9月20日、英中央銀行のイングランド銀行は金融政策委員会を開催し、21日に金融政策の方針を公表しました。本稿では、ニッセイ基礎研究所の高山武士氏が、公表された金融政策の方針を分析し、英国の政策金利や議事要旨の概要について解説します。
1.結果の概要:21年11月以来となる金利据え置きを決定
9月20日、英中央銀行のイングランド銀行(BOE:Bank of England)は金融政策委員会(MPC:Monetary Policy Committee)を開催し、21日に金融政策の方針を公表した。概要は以下の通り。
【金融政策決定内容】 ・政策金利を5.25%で維持(5対4で4名は0.25%ポイント引き上げを支持) ・今後12か月の国債残高削減額は1000億ポンドとし、残高を6580億ポンドにする 【議事要旨等(趣旨)】 ・23年下半期の基調的な成長率は予想よりも弱くなるものと見られる ・8月のCPIインフレ率の前年比6.7%は前回会合時の見通しよりも0.4%ポイント低い ・中銀スタッフによる基調的なインフレ指標も低下しはじめた2.金融政策の評価:据え置き支持と利上げ支持はほぼ拮抗
イングランド銀行は今回のMPCで政策金利の据え置きを決定した。前回まで14会合連続で利上げを実施しており、21年11月以来の据え置きとなる。
市場予想は当初利上げを見込む向きが多数であったが、会合とほぼ同タイミングで公表されたCPIの数値が予想より大幅に下振れたことを受け、利上げ予想と据え置き予想が拮抗していた。
委員会の決定でも利上げと据え置きはほぼ拮抗したが、僅差で据え置きが決定された。
声明文では、「金融引き締めの労働市場、およびより一般的に実体経済の勢いへの影響が増している兆しがある」と評価されており、金融引き締めの実体経済への影響をより時間をかけて見極めるため金利据え置きが支持されたと言える。
一方、これまでと同様に「仮により永続的なインフレ圧力があるのであれば、より引き締め的な金融政策が必要となる」との文言が残された。引き続きインフレリスクを警戒し、データ次第で追加利上げの余地を残す表現になっている。
なお、8月のCPIインフレは予想以上に鈍化したが、MPCでは下振れ要因のうち、今後の物価動向の鍵を握るサービスインフレは3分の1程度であり、サービスインフレの中でも夏季休暇期間で変動が大きくなる旅行関連品目の影響もあると評価している。また労働力調査における週平均賃金の伸び率は予想より大幅に高くなっている。
そのため、今後のインフレ動向に関する不確実性は依然として高いと見られる。引き続き統計データに注目が集まるが、今回のCPIインフレの下振れが一時的であり、今後、予想通りにインフレ圧力が鈍化しない場合は、次回11月会合での利上げの可能性も十分にあり得るだろう。
3.金融政策の方針
今回のMPCで発表された金融政策の概要は以下の通り。
・MPCは、金融政策を2%のインフレ目標として設定し、持続的な経済成長と雇用を支援する
・委員会は政策金利(バンクレート)を据え置き、5.25%とする(5対4で決定1)、4名は0.25%ポイント引き上げ5.50%とすることを主張した
・委員会は金融政策目的で保有している英国債の残高を、中銀準備預金の発行によって、今後12か月で1000ポンド削減し、6580億ポンドにすることを決定した(全会一致で決定)
・8月のMPCの最も可能性がある最頻値見通しでは、市場観測の政策金利経路として予測期間の3年間での平均で5.5%をやや下回る前提となっており、25年7-9月期に2%目標に回帰すると見積もられていた
・その後、中期的には、経済の弛み(slack)の度合いが増加して国内インフレ圧力を軽減させ、また外的なインフレ圧力も緩和するため、目標を下回るまで低下する
・委員会は、外的価格ショックによって引き起こされる国内価格と賃金動向の2次的効果により、それが発生した時よりも解消される際に時間を要する可能性を踏まえて、5月の報告書時点ほどではないが、引き続き最頻値見通しに対するリスクが上方に傾いていると判断している
・平均インフレ率はこのリスクが織り込まれており、2年先および3年先のインフレ率をそれぞれ2.0%、1.9%としている
・前回のMPC会合以降、世界成長率は概ね8月見通し通りに推移しているが、地域によって相違も見られる
・直物石油価格は急上昇しており、先進国では基調的なインフレ圧力もまた高いままである
・英国のGDPは7月に0.5%減少したと推計され、S&P Global/CIPSの総合PMIは8月に下落する一方、その他の企業調査はGDPのプラス成長との整合性を維持している。
・これらの情報が不安定さを示すなか、中銀スタッフは7-9月期のGDP成長率をごくわずかだと想定している
・23年下半期の基調的な成長率は予想よりも弱くなるものと見られる
・労働市場にはさらなる緩和の兆しが示されているが、歴史的な水準と比較すると依然としてひっ迫している
・求人・失業比率は、求人数の安定的な低下と失業者の上昇の双方を反映して、引き続き低下している
・労働力調査の失業率は5-7月期に4.3%まで上昇し、8月報告書の予想よりも高い
・経済活動の軟化を背景に、雇用関連指標は総じて緩和している
・民間部門の定期週当たり平均賃金上昇率は、7月に8.1%となり8月の報告書の想定よりも0.8%ポイント高い
・しかしながら、最近の週当たり平均賃金上昇率は他の賃金指標とは整合的ではない
・多くの指標は高いものの、週当たり平均賃金上昇率ほどではなく、より安定している傾向にある
・CPIインフレ率の前年比は6月の7.9%から8月には6.7%となり、これは前回の会合での見通しよりも0.4%ポイント低いが、MPCの声明と同時に公開された中銀総裁と財務相の間の書簡2を交わしている
・コア財インフレは6月の6.4%から8月には5.2%に低下し、8月報告書の見通しよりも弱い
・サービスインフレは6月の7.2%から7月には7.4%に上昇したが、8月に6.8%に低下し、これは8月報告書の見通しよりも0.3%ポイント低い
・航空運賃や宿泊料といったいくつかのサービス価格は夏季休暇期間にかけてより変動幅が大きくなる傾向にある
・これらの旅行関係要因を除いたサービスインフレは予想よりもやや弱いものの、引き続き高い上昇率で安定している
・CPIインフレ率は、エネルギー価格上昇率が、最近の石油価格の上昇圧力が再燃しているものの前年比で低下すること、食料品とコア財インフレがさらに低下することを反映して、短期的にはさらに急速に低下すると見られる
・しかしながらサービスインフレは短期的には高止まりすると見られ、潜在的には前月比での変動幅も大きくなるだろう
・MPCの責務が、英国の金融政策枠組みにおける物価安定の優位(primacy)を反映して、常にインフレ目標の達成であることは明らかである
・この枠組みでは、ショックや混乱の結果、物価が目標から乖離する場合があることを認識する
・金融政策により、CPIインフレ率が中期的に2%目標に安定して戻るようにする
・インフレ圧力に関する主要指標の動向はまちまち(mixed)であり、最近の週平均賃金上昇率の加速は他の賃金指標やサービスインフレの下振れのなかでは、解釈がはっきりしない
・金融引き締めの労働市場、およびより一般的に実体経済の勢いへの影響が増している兆しがある
・今回の引き締めサイクル開始以降の政策金利の大幅な上昇によって、現在の金融政策姿勢は制限的である
・この会合で、委員会は政策金利を5.25%で維持することを決定した
・MPCは引き続き、労働市場のひっ迫感や賃金上昇率、サービス物価インフレの動向といった、経済全体におけるインフレ圧力の持続性と回復力について、引き続き注視する
・金融政策は、委員会の責務にもとづき、インフレ率を中期的な2%目標に安定的に戻すため、十分な期間にわたり十分に制限的にされる必要がある
・仮により永続的なインフレ圧力があるのであれば、より引き締め的な金融政策が必要となる
・MPCは22年8月会合の議事録でコミットしているように、資産購入策(APF)の削減について年次で見直しており、その一部として、今後12か月にわたって削減する英国債の残高を設定している
・委員会は金融政策目的で保有している英国債の残高を、中銀準備預金の発行によって、23年10月から24年9月の期間で1000ポンド削減し、6580億ポンドにすることを決定した
1 今回反対票を投じたのは、カンリフ委員(副総裁)、グリーン委員、ハスケル委員、マン委員で0.25%の利上げを主張した(前回は0.25%の利上げが多数派となるなか、ハスケル委員、マン委員が0.50%のよりタカ派の利上げを主張した。また、ディングラ委員は据え置きを主張し反対票を投じた)。
2 インフレ率が目標から乖離した理由と今後のインフレ見通し、インフレ目標を達成するための金融政策手段について説明する書簡(インフレ率が目標(2%)から1%以上乖離した場合に公開が要求される)。
4.議事要旨の概要
議事要旨の概要(上記金融政策の方針で触れられていない部分)において注目した内容(趣旨)は以下の通り。
(通貨・金融環境)
・9月のMPC以降の政策金利経路について、市場予測は低下した
・市場価格はこのMPC直後に5.5%程度まで上昇しピークとなり、その後3四半期は維持されるとされていた
・前回のMPC以降、1年先の1年物OISレートは0.70%ポイント程度低下した
・政策金利は現在、今後3年間平均で5%をやや下回る経路となった
・市場参加者調査(MaPS)によると、今後1年間の英国債残高の削減規模は市場参加者の中央値で1000億ポンドだった
・公的データおよび企業調査を総合して、中銀スタッフは23年7-9月期のGDP成長率の見通しを8月報告書の0.4%から0.1%とした
(供給・費用・価格)
・雇用関連指標は経済活動の鈍化を背景に軟化している
・労働力調査の雇用者数は2-4月期に0.8%増、5-7月期で0.6%減少した
・この指標は期ごとの変動が大きく、労働力調査のサンプルサイズと回答率は低下している
・中銀エージェントの報告では、企業は、人員削減計画はほとんどなく、総じて従業員数を安定的に維持しようとしている
・しかしながらKPMG/RECの雇用報告では、企業の新規従業員採用は減少している
・S&P Global/CIPSの総合雇用PMIは8月に落ち込んだが、歴史的な平均付近にある
・週平均賃金上昇率はHMRC給与所得者、労働力調査と意思決定者パネル(DMP)など、週平均賃金上昇率ほどの高さではないが、安定して高い傾向にある指標と整合的とは言い難い
・中銀エージェントの報告では、年間の平均賃金は6-6.5%であり、今後は高い生活費を補うための追加支払が減少し、緩やかに低下すると見ている
・コア財インフレの低下は8月報告書対比での下振れの3分の2を占めている
・この最新情報のいくらかは、中古車価格の特異な変動によって占められている
・その他のコア財の下振れは、非石油生産者物価が頭打ちとなり、これが以前に想定されていたよりも早く消費者物価に伝達されたという、最近の原材料の上昇圧力の緩和を示している
・しかしながら、石油価格の最近の急上昇が継続すれば、今後数か月はCPIインフレ率のエネルギーの寄与が8月の見通しよりも高まるだろう
- 残りの8月対比の下振れ要因はサービス物価である
・サービスインフレは7月には予想外に31年ぶりとなる7.4%まで上昇したが、8月には6.8%に急低下した
・7月の上昇と8月の反落は航空運賃や宿泊費に関連しており、これは夏季休暇期間により変動幅が大きくなる傾向がある
・こうした旅行関連要素を除いたサービスインフレはより安定し、また引き続き高い
・ただし、サービスのより広範な品目でも下振れが見られた
・中銀スタッフによる、サービスインフレの共通変動で定義される基調的なインフレ指標も低下しはじめた
・S&P Global/CIPSのサービス部門の投入産出価格PMIは引き続き過去平均に向かって下落を続けており、中銀エージェントの報告では、賃金上昇圧力は消費者向け対面サービス産業で引き続き高いが、他の費用上昇圧力は緩和している
(政策金利決定)
・今回の会合では5人の委員が政策金利を5.25%に維持すると判断した
・労働市場には緩和の兆しがある
・週平均賃金上昇率の最近の加速は、注目に値するが他の賃金指標とは整合的ではない
・ひとつのデータに重きを置きすぎないことは重要だが、CPIの総合とサービスインフレは予想以上に低下した
・経済活動に関して、銀行エージェントはより弱気になっており、8月PMIはGDPの下落と整合的でもある
・これを主張した委員のうちほとんどは、最近の動向は政策金利を引き上げるより据え置いた方が、より良くバランスがとれると判断した
・持続的な2%目標への回帰に重要な進展が見られるまで、引き締め的な姿勢を維持することが正当化されると見ている
・しかしながら1名は、引き締めすぎるリスクが積みあがっており、政策の急転換を必要とするような生産損失や変動の可能性が高まっていると見ている
・金融政策効果のラグにより、過去や最近の利上げの影響が依然として顕在化していないと見ている
・4人の委員が今回の会合で政策金利を0.25%引き上げ、5.50%にすることが妥当だと判断した
・経済活動には鈍化の兆しがあるが、消費者信頼感は持ちこたえており、実質の家計所得は上昇が始まり、生産の先行指標も引き続きプラスを維持している
・労働市場は引き続きひっ迫しており、中期的な均衡失業率が上昇した可能性があり、緩和速度も鈍化している
・賃金上昇率・サービスインフレの指標も中期的に2%目標が持続するという目標と一致する水準を上回り続けている
・最新のサービスインフレは予想以上に低下したが、これは上振れサプライズに続いて、主に変動幅の大きい要素によりもたらされている
・これらの委員は、これらが総じてより持続的なインフレ圧力の証拠だと判断している
・金融引き締め姿勢がより経済活動の重しとなっているものの、この会合における政策金利の0.25%ポイントの引き上げが、より強いインフレ圧力へのリスクに対処し、中期的な2%目標の持続に向かうために必要である
(運用上の考慮事項)
・初年度の量的引き締めの経験を踏まえて、委員会は今後12か月の英国債削減ペースを昨年の800億ポンドから1000億ポンドに緩やかに加速させることを支持する要因について検討した
・まず、市場環境と、1000億ポンドの英国債残高の削減のための英国債売却を市場が吸収する能力の評価の結果、このペースは市場機能を破壊しないと示唆された
・次に、今後1年間における1000億ポンドの英国債残高の削減は、APF(資産購入策)の英国債償還が増加することを考慮すれば、概ね、その売却額は昨年から変化しない
・23年8月の報告書に示されたように、MPCは英国債残高の削減総額に焦点を当てており、償還と売却が含まれるため、償還額の変化は売却額の変化に影響を及ぼす可能性がある
・しかし、委員会は売却ペースの継続性にやや重きを置いた
・第3に、昨年のAPFの英国債800億ポンドの削減は、ほぼ完了している200億ポンドの社債削減と供に実施されており、昨年のAPF削減の規模はほぼ1000億ポンドとなる
・MPCは予定された年次見直し以外で英国債残高の削減計画を修正することに対しては高い基準があることを再確認した
・これは、金融政策姿勢の調整には、政策金利を積極的な政策手段とすべきであり、APFの削減は予測可能であるべきであるとの原則と整合性を保つためである
・この基準に達しているか判断する際には金融安定委員会(FPC)も、金融安定の評価でその役割を担うことになる
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