学生運動の嵐が終わりを告げた頃、自分が打ち込めることを見つけられずにいた青年・北野武林遣都)は昭和47(1972)年に浅草にやってきた。フランス座で働き始めた武は、芸人・深見千三郎(山本耕史)に弟子入りすることに。ストリップ劇場であると同時に演芸場でもあったこの劇場で、武は先輩芸人の高山三太(松下優也)、兼子二郎(今野浩喜)、後輩のマーキー(稲葉友)、作家志望の井上(森永悠希)らに出会う。そしてある時はストリップの裏方、またある時は深見と共にコント出演をするのだったが……。

その後「ビートたけし」としてお笑いの世界を席巻、さらには俳優・映画監督としてもその名を轟かせる、北野武の自伝的青春小説『浅草キッド』。これまでドラマ化・映画化はされてきたが、今回初めて舞台化された。しかも「音楽劇」としたことで、色鮮やかな70年代ファッションと共に“あの頃の浅草”を楽しむエンタテインメント性を備えたステージとなった。

そこで、確かな技量を見せるアンサンブルと共に歌・ダンスを牽引しているのが、松下優也と紺野まひる。これまでのキャリアに裏打ちされたパフォーマンスは、観客の目を釘付けにする。もちろん芝居面でも、松下は少し尊大で武たちにとっては嫌な立ち回り方もすることになる高山を、それだけではない深みのある人物として表現。深見の妻・亜矢を演じる紺野も、艶やかで芯が強く、しかしもろさもある魅力的な女性がそこに生きていると感じさせた。

林遣都が演じる武と行動を共にする場面の多いマーキー役の稲葉友、井上役の森永悠希は、青春物語そのものの輝きを見せる。劇場であたふたと仕事をし、居酒屋で盛り上がり、同じ安アパートに暮らし、まだ何もなしとげられずにいる鬱屈を抱える彼ら。和気あいあいとした様子がほほ笑ましいだけに、彼らの道が分かれてからの表情が切ない。

武は、兼子とコンビを組んで漫才を始める。のちに「ビートきよし」となる兼子役の今野浩喜も、深見・高山と共に演じるコント、武と共に披露する漫才と、自身のお笑い芸人としての本領も発揮しつつ、よい塩梅の芝居を見せる。

徐々に武に光があたり始める一方、周囲の人々の影は濃くなっていく。それを担っていたのが、マーキー、兼子、そして深見だろう。中でも悲劇的な経緯をたどるマーキーは、稲葉の陰影のある表現、痛々しい叫びが印象に残った。兼子も、コンビの相方でありながら武だけにスポットがあたっていることに気づいた時の表情が絶妙で、見る側もつらい。

そして、この作品の要は深見だ。彼のそれまでの道程を見せるシーンは、まさに“山本耕史オンステージ”。ゲネプロに先立っての取材会でも山本は「衣裳チェンジが多い」とコメントしていたが、それも納得。武にとって唯一無二の師匠である深見の存在の大きさ、深見=山本のすごさを見せつけた。深見の最後の姿に至るまで圧巻で、「耕史さんの深見師匠は武さん(本人)に見てもらいたい」という林の言葉には頷くほかない。

そうした人々に囲まれて、自分の進むべき道を求め、迷い、やがて光のあたる場所に行く武。1年以上前からレッスンを受けていたというタップダンスも、深見に初めて手本を見せられた時のぎこちなさから、何度も繰り返し練習し、やがて深見と並んでタップを踏む、その過程がまさに武の芸人としての歩みに重なる。林はそうした武の姿を、全身全霊をもって表現してみせた。林でなければ、この『浅草キッド』の武はなかっただろう。

北野武、深見千三郎、そして当時の浅草へのリスペクトが感じられるステージは、明治座にて10月22日(日)まで。その後、大阪・愛知公演あり。

音楽劇『浅草キッド』取材会より、前列左から)松下優也林遣都山本耕史 後列左から)紺野まひる森永悠希、今野浩喜、稲葉友、あめくみちこ

林遣都さん×山本耕史さんと演出の福原充則さんの鼎談はコチラ

取材・文・撮影:金井まゆみ

<公演情報>
音楽劇『浅草キッド

原作:ビートたけし
脚本・演出:福原充則
音楽・音楽監督:益田トッシュ
出演:林遣都 松下優也 今野浩喜 稲葉友 森永悠希 紺野まひる あめくみちこ /山本耕史 ほか

【東京公演】
2023年10月8日(日)~22日(日)
会場:明治座

【大阪公演】
2023年10月30日(月)~11月5日(日)
会場:新歌舞伎座

名古屋公演】
2023年11月25日(土)・26日(日)
会場:愛知県芸術劇場 大ホール

チケット情報
https://w.pia.jp/t/asakusakid/

公式サイト
https://www.ktv.jp/asakusakid/

音楽劇『浅草キッド』より、北野武役の林遣都