日本人の平均寿命は男性が81歳、女性は87歳です。夫と年齢が近い場合、悲しいことに夫が先立つ可能性のほうが高いのが現状です。そのようななか、年金受給者は自分の死後、残された配偶者が受け取れる遺族年金額を前もって把握し、計画を立てておくことが重要になってきます。本記事では、長岡FP事務所代表の長岡理知氏が、Cさんの事例とともに、残される配偶者のために生前、備えておくべき5つの対策について解説します。

生活保護世帯のうち、半数以上は高齢者という実態

厚生労働省生活保護制度の現状について」(令和4年)によると、生活保護を受給している世帯数は約164万世帯。そのうち65歳以上の世帯は91.3万世帯と、56%を占めています。もはや生活保護制度は高齢者のものとなりつつあります。

しかし、潤沢な収入を持ち安定した生活をしている現役世代にとっては、「生活保護」「老後の困窮」と聞いても現実感はないでしょう。決して多くはないけれど一定額の老齢年金は見込めるし、貯蓄も資産運用もしていて退職金もある、自分は極端に貧困に陥ることはないだろうと思っているかもしれません。しかし現役時代に高所得を誇った人達でも生活保護に頼らざるをえない「ある状況」が存在します。

それは「夫亡きあとの高齢の妻」です。老後に夫が亡くなったあと、妻の生活がどうなるのか事例を交えて解説していこうと思います。

安泰の老後のはずだったのに…Aさん夫婦の事例

夫Aさん 68歳 元大手企業勤務 60歳で定年退職

妻Cさん 68歳 専業主婦

長女 42歳 既婚

次女 38歳 既婚

夫のAさんは大学卒業後22歳で大手企業に就職し、順調な会社員生活を送ってきました。60歳で退職する直前の年収は約800万円。子供2人を私立大学に進学させ大きく貯蓄は減りましたが、それでも1,200万円が残っています。そして退職金は2,500万円。退職直後の金融資産は3,700万円と潤沢でした。

自宅はAさんの実家を相続して住んでいるため、住宅ローンはありません。妻のCさんは一度も就職したことがないまま、23歳のときにAさんと見合い結婚をしました。夫のAさんが「一生苦労をさせません、一生働かなくてもいいようにします」とCさんの父親に誓い、その言葉どおりにCさんは一度も就職せず、アルバイトさえしたことがないまま専業主婦として生活してきました。

誰もが羨むような順調なリタイア生活のスタートを切ったはずの夫婦ですが、最初から前途が不安となる状態でした。夫の生活水準が現役時代とまったく変わらないのです。

妻に内緒で「投資詐欺」に騙され、1,000万円を失った夫

老齢年金を受給できるのは65歳からであるため、夫のAさんが再就職やアルバイトをしない限り、60歳から5年間は無収入となります。しかしAさんは働くつもりはありません。「いままでずっと会社員として耐えてきた」という思いが強く、60歳で解放されたという気持ちでいっぱいです。

先に定年退職した先輩や、定年間近の後輩を誘い出してゴルフコンペをしたり、飲み会を開いたり、若いころには乗れなかったクーペの乗用車を買ったりして、自由を満喫していました。会社員時代とはうってかわって活力のある表情となりました。

元気になるのはいいものの、問題はそのお金づかいです。現役のときとまったく変わらないどころか、それ以上に支出が増えてしまいました。ゴルフは頻繁、旅行、自宅書斎の贅沢なリフォームにも費やしたうえに、知人から誘われた「上場間近の未公開株」への投資詐欺に騙され、1,000万円を失うという大失態を犯してしまいます。

65歳になったときに残っていたのは約200万円。投資によっていまごろは億万長者のはずでしたが、実際には老齢年金が夫婦2人の合計で月あたり27万1,000円と200万円の普通預金だけです。これにはさすがのAさんも焦りを感じ始めました。

問題なのは妻にばれていないことです。妻のCさんはこれまでお金の管理を任されず、夫のAさんに委ねていました。夫の給料がいくらで、貯蓄がいくらあるかなどまったく知らないままだったのです。当然、金融資産を減らしたことも詐欺に騙されたことも知らされていません。

月あたり27万1,000円もあれば、節約すればなんとか生活していけるだろう……。世の中にはもっと年金が少ない人もいる……。夫のAさんはそう考え直したのですが、不運は重なるものです。

夫の死をきっかけに、一気に生活が困窮する妻

夫のAさんは66歳のときに肺がんに罹患。大学生のころからの喫煙習慣のせいかもしれません。すでに手術できない状態であり、その2年後に亡くなりました。

Aさんはインターネットで見かけた「医療保険は不要」「高額療養費制度で治療費は抑えられる」という言葉を安易に信じ、生命保険には一切加入していませんでした。そのため2年に渡る闘病生活で貯蓄の200万円の大半をは使い切ってしまったのです。

高額療養費制度は毎月の医療費の自己負担額を抑えるだけの制度であり、治療が長引けばその分支出は増えるのです。本来は医療保険で自己負担分をまかない、貯蓄を減らさないようにするべきでした。

Aさんが残した普通預金の残高は40万円。生命保険の証券を探しましたが1枚も見当たりません。このわずか40万円で葬儀を行う必要があったため、葬儀店に相談すると「通夜・告別式を行わない火葬だけのプラン」を勧められました。弔問客を誰も呼ばず、妻のCさんと娘2人の3人だけで二晩を過ごし、宗教者を呼んで火葬するというだけの簡素なものです。

娘2人がそれを聞き、「寂しいお葬式だね……」と口を揃えていいます。Aさんの友人たちに知らせると葬儀の日程を質問されるため、亡くなったことすら秘密にせざるをえませんでした。来てもらっても葬儀はなく返礼品も用意できないのです。墓地の永代使用権の購入もしておらず、墓もありません。やむを得ずAさんの両親が眠るお墓に埋葬しました。

問題なのはその後の妻Cさんの生活です。この貯蓄ゼロの状態で老後を生きていくことは可能なのでしょうか。

妻の今後の収入は「生活保護」と同水準

妻Cさんの今後の収入は公的年金のみです。月あたりの内訳は次のとおりです。

老齢基礎年金 6万4,000円

遺族厚生年金 6万円 

月あたり 約12万4,000円

※遺族厚生年金は一生受給できる

毎月約12万円の収入で生活していくことは可能でしょうか。この金額は生活保護の生活扶助+住宅扶助の合計と同水準です。最低限の生活として想定されている生活費だということです。実際には妻のCさんにとっては生活費以外の支出が多く想定されています。

娘2人に付き添われ、ファイナンシャルプランナー事務所で今後の収支をシミュレーションしてみました。

頼みの綱「自宅」も、旗竿地で売却は困難

夫の実家でもあった自宅は築50年であり、屋根外壁の修繕、防蟻処理、頻繁な水回りの修繕、固定資産税、火災保険などの維持費がかかります。この自宅を売却し、サービス付き高齢者向け住宅に引っ越すことを検討しましたが、自宅の立地に問題があり売却はほぼ不可能だとわかりました。

自宅の敷地は旗竿地であり、接道している部分の幅が約1.5mしかありません。この土地を誰かが買っても建物を建築する許可はおりません。考えられるのは通路部分に接した向かいの家に購入してもらうことですが、住人はすでに高齢者で相続人もいなく、土地を広げるつもりはないとのことで断られてしまいました。

老後資金のために自宅を活用した「リースバック」「リバースモーゲージ」の制度もありますが、この敷地では対象外となります。

Cさんがあと20年この建物に住めるかどうかも不安です。台風などで損壊したときのために安い火災共済には加入していますが、時価での保障であるため、新しい家を再建できるほどの保険金はありません。そうなると、Cさんは住みかを失ってしまいます。

自宅の維持費以外にも、自動車の維持と買替え、墓の管理費、Cさん自身の入院保険、町内会費、日々の病院通院費、そして将来的に介護費用が待ち構えています。コロナ禍以降の物価上昇も問題です。

夫のAさんが厚生年金に加入していたため、遺族厚生年金が生涯もらえるのは恵まれています。しかし、基礎年金と遺族厚生年金だけでは、妻のCさんの生活の成立は厳しいものとなりそうです。

話し合いの結果、長女が自宅の税金や火災保険、修繕などの維持費を引き受けてくれることになりました。次女は夫が経営していたカフェがコロナ禍で廃業してしまったため、母親を支援することは現時点で難しいということに。

妻Cさんが亡くなったあとで売却が困難な自宅敷地をどうするのかは、いまから時間をかけて対策を考えていくことになりました。

数年前までは潤沢な金融資産があり、夫がゴルフ三昧で遊んでいたことを想うと、妻の困窮ぶりは別世界のように感じます。ですが、もし夫が浪費せず、詐欺被害に遭っていなかったら妻は安泰だったのかというと、必ずしもそうは言い切れません。特に専業主婦を続けてきた妻の場合、自身の年金は基礎年金のみであるため遺族厚生年金と合わせても非常に心許なくなります。

夫が亡くなったあと、妻には金融資産をいくら残すべきなのか計算しておくべきです。それが金融資産で叶わないのであれば生命保険を残すほかありません。しかし高齢となってからは掛け金が高く加入は容易ではありません。なるべく若いうちに、妻が1人で残されることを想定して事前に対策を取っておく必要があります。

残される妻のために…生前に備えておくべき5つの対策

老後に妻が1人残された場合に備えて、どのような対策を取っておくべきでしょうか。5つのポイントを解説していきます。

1.住まいの維持費・生活費

上記の妻Cさんのように資産価値のない自宅を所有する場合、その維持費を事前に用意しておく必要があります。屋根外壁のメンテナンス費用、設備の交換費用、火災保険料などを予算化し、定年退職時に現金で確保しておくと安心です。

また、妻の老齢年金の受給額と遺族年金の受給額をシミュレーションしておき、不足する生活費×余命年数で計算し、現金で確保することも重要です。

2.葬儀費用、墓地

家族葬が増えている現状ですが、それでも通夜・告別式を行い、ホールを借りるとなると一般的に150万円~200万円の費用がかかります。

葬儀社によっては「直葬プラン」というコースを用意していますが、葬儀などは行わず遺体の安置と火葬だけで宗教者は来ないという、遺族にとっては寂しさと後悔が残りかねない内容です。葬儀費用は遺族が用意するのではなく、自分で残しておくほうがいいでしょう。

また、葬儀のあり方の希望も明確に残しておくべきです。墓地は地域によっては非常に高額で、抽選方式になっていることもめずらしくありません。早めに確保し墓石を設置しておくことも重要です。永代使用料や墓石を含めると総額200万円程度かかります。

3.医療費

ガンをはじめとした大病をすることもありえます。高額療養費制度で自己負担額を抑えることはできますが、その自己負担が数年間におよぶ場合、老後の家計に少なからずダメージがあります。

「貯蓄を用意しておけばいい」という意見も多くありますが、亡くなったあとで妻に残せるキャッシュが減るということでもあります。医療保険、がん保険、三大疾病保険などを用意して貯蓄からの手出しが少なくなるようにしておきましょう。

一方で掛け金は加入年齢が高いと高額になります。なるべく若いうちに、一生払っていけるような安価な保険を比較検討して加入したいものです。

4.死亡保険

死亡保険は文字通り、亡くなったあとで現金を保険金として受け取れる保険です。貯蓄として現金で確保できない費用は、死亡保険で残しておくと安心です。死亡保険は数日で現金が振り込まれるため、住まいの維持、妻の生活費、葬儀費用など幅広く対応できます。貯蓄を用意していてもなんらかの事情で目減りすることもありえるため、死亡保険も同時に用意しておくことで万全になります。

5.妻の医療費、介護費用

妻もまた、大病や介護状態となる可能性があります。配偶者が亡くなり、1人となった状態での闘病は精神面でも経済面でも厳しいものとなります。せめてお金には苦労しないよう、医療保険や民間の介護保険、貯蓄によって費用を確保しておくと安心です。

このように「夫亡きあとの妻の人生」への備えは、保険+貯蓄での対策が現実的です。保険は若いうちに一生を見据えて加入しておくこと、貯蓄は普通預金だけではなくNISAなどを活用して長期的に資産運用をして増やしておく対策が重要です。

夫にとって「自分の老後」「自分と妻の老後」を想像するのは楽しいものですが、自分が亡くなって妻が1人残されたときのことを考えるのは辛いものです。しかしこれも人生における夫の責任の1つと思い、早めの着手をおすすめします。

長岡 理知

長岡FP事務所

代表FP

(※写真はイメージです/PIXTA)