているのです。

しかし、実際にロボット手術が「ニュースタンダード」となるためには、技術、経済、制度、患者への利益など、多岐にわたる側面からの検討と改善が必要になるのはいうまでもありません。特に経済面はすぐに解決すべき問題でしょう。

そのようななか、この手術ロボの「ダヴィンチ」特許切れで価格破壊が起きています。これにより安価で手に入れやすくなったことから、国内でも急速に普及が進みはじめました。

そしてついに、株式会社メディカロイドが国産初の手術支援ロボット「hinotori(ヒノトリ)」を完成させました。2020年に泌尿器科手術、2022年12月1日からは消化器外科と婦人科の手術にも保険適応が拡大されてきています。

ダヴィンチ1台の価格は約2億5,000万円で年間維持費が約2,000万円ほどであるといわれていますが、「hinotori」では60%程度に抑えられると報告されています。

国産のロボットによってコスト削減が可能となり、「採算が合わない」という大きな壁がなくなったことから、ロボット手術の普及は今後ますます加速するかもしれません。

秋谷進

東京西徳洲会病院小児医療センター

小児科医

(※写真はイメージです/PIXTA)