9月短観では、大企業製造業・非製造業ともに景況感の改善が示されました。しかしながら中小企業の景況感は横ばい圏に留まり、大企業との格差が際立つ結果に。このような景況感の変化にはどのような背景があるのでしょうか。本稿ではニッセイ基礎研究所の上野剛志氏が、9月短観をもとに、景況感の見通しについて分析します。

1.全体評価:景況感は大企業で改善、設備投資は堅調維持、価格転嫁はやや鈍化

日銀短観9月調査では、大企業製造業・非製造業ともに景況感の改善が示された。製造業では供給制約の緩和や円安進行による輸出採算の改善などが追い風となり、2期連続で景況感が改善し、底入れが鮮明となった。

また、大企業非製造業では、引き続き、経済活動正常化に伴うサービス需要やインバウンド需要の回復を受けて6四半期連続となる景況感改善が示された。ただし、中小企業の景況感は横ばい圏に留まったため、大企業中小企業で回復の格差が際立つ結果になった。

ちなみに、前回6月調査1では、供給制約の緩和や原燃料高の一服などを受けて、大企業製造業の景況感が7四半期ぶりに底入れしていた。また、非製造業では、新型コロナの5類への移行等を受けて経済活動再開の流れが続いたことで景況感の改善が続いていた。

今回調査では、引き続き自動車領域での供給制約の緩和や円安進行に伴う輸出採算の改善、原材料高の一服といった好材料を受けて、大企業製造業の景況感が改善した。中国経済の回復の遅れや長引く半導体市場の低迷が抑制要因となったものの、好材料の影響が上回った。

大企業非製造業については、物価上昇による消費の抑制や人手不足感が景況感の重石になったと見られるが、引き続き、経済活動正常化に伴うサービス需要やインバウンド需要の回復を受けて、景況感の改善基調が維持された。

中小企業の業況判断DIについては、製造業が▲6と前回から横ばい、非製造業が12と前回から1ポイントの上昇に留まった。後述の通り、中小企業では仕入れ価格上昇の販売価格への転嫁が遅れている。また、製造業では輸出割合が低い関係で大企業よりも円安の好影響を受けにくい点も回復の遅れに繋がったと考えられる。

先行きの景況感については、製造業が小幅な上昇、非製造業が明確な下落を示しており、総じて先行きに対する慎重な姿勢がうかがわれる。製造業では、最近のさらなる円安進行による輸出採算の改善期待が追い風になったものの、利上げに伴う欧米経済の悪化や中国経済の回復の遅れ、足元の原油高・円安進行による原材料価格の再上昇などへの警戒感が重石になったとみられる。

また、非製造業では、物価上昇に伴う国内消費の腰折れや人手不足の深刻化、原材料価格の再上昇などへの警戒感が台頭したと見られ、先行きに対する慎重な見方が示された。

なお、事前の市場予想との対比では、注目度の高い大企業製造業については、足元の景況感(QUICK集計予測値6、当社予想も6)、先行きの景況感(QUICK集計予測値6、当社予想は5)ともに市場予想を上回った。

大企業非製造業についても、足元の景況感は市場予想(QUICK集計24、当社予想は25)を上回ったものの、先行きの景況感は市場予想(QUICK集計22、当社予想は21)を若干下回っている。


1 前回6月調査の基準日は6月13日、今回9月調査の基準日は9月12日(基準日までに約7割が回答するとされる)。

金融政策自体は「当面現状維持」が続くと予想されるワケ

2023年度の設備投資計画(全規模全産業)は前年比13.0%増となり、前回6月調査(11.8%増)からやや上方修正された。前回調査からの上方修正幅は1.2%ポイントで例年2並みとなっている。

例年9月調査では年度計画が固まってきて投資額が上乗せされる傾向が強いうえ、資材価格や人件費の上昇を受けて、投資額が嵩みやすくなっている面も押し上げ材料になったとみられる3

ただし、実態としても、既往の収益回復を受けた投資余力の改善、経済活動の正常化の流れ継続、脱炭素・DX・省力化・サプライチェーンの再構築等に伴う投資需要を追い風として、堅調な設備投資計画が維持されていると言えるだろう。

注目された販売価格判断DI(大企業)については、仕入価格の上昇鈍化を受けて、総じて足元で販売価格への転嫁の勢いがやや和らいでいる。

先行きも大企業では仕入価格上昇の勢いが和らぎ、販売価格の上昇圧力も後退することが想定されている。一方、中小企業ではこれまで仕入価格上昇の販売価格への転嫁が遅れ、マージンが圧迫されてきた影響とみられるが、販売価格引き上げの勢いを維持する方針が示されている。

なお、価格判断と関連して、企業の物価見通し(全規模)は引き続き高止まりしており、各期間ともに日銀の物価目標である2%を上回った状況が維持されている。実際の物価上昇率が未だ2%を大きく上回る水準で推移していることが作用しているとみられ、今後の企業の価格・賃金設定への影響が注目される。

日銀は今のところ、「賃金の上昇を伴うかたちでの2%の物価安定の目標の持続的・安定的な実現を見通せる状況には至っていない」との判断のもと、その実現可能性を慎重に見定める基本方針を維持している。

今回の短観では、大企業景況感の改善や堅調な設備投資計画、予想物価上昇率の高止まりが示されており、これらの点は、日銀による正常化方向へのさらなる政策修正を正当化する材料になり得る。一方で、中小企業の景況感回復の遅れや、海外経済の下振れ懸念等を反映したものとみられる先行きにかけての慎重な景況感は日銀にとって警戒すべき材料になるだろう。

先月上旬に報道された植田総裁のインタビューを発端として、市場では早期のマイナス金利解除観測が台頭しているが、筆者は正常化に向けたさらなる政策修正にはまだ時間がかかると見ている。

日銀は7月末の金融政策決定会合においてYCCの柔軟化(長期金利の許容上限を最大1%に引き上げる内容)を決定したばかりであり、しばらくはその影響を見定める時間帯と考えている可能性が高い。

また、物価目標達成判断の大きなカギになる賃金上昇の持続性については、やはり来春闘の情勢を見定める必要があり、まだかなりの時間がかかるはずだ。

今後の海外経済や価格転嫁の動きや影響も不透明で見極めに時間を要する。従って、円安抑制を暗に意図したフォワードガイダンスの部分的な修正や国債買入れの縮小といった措置の実施は否定しないものの、金融政策自体は当面現状維持が続くと予想している。


2 2013~22年度における9月調査での修正幅は平均で+1.2%ポイント

3 GDP統計における設備投資デフレーター(四半期次)は2021年終盤以降、前年比3~4%台で推移。

2.業況判断DI:大企業製造業・非製造業ともに改善も、先行きは慎重

全規模全産業の業況判断DIは10(前回比2ポイント上昇)、先行きは8(現状比2ポイント下落)となった。大企業について、製造・非製造業別の状況は以下のとおり。

大企業

大企業製造業の業況判断DIは9と前回調査から4ポイント上昇した。業種別では、全16業種中、上昇が9業種と下落の5業種をやや上回った(横ばいが2業種)。

円安に加え半導体不足など供給制約の緩和を受けた自動車(10ポイント改善)のほか、原材料高一服を受けて、紙・パルプ(18ポイント上昇)、木材・木製品(21ポイント上昇)、窯業・土石(18ポイント上昇)、食料品(10ポイント上昇)などの上昇が目立つ。一方、中国経済の減速や世界的な半導体市場低迷を受けて、はん用機械(7ポイント下落)、生産用機械(6ポイント下落)、電気機械(4ポイント下落)などでは下落した。

先行きについては上昇が9業種と下落の7業種を上回り、全体では1ポイントの上昇となった。

半導体市場の底入れ期待を反映したとみられる電気機械(8ポイント上昇)、生産用機械(5ポイント上昇)のほか、最近の原油価格上昇が在庫評価益に繋がる石油・石炭(13ポイント上昇)などでの上昇が目立つ。

一方、住宅着工の減少が響く木材・木製品(27ポイント下落)、値上げの悪影響が懸念される食料品(8ポイント下落)、海外経済減速の影響を受けやすい自動車(4ポイント下落)などが下落した。

大企業非製造業の業況判断DIは前回から4ポイント上昇の27となった。業種別では、全12業種中、上昇が8業種と下落の3業種を上回った(横ばいが1業種)。

規制料金の値上げと原料価格下落が追い風となった電気・ガス(36ポイント上昇)の上昇が突出しているほか、インバウンドの回復や経済活動再開の追い風を受けた宿泊・飲食サービス(8ポイント上昇)、小売り(7ポイント上昇)の上昇も目立つ。

一方、対個人サービス(4ポイント下落)、情報サービス(3ポイント下落)などが弱含んだ。

先行きについては、下落が9業種と上昇の3業種を大きく上回り、全体では6ポイントの下落となった。

資材価格高止まりや人手不足懸念を受けたとみられる建設(2ポイント下落)、不動産(9ポイント下落)のほか、足元で上昇が目立った小売(6ポイント下落)、宿泊・飲食サービス(3ポイント下落)などでも下落しており、物価高による消費下振れ懸念を反映しているとみられる。

3.需給・価格判断:海外需給が緩和、中小の値上げ圧力は高止まりへ

(需給判断:海外で需給が緩和、先行きは小動き)

国内製商品・サービス需給判断DI(需要超過-供給超過)は、大企業製造業で前回から横ばい、非製造業で1ポイント上昇と小動きに。

一方、大企業製造業の海外需給判断DIは4ポイント低下している。中国をはじめとする海外経済の回復の遅れが背景にあるとみられる。

先行きの需給については、製造業、非製造業の国内需給がそれぞれ2ポイント上昇、横ばいとなっており、需給の大幅な変化は想定されていない。

また、製造業の海外需給も2ポイントの上昇に留まっている。利上げに伴う欧米需要の悪化や中国経済の減速、国内での値上げの悪影響などへの懸念が抑制要因になっているとみられる。

(価格判断:販売価格の上昇圧力は鈍化方向だが、中小企業は高止まりへ)

大企業製造業の仕入価格判断DI(上昇-下落)は前回から4ポイント低下の48、非製造業は1ポイント低下の43となった。依然としてDIの水準は高いものの、輸入物価の前年割れを受けて、仕入価格の上昇圧力は後退している。

また、販売価格判断DIは製造業で2ポイント低下の32、非製造業では1ポイント低下の27となった。仕入価格の上昇圧力がやや後退したことを受けて販売価格引き上げの動きもやや鈍化している。

製造業では、仕入価格判断DIの下落幅が販売価格判断DIの下落幅をやや上回った結果、差し引きであるマージン(採算)は足元でやや改善している。

仕入価格判断DIの3か月後の先行きは大企業製造業で6ポイント、非製造業で1ポイントの低下が見込まれている。既往の輸入物価下落の波及が見込まれているとみられる。

また、販売価格判断DIの3ヵ月後の先行きは、大企業製造業で6ポイントの低下、非製造業で1ポイントの低下となっている。製造業・非製造業ともに仕入価格の上昇圧力が和らぐ分、販売価格の上昇圧力も和らぐ見通しとなっている。

ただし、中小企業の様相はやや異なる。仕入価格判断DIの先行きが製造業で4ポイント、非製造業で2ポイント低下している一方で、販売価格判断DIの先行きは製造業で横ばい、非製造業で2ポイント上昇することが見込まれている。

中小企業ではこれまで仕入価格上昇の販売価格への転嫁が遅れ、マージンが圧迫されてきた影響とみられるが、販売価格引き上げの勢いを維持する方針が示されている。

なお、価格判断と関連して、企業の物価見通し(全規模)は引き続き高止まりしている。

具体的には、1年後が前年比2.5%(前回比▲0.1%pt)、3年後が2.2%(前回から横ばい)、5年後が2.1%(前回から横ばい)と、それぞれ日銀の物価目標である2%を上回った状況が維持されている。

実際の物価上昇率が、鈍化傾向にあるとはいえ、未だ2%を大きく上回る水準で推移していることが作用しているとみられ、今後の企業の価格・賃金設定への影響が注目される。

4.売上・利益計画:23年度収益は上方修正も、引き続き小幅な減益計画

2023年度収益計画(全規模全産業)は、売上高が前年比1.9%増(前回は1.8%増)、経常利益が2.7%減(前回は同5.8%減)となった。

例年、経常利益計画は初回の3月調査時点で保守的に見積もられて前年比で小幅なマイナス圏でスタートし、6月調査で比較対象となる前年度分の上方修正などを受けてやや下方修正されるが、9月調査以降は、景気が悪化していない限り、上方修正が続く傾向が強い。

今回も同様のパターンとなり、もともとの保守的ぎみであった想定を上方修正する動きが出たと考えられる。実態としては、インバウンドの回復も含めた経済活動再開の継続や、供給制約の緩和、円安による輸出採算の改善、価格転嫁の進展などが押し上げ材料になったとみられる。

ただし、海外経済の減速や原燃料価格の再上昇、物価上昇による消費の圧迫といった下振れリスクが残るため、引き続き慎重な減益見通しのまま様子見している企業も多いと推測される。

なお、2023年度の想定ドル円レート(全規模・全産業ベース)は135.75円(上期135.62円、下期135.88円)と、前回(132.43円)から円安方向に修正されたが、上期の実績(141円台)や足下の実勢(149円台)からは依然として大幅な円高想定のままになっている。

春以降、円安基調が続いているが、短観の想定為替レートは修正に時間がかかる傾向があるうえ、輸出企業などでは保守的な観点から円高気味の想定を据え置いているとみられる。

今後もドル円レートが想定を上回り続ければ、輸出企業を中心に想定為替レートの円安方向への修正が収益計画の上方修正要因になるだろう。

5.設備・雇用:設備投資計画は堅調維持、人手不足感はさらに強まる

生産・営業用設備判断DI(「過剰」-「不足」)は、全規模全産業で前回から横ばいの▲1となった。設備の需給は概ね均衡した状況が続いている。

一方、雇用人員判断DI(「過剰」-「不足」)は、全規模全産業で前回から1ポイント低下の▲33となった。コロナ禍で一旦縮小したDIのマイナス幅は、コロナ禍前のピーク(2018年12月調査・2019年3月調査の▲35)に肉薄している。生産・消費の回復を受けて人手不足感がさらに強まってきている。

上記の結果、需給ギャップの代理変数とされる「短観加重平均DI」(設備・雇用の各DIを加重平均して算出)も前回から0.6ポイント低下の▲21.2となり、大幅な不足超過となっている。

先行きの見通し(全規模全産業)は、設備判断DIが▲3、雇用人員判断DIが▲37とそれぞれ2ポイント、4ポイントの低下が見込まれており、雇用を中心に不足感がさらに強まる見通しになっている。

雇用に関しては、上記のコロナ禍前ピークを越え、バブル期以来の人手不足感になることが見込まれている。

この結果、「短観加重平均DI」も▲24.5と足元から3.3ポイント低下する見込みとなっている。

設備投資計画が「上方修正」された背景とは

2023年度の設備投資計画(全規模全産業)は前年比13.0%増となり、前回6月調査(11.8%増)からやや上方修正された。前回調査からの上方修正幅は1.2%ポイントで例年4並みとなっている。

例年9月調査では年度計画が固まってきて投資額が上乗せされる傾向が強いうえ、資材価格や人件費の上昇を受けて、投資額が嵩みやすくなっている面も押し上げ材料になったとみられる5

ただし、実態としても、既往の収益回復を受けた投資余力の改善、経済活動の正常化の流れ継続、脱炭素・DX・省力化・サプライチェーンの再構築等に伴う投資需要を追い風として、堅調な設備投資計画が維持されていると言えるだろう。

2023年度設備投資計画(全規模全産業で前年比13.0増)は市場予想(QUICK 集計12.3%増、当社予想は12.9%増)をやや上回る結果だった。

2023年度のソフトウェア投資計画(全規模全産業)は前年比15.3%増と前回から0.6ポイント上方修正され、引き続き高い伸びが示されている。

企業において、オンライン需要への対応や省力化等に向けた業務のIT化といったデジタル化が加速している証左とみられ、設備投資を合わせて前向きな動きと言える。


4 2013~22年度における9月調査での修正幅は平均で+1.2%ポイント

5 GDP統計における設備投資デフレーター(四半期次)は2021年終盤以降、前年比3~4%台で推移。

6.企業金融:企業の資金繰りには大きな変化なし

企業の資金繰り判断DI(「楽である」-「苦しい」)は大企業が12と前回から1ポイント低下、中小企業は8と前回から横ばいとなった。

企業サイドから見た金融機関の貸出態度判断DI(「緩い」-「厳しい」)も、大企業中小企業ともに14と前回から1ポイント低下した。

全体的にDIの水準は高いままであり、動きも限定的となっている。

特に中小企業において、コロナ禍で膨らんだゼロゼロ融資の返済が本格化していることや、原材料コストの高止まり、人手不足に伴う一部人件費の増加などから倒産が増加傾向にあるものの、短観が捕捉している範囲では、資金繰りの顕著な悪化は今のところ確認できない。

(写真はイメージです/PIXTA)