父から贈与を受けた/受けていないで訴訟になったX氏。裁判によって贈与そのものが失くなる可能性があったため、贈与税の申告は後回しにしていました。裁判の結果としては、父からの贈与を受けた、という判断に。あとから贈与税の申告をしますが、事態は思わぬ方向へ……。本記事では、X氏の事例を取り上げ、贈与税の「期限後申告」が認められないケースについて、税理士の伊藤俊一氏による著書『税務署を納得させるエビデンス 決定的証拠の集め方』シリーズ(ぎょうせい)より、同氏が解説します。

贈与をめぐる裁判…「贈与税の期限後申告」は不利に働く?

Q

贈与の当事者間でその贈与の効力が裁判で争われていた場合に、当該受贈者が当該受贈財産を課税財産に含めずに贈与税の申告をし、又は、贈与税の期限内申告書を提出しなかったことについて「正当な理由」の有無を判断する当局のエビデンスについての考え方を教えてください。

A

当局の情報では「調査においては、贈与の前後における当該贈与財産の管理及び運用の状況、当該受贈財産から生じる利益の受領状況等を確認することはもちろん、別件の訴訟における納税者の主張及びその証拠がどのようなものであるかを確認することも重要である。」とあります。これらに係る証拠力が高いと認定されうる証拠を検証します。

判決によっては贈与自体が無効になる可能性も…申告は後回しに

【解説】

○調査に生かす判決情報~判決(判決速報No.1500【贈与税】)の紹介~判決言渡日、令和元年7月3日、判決結果、国側勝訴(相手側が上告受理申立てしたため未確定)

《事例のポイント》

加算税を賦課しない「正当な理由」があると認められる場合とは?

~別件の訴訟で贈与の効力が争われていたケース~

事例の概要:子「父から株式もらった!」→父「あげていない」で訴訟に…

1 X(納税者)は、平成26年9月にA(Xの父)から甲会社(非上場会社)の株式の贈与(以下「本件贈与」という。)を受けたが、Aは、同年12月、本件贈与はしていないなどと主張して、Aが当該株式の株主であることの確認を求める訴訟(以下「別件訴訟」という。)を東京地方裁判所に提起した。

2 東京地方裁判所は、平成28年2月、本件贈与が有効に成立したと認定し、Aの請求を棄却する判決を言い渡した(確定)。

3 Xは、平成28年6月に本件贈与について平成26年分の贈与税の期限後申告をした。

4 Y(課税庁)は、Xに対して平成26年分の贈与税に係る無申告加算税(5%)の賦課決定処分をした。

5 Xは、法廷申告期限内に申告をしなかったのは、本件贈与の有効性が裁判で争われていた等の事情によるものであるから国税通則法(以下「通則法」という。)66条1項ただし書に規定する「正当な理由があると認められる場合」に当たると主張して、上記4の処分の取消しを求めて本訴を提起した。

Xの思考:

贈与が無効になるかもしれないし裁判が終わるまで申告しなくてもいいか……

事例の争点

Xが法定申告期限内に贈与税の申告書を提出しなかったことについて、通則法66条1項ただし書に規定する「正当な理由があると認められる場合」に当たるか否か。

当事者の主張

■納税者側の主張

本件贈与は、別件訴訟においてAから実質的に撤回が主張されるなどして、その効力が争われたため、贈与の効力が未確定の状態にあったことから、Xには、期限内申告書の提出がなかったことについて「正当な理由がある」と認められる。

贈与は、無効や取消しがあり得るから、その法的効果は不確定なものであり、訴訟において贈与の無効が主張されることで不確定性が高まるところ、本件では、贈与者たる父(A)から受贈者たる子(X)に対して贈与の無効を主張した訴訟が提起されたこと自体が「真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情」に該当する。

主な証拠(根拠):別件訴訟の判決書

■国側の主張

本件贈与は、別件訴訟によって必ずしも、その事実が否定されるものであったとはいえず、当該可能性があったというにとどまるものである。

また、Xは、本件贈与があった日(平成26年9月)に甲会社の代表者の異動があったとする異動届書を提出するとともに、別件訴訟が提起された日の前後において開催された臨時株主総会において、本件贈与に係る株式の議決権を行使し、役員の改選等をしている。これら一連のXの行為は、本件贈与が有効であることを当然の前提として行われたものである。(※下線筆者)

さらに、Xは、別件訴訟において本件贈与は有効である旨主張していたのであって、法定申告期限において、本件贈与は有効であると認識していたことは明らかである。(※下線筆者)

以上からすれば、本件贈与により、Xの贈与税に係る納税義務が成立し、Xは本件贈与が有効であることを認識していたものである上、仮に、別件訴訟において本件贈与の成立が否定されたとしても更正の請求をすることができたことからすれば、「真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情」があったとは認められない。

主な証拠(根拠):甲会社の履歴事項全部証明・異動届出書

裁判所の判断

1 「正当な理由があると認められる場合」の意義

本判決では、通則法66条1項ただし書きに規定する「正当な理由があると認められる場合」の意義について以下のとおり判示した。

通則法66条が定める無申告加算税は、申告納税方式による国税に関して、法定申告期限を遵守して申告をした者とこれをしなかった者との間に生ずる不公平を是正するとともに、申告義務違反の発生を防止し、適正な申告納税の実現を図り、もって納税の実を挙げようとする行政上の措置と解される。

かかる無申告加算税の趣旨に照らせば、期限内申告書の提出がなかったとしても例外的に無申告加算税が課されていない場合として通則法66条1項ただし書が定めた「正当な理由があると認められる場合」とは、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、上記のような無申告加算税の趣旨に照らしても、なお、納税者に無申告加算税を賦課すること不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当である。(過少申告加算税に関する判例であるが、最高裁平成18年4月20日第一小法廷判決)。

2 裁判所の判断

本判決は、「正当な理由があると認められる場合」を上記1のとおり解した上で、本件において当該規範が当てはまるか否かについて、次頁のとおり判断している。

「正当な理由があると認められる場合」に該当しなかったワケ

1 XはAから本件贈与をしたことはないなどと主張され、別件訴訟を提起されたというにとどまるのであり、全証拠を精査しても、本件贈与が無効であるか又は有効である可能性が小さいことを客観的に裏付けるに足りる事実はうかがわれない。

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かえって、次のことが認められる。

①Xは、別件訴訟で本件贈与が有効に成立していると主張して争っていたこと。

②Xは、平成26年12月及び平成27年3月(別件訴訟が提起された日の前後)開催の臨時株主総会において、本件贈与に係る株式の議決権を行使していたこと。

③別件訴訟におけるAの主張を理由に、Xが甲会社から本件贈与に係る株式譲渡の名義書換請求を拒絶され、又は、本件贈与に係る株式の議決権の行使を拒絶されたなどの事実はうかがわれないこと。(※下線筆者)

2 贈与の効力が訴訟で争われている場合であっても、ひとまず贈与税の申告書を提出し、後に判決において贈与が無効とされた場合には更生の請求をすることが可能であった。

(通則法23①及び相続税法32②、通則法23②一、相続税32①六及び相続税法施工令8②一)

裁判所の評価

別件訴訟において本件贈与の撤回が実質的に主張されるなどしたことによって、本件贈与の効力が未確定の状態にあると判断し、法廷申告期限内に申告書を提出しなかったXには落ち度があるといわざるを得ない。

裁判所の判断

Xの主張によっても、Xが平成26年分の贈与税の期限内申告書の提出をしなかったことについて、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、無申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に無申告加算税を賦課することが不当又は酷になるものとまでは認められない。

国税訟務官室からのコメント

1 期限内申告書の提出がなかったことの「正当な理由」と主張立証責任について

通則法66条1項ただし書きに規定する「正当な理由」とは、期限内に申告書を提出しなかったことについて真にやむを得ない事由がある場合というものと解され、本判決も、「真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、(中略)納税者に無申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当である」としている。

なお、無申告加算税は、納税者が法定申告期限内に申告書を提出しない場合に原則として課されるものであり、「正当な理由」が存在すると認められる場合、例外的に無申告加算税を課さないとするための要件であるから、加算税を免れようとする納税義務者の側にそれが存在することの主張立証責任があると解されている※1

2 本件贈与の状況について

本件贈与は、平成26年9月の甲会社の株主総会に続く席上において、Aから甲会社株式をXに贈与することの意思表示がされ、これを受けるXの意思が合致したことにより、贈与契約が成立したものである。

なお、甲会社は株券発行会社であるが、設立当初から株券を発行していなかったことから、AからXへの株式の贈与は、意思表示のみで効力が生じたものである(Xは、別件訴訟において、これらの事実等を根拠に本件贈与は有効に成立していると主張して争っていた。)。

3 裁判所の判断ポイント

裁判所は、本件におけるXの主張は、結局のところ、贈与者であるAから贈与の不存在を理由に別件訴訟を提起されたというにすぎないものであり、「本件贈与が無効であるか又は有効である可能性が小さいこと」を「客観的に裏付けるに足りる事実」はないと認定した(前記「裁判所の認定判断」の1)(※下線筆者)

さらに、ひとまず贈与税の申告書を提出し、後に判決において本件贈与が無効とされた場合には更正の請求をすることが可能であったこと(前記「裁判所の認定判断」の2)を併せ考慮すれば、「別件訴訟において本件贈与の撤回が実質的に主張されるなどしたことによって本件贈与の効力が未確定の状態にあると判断したXには落ち度がある」と評価したものである。

4 参考裁判例について

相続税の過少申告加算税に関する判例ではあるが、最高裁平成11年6月10日第一小法廷判決は、ある財産が相続税の賦課財産に属する可能性がないわけではないが、その可能性が小さいなど具体的な事情によっては、これを期限内申告に含めなかったことについて「正当な理由」が認められる余地もあるとの考え方に立ち、その要件を次のとおり判示している。

相続財産に属する特定の財産の計算の基礎としない相続税の期限内申告書が提出された後に当該財産を計算の基礎とする修正申告書が提出された場合において、当該財産が相続財産に属さないか又は属する可能性が小さいことを客観的に裏付けるに足りる事実を認識して期限内申告書を提出したことを納税者が主張立証したときは、国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があるものとして、同項の規定が適用されるものと解すべきである。

本判決では、当該最高裁判決が示した「正当な理由」が認められるための要件について、「当該財産が相続財産に属さないか又は属する可能性が小さいこと」の部分を「本件贈与が無効であるか又は有効である可能性が小さいこと」に置き換えた上で、本件において、これに対応する「客観的に裏付けるに足りる事実」が存在したか否かを判断したものと考えられる※2

なお、当該最高裁判決では、どの程度の具体的な主張立証がなされれば、「相続財産に属する可能性が小さい」となるかは、直接判示されていない。しかし、同判決は、①相続開始時点において相続財産である不動産に登記が会社名義に移転されており、既に被相続人名義ではなくなっていたこと及び②相続人らは期限内申告に際して、遺言書に当該不動産の記載はあるが係争中であり相続財産に属することが明らかになった時点で申告する旨を税務職員に告げていたことなど、当該事件において相続人らが主張したこれらの事実のみでは「正当な理由」があったとするには足りないと判断していることから、「正当な理由」が肯定される例は、かなり減点されるものと思われる※3(※下線筆者)

5 最後に

贈与の当事者間でその贈与の効力が裁判で争われていた場合に、当該受贈者が当該受贈財産を課税財産に含めずに贈与税の申告をし、または、贈与税の期限内申告書を提出しなかったことについて「正当な理由」の有無を判断するにあたっては、本判決が判示した、「贈与が無効であるか又は有効である可能性が小さいことを客観的に裏付ける事実」が存在したか否かを検討する必要があり、その上で、「真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、無申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に無申告加算税を賦課することが不当又は酷になるもの」であったかを判断すべき(※下線筆者)である。

したがって、調査においては、贈与の前後における当該贈与財産の管理及び運用の状況、当該受贈財産から生じる利益の受領状況等を確認することはもちろん、別件の訴訟における納税者の主張及びその証拠がどのようなものであるかを確認することも重要(※下線筆者)である。

なお、別件の訴訟における事件記録については、照会文書作成システムから「民事事件記録閲覧(謄写)申請書」を作成して裁判所に申請すれば、申請から閲覧まで2週間程度かかるものの各裁判所で閲覧及び謄写が可能(※下線筆者)である。

「別件訴訟」と「贈与税未納」という行動の矛盾

「なお、当該最高裁判決では、どの程度の具体的な主張立証がなされれば、「相続財産に属する可能性が小さい」となるかは、直接判示されていない。」とあることから事実認定に着地します。このとき、

①(筆者番号付す)贈与の前後における当該贈与財産の管理及び運用の状況

②(筆者番号付す)当該受贈財産から生じる利益の受領状況等を確認することはもちろん

③(筆者番号付す)別件の訴訟における納税者の主張及びその証拠」の確認の重要性

が問われています。

①、②については先述において詳細検討済です。③について、別件訴訟で納税者が贈与があったと主張している、すなわち当事者では贈与の意思の合致があったと主張しているにもかかわらず、では、判決が確定するまでは当該主張が通るか分からないので申告しない、では矛盾しているといえます。原則に従いいったん申告、別件訴訟の結果次第で更正の請求、修正申告をするのが無難です。

この場合、③まで当局は確認するため、③での証拠(判決未確定)が逆に納税者主張が通らない要因になりえます。③がある場合、原則通りの申告をすべきか(又はしないものか)との一貫性がなければならないことになり、証拠としての別件訴訟資料は当該一貫性に従っているかを確認することになります。

******************参考******************

※1 神戸地裁平成5年3月29日判決(なお、同判決は、その控訴審である大阪高裁平成5年11月19日判決により維持され確定している)。

※2 本判決の第一審では、上記最高判決を参照し、Xが本件贈与は有効であると「認識」していたと判断してXの請求を棄却していたが、本判決は、第一審の当該部分を引用していない。

※3 判例タイムズ1010号233頁。

伊藤 俊一

税理士

(※写真はイメージです/PIXTA)