ゴルフの概念を変え、「ゴルフの破壊者」と称されることもあるブライソン・デシャンボー。実は、18年までに1勝を挙げて以来なかなか結果に恵まれない時期を経験しました。長いスランプに陥っていたデシャンボーが、スイングの修正に成功し、見事復活を果たせた理由はどこにあったのでしょうか。その足跡をたどります。※本連載は、吉田洋一郎氏の著書『PGA 超一流たちのティーチング革命』(実務教育出版)から一部を抜粋し、再編集したものです。

科学的アプローチの体現者、ブライソン・デシャンボー

ゴルフが科学を取り入れて進化していることは、ブライソン・デシャンボー(米国)のゴルフに対する取り組みによく現れていると思います。彼の取り組みに対する注目度は、ゴルフ界にとどまらず、「スポーツイラストレイテッド」2020年11月号の表紙を飾り、「ゴルフの破壊者」として紹介されました。

実際、デシャンボーの科学的な分析へのこだわりや、飛距離への飽くなき挑戦はPGAツアーの選手たちに、混乱と動揺をもたらしました。彼はタイガーがゴルフ界を変えたように、ゴルフの概念や考え方を破壊したのです。彼は肉体改造で手にした飛距離によって、パー5のホールをまるでパー4のようにプレーしました。デシャンボーの登場によって、選手たちはデシャンボーが作り出した波に対して、どう立ち向かうのかを考えざるを得なくなったのです。

新型コロナウイルスによってPGAツアーが中断していた2020年の3月〜6月の間、デシャンボーはコーチクリス・コモの自宅に通い詰めていました。コモの自宅はモーションキャプチャー用のハイスピードカメラや地面反力を測定できる機材などを備えた研究施設に改造されており、そこで連日のようにスキルアップに努めていたのです。

コモの自宅では、最長474ヤードを飛ばす2019年の世界ドラコン選手権優勝者のカイル・バークシャー(米国)とも交流しており、世界一の飛ばし屋に飛距離アップのエッセンスを学んでいたようです。

2020年に27歳にして全米オープンを初制覇し、米ゴルフ界の話題をさらったデシャンボーは、驚異的な肉体改造で圧倒的な飛距離を手にしました。その陰なる立役者がコモでした。コモは、腰の故障などで長く低迷していたタイガー・ウッズコーチを2015年から約3年間務め、体に優しく飛距離の出るスイング構築を行うことで、タイガー復活の基礎をつくりました。

そのコモがデシャンボーと2018年からコーチ契約を結んだことで、全米オープンを含む6勝に貢献しました。デシャンボーは大幅な体重増による肉体改造に注目が集まりがちですが、飛距離を伸ばしたのは体を変えただけではなく、地面反力を積極的に使ったスイング改造にもありました。

コモが指導するのは、地面反力やバイオメカニクスに基づく体への負担が少なく最大の飛距離を実現するスイングです。これによってタイガーは、満身創痍の状態でも故障しにくく飛距離の出るスイングを手に入れることができました。

そして、デシャンボーは地面反力を最大限活用したスイングで、飛距離を最大限に追求するスイングを手に入れたというわけです。コーチの立場からすると、すでに安定的に成績を出している選手や、スイングを確立している選手を指導するのは難しくありません。大幅なスイング改造を行わなくていいので、今までのスイングが狂わないように調整すれば結果が出るからです。

しかし、これから復活を期する選手やステップアップを目指す選手の指導は、大幅なスイング改造を行う必要があるため、スイング知識や経験などコーチとしての力量が問われます。とくに、怪我をしている選手に対しては、メディカルやフィジカルの知識も必要になってきます。

コモの実績で特筆すべきところは、すでに良い状態にある選手を指導するのではなく、新たにスイングをつくり直す必要がある選手を成功に導いた点です。タイガーは怪我によって満身創痍でキャリアのどん底ともいえる状態でしたし、デシャンボーも2018年までに1勝を挙げていたものの思うように結果が出ず、それまでのワンプレーンスイングに見切りをつけなければいけない時期でした。

コモは新たなスイングが必要だったデシャンボーのスイング構築を行い、見事にメジャー優勝に導いたわけです。

マッドサイエンティスト誕生の背景

ブライソン・デシャンボーが全米オープンを制したとき、私はゴルフ界が新たなステージに突入したと感じました。

デシャンボーは、難コースで知られるウィングドフットGC(ニューヨーク州)を1人だけ4日間オーバーパーなしでラウンドし、同コースの全米オープンの優勝スコア記録(1984年のファジー・ゼラーの4アンダー)を更新する6アンダーを叩き出しました。

この快挙はそれまでの全米オープンのコースマネジメントのセオリーを覆す、「ラフに入れない」から、「ドライバーで飛ばして短いクラブで打つ」という戦略を採用したことによって実現しました。流れるようなスイングに定評があるルイ・ウーストヘイゼン(南アフリカ)に、「ひとりだけ小さなゴルフ場でプレーしているようだ」と言わしめたほどです。まさに完勝という言葉がぴったりな歴史的勝利でした。

実はデシャンボーの活躍ぶりは全米オープン前から大きな話題となっていました。PGAツアーが新型コロナウイルスによって中断している間、トレーナーのグレッグ・ロスコフによる筋力トレーニングと、1日6食(約3000キロカロリー)と6本のプロテインシェイクを摂った成果で体重を9キロ増量し、約110キロとなった体で大きく飛距離を伸ばしていたからです。

2020年度のドライビングデータを見ると、322.1ヤードを記録し、全選手の中でトップとなりました。前年度の記録は34位の302.5ヤードでしたから、1年で20ヤード近く飛距離を伸ばしたことになります。

その成果は如実で、2020年7月に行われたロケットモーゲージクラシックで2位に3打差をつけて優勝を果たし、飛距離アップがスコアに直結することを証明しました。

ゴルフをとことん理詰めで考えることから「マッドサイエンティスト(イカれた科学者)」とも呼ばれ、異端児扱いされがちなデシャンボーですが、とにかくゴルフへの向き合い方は科学的です。

例えば、道具に対しては、使用するボールを塩水に浮かべて重心位置を測定したり、同じ長さのワンレングスアイアンを使用するなどのこだわりを見せます。練習では弾道測定機器を2台使って正面と後方で測定するといった徹底したデータ主義者です。

プレーの再現性を高めるため自らをマシン化したデシャンボー

私はデシャンボーがどのような取り組みをしているのかに興味がわき、彼の技術を支えるブレーンたちと交流を深めてきました。

デシャンボーは12歳から大学進学までの間、現在も指導を受けるスイングコーチマイク・シャイと毎週約30時間を共に過ごしていたそうです。デシャンボーは欧米のゴルフコーチでも理解するのが困難と言われるスイング理論書『ゴルフィング・マシン(TheGolfingMachine)』を読み込み、毎日シャイと議論を交わしていました。

1969年ボーイングのエンジニアだったホーマー・ケリーが著した同書の副題は「幾何学的なゴルフ〜コンピューター時代の完全なるゴルフ」です。シャイはゴルフィング・マシン理論とともに、次のようにゴルフに取り組むうえで重要な哲学も植え付けました。

「ブライソンには自分の頭で考え、物事を判断する重要性を伝えてきた。例えば、結果が良いから良いスイングなのか、それとも理想的なスイングをした結果、良い結果が出たのか、という具合にね」

高度なスイング理論と、常に物事の本質をとらえる考え方はマイク・シャイからの教えだったのです。

パッティングに関しては、デシャンボーが使用するパターブランドSIKゴルフのステファン・ハリソンがフィッター兼コーチとして指導をしています。

測定機器を使用し、ミリ単位でパターの入射角や軌道をチェックし、毎回同じボールの転がりになるようにパッティングストロークを調整するほどの徹底ぶりです。パターもグリーンの速さによってロフトや重さを調整しています。パッティングの距離感は、振り幅によってボールが何メートル転がるかを細かくチェックし、データに基づいた独自の計算を行って振り幅の数値を算出しています。

実際に私もハリソンの指導を受けましたが、自分の感覚と数値のズレがあり驚きました。デシャンボーは徹底的に感覚を排除し、自らをマシン化することで再現性を高めているからこそ、プレッシャーのかかるなかで難コースを制することができたのでしょう。

このような、科学や理論を前提としたデシャンボーの取り組みは、練習や経験で技術を磨いてきたゴルファーにはなかなか理解できないかもしれません。

あるトーナメントの練習グリーンで、ベテランのパット・ペレツ(米国)がデシャンボーの取り組みについて話を聞いていましたが、終始理解できないという表情を浮かべ、最終的には「クレイジーだ。そんなこと考えていたらプレーできない」と言い残して去っていきました。

ペレツの反応は当然のことだと思います。もはや、デシャンボーの取り組みや考え方は物理やバイオメカニクス(生体力学)などの学問レベルのため、理解できないのは無理もないからです。

しかしながら、最先端のゴルフティーチングを理解していれば、デシャンボーの取り組みは実に理にかなっていることがわかります。デシャンボーは欧米の大学研究者やトップゴルフコーチ並みの知識を持っているからこそ、異端児と言われるような取り組みができるのです。

吉田 洋一郎 ゴルフスイングコンサルタント

(※画像はイメージです/PIXTA)