1980年代以前の北朝鮮では、全国的に職場を通じた配給が行われていた。日々の食料品や生活必需品は、非常に安い価格で手に入れることができ、政府に歯向かわずおとなしく暮らしている限りは、贅沢はできなくとも、食べるのに困るような状態ではなかった。

そんな配給システムが崩壊してから30年ほど経った。今でもたまに配給が行われていることがあるせいか、北朝鮮の人々は、「もしかしたら何か良いものがもらえるのではないか」と配給に期待してしまう。

さて、今年の北朝鮮の農業だが、相変わらずの凶作という情報がある一方で、意外に悪くないとの情報もある。そのせいで、首都の平壌を中心に、「配給が正常化するのではないか」との噂が立っている。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

「今年中に農業大会が開催され、 来年から(食糧)配給制が正常化される」

こんな噂が各地で立っている。先月末には、最高人民会議でそれに関する議論がなされたとの噂も流れている。

ただ、両江道(リャンガンド)の情報筋は、こんなことを述べている。

「食糧難がどれほど深刻であっても、配給制に戻ることなど誰も望んでいない」

配給が得られなくなった庶民はもちろん、特別な配給の恩恵に預かっている幹部に至るまで、概ね考えは同じだという。その理由について情報筋は、職場への出勤正常化と市場の廃止を意味するからだと説明した。

「2019年に糧穀販売所を初めて設置して、職場に所属している人だけに1日あたり450グラム、1カ月分の食糧を割引販売して、その見返りに出勤を強いた」(情報筋)

北朝鮮の男性は、何らかの職場に必ず所属しなければならない法的な義務があるが、ほとんど給料が出ないため、生きていけない。そこで、上司にワイロを支払って出勤扱いにしてもらい、空いた時間で商売をして現金収入を得る。これを「8.3ジル」と呼ぶ。

当局は、このような行為をなくすために、糧穀販売所(国営米屋)を通じて、有償の配給を行ったものの、その見返りとして職場に出勤した上で長時間労働に苦しめられることになり、労働者からは不満が続出した。

このやり方は、より弱い立場にいる人たちのところにしわ寄せが行く結果を生んだ。

「個人の食糧販売を禁止して市場まで閉鎖した。職業のない社会保障者(生活保護受給者)と年老保障者(年金受給者)には1日230グラムの食糧だけを販売して、危うく集団餓死するところだった」(情報筋)

庶民にとって配給正常化はメリットがないが、無料でふんだんに食糧を受け取れるはずの幹部までそれを嫌うのはなぜか。

「自分たちに与えられる配給が嫌なのではなく、一般住民にまで配給を与えるのがいやなのだ。配給を与えるという口実で市場を閉鎖し、個人の商売をできなくすれば、自分たちが受け取るワイロがなくなるからだ」(情報筋)

別の情報筋は、最高人民会議で配給正常化に関する議論はされなかったとしつつも、 今月末に平壌で行われる内閣糧政イルクン(幹部)会議では、食糧問題や配給正常化に関する問題が議論される可能性が高いとも述べた。

その理由は、農業がうまくいったことにあるとするが、戦争予備物資を備蓄する倉庫に先に入れられるため、配給正常化は容易でないと見ている。

また、配給正常化が行われば社会的統制が強化されるため、不安を感じる住民が多く、上述のように、職場に属していなければ配給だけでは生活を維持できなくなるため、反発が非常に激しいとも伝えた。

北朝鮮映画「心に残る人」の一シーン。練炭の配給を受け取る女子学生。