走ると脳が活性化することが、科学的に証明されている!
走ると脳が活性化することが、科学的に証明されている!

酷暑も去り、ようやく涼しくなってきた今日この頃。「今年こそランニング始めようかな~」と思っている人に朗報だ。走ると"脳"が活性化することが、科学的に証明されているというのだ。その真相やいかに? 世界から注目される運動生化学の研究者に話を聞いた。

【図表】運動によって活性化する脳の部位や運動強度の目安

* * *

■脳を活性化させるのは、軽い運動!?

誰もが体にいいと思っているランニング。実は脳にもうれしい効果があるらしい。筑波大学征矢英昭(そや・ひであき)教授は語る。

「運動することで、認知機能も高まることがわかっています。なぜそうなるかは不明でしたが、われわれは先端的な脳科学の手法を用いて、運動によって認知機能を担う脳部位が活性化することを明らかにしてきました。

運動するには、脳のさまざまな部分の働きが必要です。脳が司令を出し、筋肉がそれを受け取る。そして筋肉からの動く刺激を脳が受け取る。このサイクルによって、脳と筋肉が相互に刺激し合って活性化するんです」

運動時には、運動の調節に加え、循環や代謝調節などを担う脳部位など多くの部位が活性化するが、認知機能を担う「前頭前野」と「海馬」も活性化されるのだ。

運動によって、「脳の司令塔」である前頭前野と、記憶をつかさどる海馬が活性化することがわかっている
運動によって、「脳の司令塔」である前頭前野と、記憶をつかさどる海馬が活性化することがわかっている

「前頭前野は『脳の司令塔』とも呼ばれています。計画を立てたり意思決定をしたりする際に使われるからです。

運動でここが活性化すると、注意力や集中力、選択時の判断力、計画力、行動力、意思決定力が上がります。そして海馬は記憶をつかさどる領域なので、運動によって活性化すると、記憶力が高まるんです」

運動することで、頭の回転が速くなり、記憶力も良くなるというのは驚きだ。それでは、いったいどれくらいの運動をすればいいのだろうか?

「WHOやアメリカスポーツ医学会(ACSM)が健康増進のために推奨しているのが、中~高強度の運動です。心拍数でいえば125~155拍/分前後くらいの強度です」

WHOは、18~64歳の成人は「(1)1週間で2.5~5時間分の中強度、(2)1.3~2.5時間分の高強度、(3) (1)(2)の組み合わせ」のいずれかを実施すべきとしている。これは「きつい」「しんどい」と感じる強度の運動を一定時間、毎週行なうというもの。

「代謝や心肺機能が上がる中~高強度の運動は、メタボや糖尿病の予防・改善に確かに有効です。しかし、多くの人にとってはきつくて続きません。ケガや挫折もしやすいのです」

ここで、「でも、強度が高いほうが体にも脳にも良さそう......」と思った人もいるだろう。しかし、脳機能においては、実態は違うという。

「中~高強度運動ばかりが推奨されてきたのに対し、低強度運動にどんな効果があるのかは、エビデンスがほとんどありませんでした。しかし、脳の認知機能について見た場合には、低強度でも十分効果があることがわかりました」

征矢教授の研究グループは世界で初めて、低強度運動、しかももっと楽な超低強度運動でも海馬が活性化することを科学的に証明しているのだ。また、高強度運動でも、インターバル形式で行なえば海馬への効果が高まるそうだ。

■世界初の発見、ネズミから聞いた?

代謝・内分泌学者でもある征矢教授は、以前は中~高強度運動をターゲットに研究していた。なぜ超低強度運動の効果に気づいたのだろうか?

「実は、ネズミが教えてくれたんです。低強度では代謝やホルモンの値に変化がないので効果は乏しいことから、中~高強度運動のネズミの対照群として低強度運動群を設定していました。

しかし、あるとき低強度運動で『海馬はどうなってるのかな』と、ネズミで実験してみたんです。そうしたら、想像以上に活性化していることがわかったのです。人間の遺伝子や脳の働きを知るには、人間だけを見ていてもわからないことが多いんです」

脳も中高強度運動で最も活性化すると考えていた征矢教授にとって、これは予想外の結果だった。実験では、ゆっくり走るネズミ(スローランニングネズミ)は、ガンガン走るネズミと同じかそれ以上に海馬を活性化させており、しかも海馬の神経も増えていることがわかった(神経新生)。

世界初となるこの発見を踏まえ、人間でも同じかどうかを検討したところ、超低強度の運動で海馬が活性化し、記憶能が高まることが明らかになった。このふたつの論文は権威ある米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載された。

「加齢とともに脳は萎縮しますが、海馬の歯状回(しじょうかい)では唯一、脳の中で死ぬまで神経が増えるんです。動物では、もちろん高強度の運動でも増えますが、頭打ちになります。

一方、低強度では高強度の場合よりも神経が増え、さらに空間記憶能力も非常に高まることが明らかになりました。一般に骨格筋は運動強度が高いほうが肥大しますが、われわれの研究から海馬は低強度の運動でも神経の可塑(かそ)性が高まり、肥大することがわかったのです」

高強度の走運動でも神経増加と空間記憶力上昇傾向が認められるが、低強度の走運動のほうが効果が高い
高強度の走運動でも神経増加と空間記憶力上昇傾向が認められるが、低強度の走運動のほうが効果が高い

人の海馬の神経も運動で増えるかは、方法的な問題もありいまだに不明だ。しかし、少なくとも歯状回の興奮が明らかに確認されているので、人間でも低強度運動で海馬の神経が増える可能性もある。

そして、それまで研究されていなかったランニングが人の脳に及ぼす効果について、征矢教授らは研究を開始。その結果、10分間のランニング(中強度)が前頭前野への強い刺激をもたらし、快適な気分と実行機能を促進することを、またもや世界で初めて明らかにした(Scientific Reports,2021)。

この成果は、世界的なランニング専門誌『RUNNER'S WORLD』誌でも紹介され、話題を呼んだ。現在、征矢教授はより興味深い効果を有する、(超)スローランニングの効果について、論文を投稿中とのことだ。

征矢教授らの研究によって、認知機能を担う脳にとっては、軽めの運動でも十分効果的だということが科学的に実証された。

低強度運動を地道に続ければ、体力がつくばかりか、認知機能も高まり、海馬の神経も増えるかもしれない。今すぐ体を動かしたくなる、夢のような話だ。この脳内メカニズムについては現在研究中だが、ドーパミンによる刺激と関係がありそうだ。

■軽い運動は認知症予防にもなる!?

冒頭でも書いたように、運動による効果は海馬だけでなく、前頭前野でも同様に見られる。それによって、脳の老いも軽減されるそうだ。

「思考や行動に関わる脳の実行機能を測るテストでは、課題によっては右脳を使う場合もありますが、若い人は基本的に左脳だけを使います。

しかし、年を取ると左脳の機能が低下するので、その分右脳が活発化して、バックアップします(代償機能)。ただし、持久力のある人は、高齢でも若い人と同じように左脳だけ使います。脳が若くて元気なんですね」

持久力が高い人ほど記憶力もしっかりしており、両者の機能は相関するそうだ。しかし、老いても持久力と若い脳を維持できている人はまれである。運動習慣のないまま年を取ってしまった人の脳は、手遅れなのだろうか......?

「加齢した脳でも、運動をすればバックアップする側の右脳が活性化します。『認知予備力』が働くからです。認知予備力とは、病気や加齢の影響を受けても認知機能の低下を抑える潜在的能力のこと。この力が低いと、いずれ認知症になってしまいます。

運動はこの力を高め、認知機能を維持してくれます。認知予備力が高ければ、加齢しても認知機能は正常のまま。つまり、運動で認知症の発症を遅らせることもできるのです」

2020年に日本国内の患者数が約602万人に達した認知症は、現時点で有効な治療薬や特効薬がない。しかし、非薬物療法の中でもエビデンスが強く、信頼されているのが運動だ。また、レジャー活動や読書も認知予備力向上に効果的だそうだ。

■楽しく続く「スローランニング」

さて、運動が脳にもたらす多くの恩恵がわかったわけだが、どうせ運動するなら効率よく最高の効果を得たい! 脳に効く運動を実践するポイントを征矢教授に聞いてみた。

「オススメは、ストレスを感じない程度で、とにかく楽しく快適に走ること。私はこれを『スローランニング』(征矢、2005※)と呼んでいます。

運動中のストレス反応として増加する血液中の乳酸やコルチゾールは、中強度を超えると急増してしまうので、そのラインを越えないことが重要です。同じ時間運動しても、快適度が低いと認知機能への効果が減ってしまうからです」

※征矢英昭 2005「脳フィットネスを高めるスローランニング・運動時の気分変化と脳機能」『ランニング学研究』VOL.16 No.2、75-81頁。

ストレスなく脳に効く運動をするためには、血中の乳酸とコルチゾールが上昇しない範囲の低~中強度運動を意識すべき(作成:征矢英昭)
ストレスなく脳に効く運動をするためには、血中の乳酸とコルチゾールが上昇しない範囲の低~中強度運動を意識すべき(作成:征矢英昭)

筋肉がエネルギーをつくる際、糖(グリコーゲン)が分解されてできるのが乳酸。その乳酸が血液中に急増し始めるポイントが「乳酸性作業閾値(LT)」。コルチゾールとはストレスを感じたときに副腎皮質から分泌されるホルモンだ。

「乳酸とコルチゾールが増える前の軽い運動なら、ストレスフリーで続けられます。心拍数でいえば、100~110拍/分前後。この程度の運動でも、最低10分で脳は活性化します」

軽く走るだけでいいとは、なんともうれしい話だ。それでは、ウオーキングはどうなのだろうか?

「実は、速足で歩くよりもゆっくり走るほうが楽なんです。スローランニングをするときには、まずは歩行から始め、徐々に歩く速さを上げていき、『苦しい、無理』と感じるところで走行に切り替えてみてください。そこで、エネルギーコストが下がるので途端に楽になるはずです。そこが自分にとってのスローランニングです」

スローランニング初心者は、いきなり走り出さず、早歩きから走行へと切り替えるとよさそうだ。また、ジムのランニングマシンを使う場合は、徐々に速度を上げて競歩のようになり、きついと感じるときに走り出せばスローランニングとなる。速度を維持できるよう、インストラクターに操作を教えてもらうといいだろう。

■何よりも〝気分〟が大切

さて、脳に効くスローランニングの方法を教えてもらったが、運動習慣を確立させるのは至難の業。また、走る時間もなく、家から出られないけど脳は活性化させたい!という人はどうすればよいのか? 征矢教授たちは新たな研究成果を積み上げている。

「ノリがよい、いわゆる〝グルーヴィ〟な音楽(リズム)も脳にいいです。星野源さんの楽曲でも多用されているシンコペーションがわかりやすい特徴です。個人差は大きいものの、こうしたリズムにうまく乗れる人たちは、これを数分聴くだけでも認知機能が活性化されます(FukuieとSoyaら、Scientific Reports,2022)」

リズムの強弱を変える手法、シンコペーション。これが程よく用いられた曲は、脳を刺激して気分を上げてくれることがわかってきた。体を動かしたくなるリズムを聴くだけで、運動野だけでなく報酬系に関わる脳部位が活性化し、楽しくノリノリになるそうだ。

運動との相乗効果については、近日中に公開されるとのことだ。そして、楽しめないと意味がないのは、運動も同じだという。

「何よりも大事なのは、楽しいと〝感じる〟ことです。体を動かせば、脳の運動野だけでなく前頭前野や大脳基底核なども刺激される。実際に、快適度が高いと海馬の機能は高まりますが、ストレスが高いと効果は出ません。だから『気持ちいい』『楽しい』と感じられることが何よりも大切です。

精神的にも肉体的にも解放される運動は、そもそも〝遊び〟なんです。Sports(スポーツ)の語源も、日々の生活から離れて遊ぶという意味。脳と筋肉が互いに活性化し合うことで気分の変化が起こる。運動は『ムードチェンジャー』です。〝遊び〟として楽しむことを忘れないでほしいですね」

脳からの指令で筋肉が動き、筋肉からの刺激を脳が受け取る。脳と筋肉が互いに活性化し合うことで、気分が快適になる(作成:征矢英昭)
脳からの指令で筋肉が動き、筋肉からの刺激を脳が受け取る。脳と筋肉が互いに活性化し合うことで、気分が快適になる(作成:征矢英昭)

スローランニングも義務感で続けたり、気分が乗らなかったりすると、脳への効果も半減する。

「飽きないように工夫することが大事です。運動の強度は低くていいから、2回、3回と続けることが大切です」

走るときの景色が変わるようにルートを変えたり、グルーヴィな音楽のプレイリストを日替わりで流したり、誰かと一緒に走ったりするのもいいだろう。より楽しく、より新鮮に。科学的エビデンスにモチベーションも上がった今、気分も上げて脳に効くスローランニングを楽しもう!

●征矢英昭(そや・ひであき) 
1959年生まれ、群馬県出身。1989年、群馬大学大学院医学研究科博士課程を修了。1989~1998年、三重大学教育学部講師・助教授1996年、米ロックフェラー大学客員准教授。1998年筑波大学体育科学系助教授。2009年、同大学院人間総合科学研究科体育科学専攻教授。2012年、同体育科学専攻長を兼任し、2015年に新設されたヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究センター(ARIHHP)のセンター長に就任。現在は、同体育系教授で、ARIHHP副センター長。専門は運動生化学、スポーツ神経科学など。スポーツ庁やJSTはじめ多くの国家プロジェクトを率いてきた。

取材・文/八鳥ねこ イラスト/服部元信

走ると脳が活性化することが、科学的に証明されている!