亡くなった親が生前「判断能力」を失っていた場合、「預金の使い込み」が発生しているケースも少なくありません。こうしたケースは罪に問えるのでしょうか。本記事では、リード法律事務所の代表を務める大山慧弁護士が、「相続人」による遺産の使い込みが発覚した際の適切な対応・事前に行うべき対策について解説します。
公務員だった父親の預金残高がまさかのゼロ! 何故か?
Aさん(50代・男性)は、妻子とともに暮らす会社員です。子の大学の学費の捻出に悩む日々を送っていました。
ある日、姉(50代)から「父が亡くなった」との知らせを受けます。姉は独身で、母が10年前に亡くなったあとは、父(80代)と同居して身の回りの世話をしていました。
突然の訃報に驚いたものの、Aさんは喪主として葬儀から四十九日法要までを執り行います。少し落ち着いたタイミングで、遺産相続の話をしようと思い立ちました。
今回のケースでは、父の配偶者にあたる母はすでに亡くなっています。「被相続人」である父の「相続人」は、子であるAさんと姉の2人であり、法定相続分は1/2ずつです。遺言は残されていなかったため、分け方を決めるために遺産分割協議が必要になります。
そこでAさんが姉に相談をもちかけたところ、驚きの事実を知ります。
なんと、父の預金口座残高がほぼゼロだというのです。父は年金暮らしであったとはいえ、現役時代は公務員をしており、退職金も受け取っているはず。預金がゼロというのは考えられません。
父のその他の遺産は、3,000万円相当の自宅の土地建物だけ。姉は「家には私が住み続けたい。悪いけど遺産はあきらめてくれないか」と言います。
姉には父の面倒を見てもらった感謝はあるものの、Aさんとしても子の学費のためにお金は必要です。受け取れる遺産がゼロというのは、いくら何でも納得できません。どうしてこのような事態が生じてしまったのでしょうか?
父の口座から勝手に預金が引き出されていた!
不信の念を抱いたAさんは、銀行から預金口座の取引履歴を取り寄せました。記録を見たAさんは愕然とします。
父が亡くなる1年前には、預金の残高が約1,000万円ありました。そこから亡くなる前後にかけて、100万円ずつ、計10回も引き出しがあったのです。
父に大金が必要な理由は考えられません。不自然な出金履歴を見たAさんは「姉が引き出した」と確信しました。
Aさんが弁護士に依頼して調査した結果、医療・介護記録から、亡くなる約1年前から父は認知症であったことが判明しました。複数の証拠を合わせると、父と同居していた姉が、キャッシュカードを利用して父の口座から預金を引き出していたと分かりました。
このような預金の使い込みは、被相続人が判断能力を失っているケース(高齢で認知症を罹患しているなど)で発生しやすいです。特に、同居している親族が実質財産を管理しているときには、簡単に引き出されてしまいます。
姉に使い込まれた遺産を取り返す<3つの方法>
Aさんが使い込まれた遺産を姉から取り返すには、どうすればいいのでしょうか?
①話し合い
まずは、話し合いにより解決する方法があります。使い込んだ相続人が非を認めれば難なく解決する場合もあります。
もっとも、使い込んだ相続人が事実を認めるとは限りません。引き出しそのものは認めても、Aさんの姉であれば「介護に必要だった」「世話をしたんだからいいじゃないか」といった反論も、想定されます。
②調停
遺産分割調停で解決できるケースもあります。調停とは、裁判所で調停委員を介してする話し合いです。
ただ、遺産分割の対象になるのは、死亡時に存在していた財産です。たとえば被相続人が亡くなる前に使い込みがなされていたのであれば、死亡時には預金が存在しておらず、本来遺産分割調停の対象になりません。次に紹介する訴訟での解決が一般的です。
亡くなったあとに使い込みがあったときには、遺産分割調停の対象にできます。近年の法改正により、「使い込みをした相続人以外の相続人」が全員同意すれば、使い込まれた預金も対象にできるようになりました。
③訴訟
話し合いがまとまらなければ、訴訟を提起するほかありません。
遺産の使い込みの場合には、「不当利得に基づく返還請求」あるいは「不法行為に基づく損害賠償請求」として訴訟を提起します。
いずれにせよ、訴訟の場合は特に証拠が重要視されます。預金の取引履歴や医療・介護記録などをもとに、疑われている相続人が引き出した事実や、被相続人が同意していない事実を示す必要があります。
訴訟を自力で行うのは難しいです。2017年の「地方裁判所の通常民事訴訟事件における弁護士の関与状況」は約84.3%です。Aさんのように弁護士に依頼するのが一般的と言えるでしょう。
姉を「横領罪」や「窃盗罪」で刑事告訴できるか?
Aさんは「姉の行為は犯罪にならないのか? 犯罪になるのなら刑事告訴したい」とも考えました。
姉に成立する可能性がある犯罪としては、「横領罪」と「窃盗罪」が挙げられます。父から預金の管理を任されていれば「横領罪」、任されておらず勝手に引き出したのであれば「窃盗罪」です。
もっとも、「横領罪」や「窃盗罪」は「配偶者、直系血族、同居の親族」の間では刑が免除され、処罰されません。Aさんの姉は父の子であり「直系血族」に該当するため、刑を科せないと考えられます。
ただし、「配偶者、直系血族、同居の親族」であっても、後見人になっている場合には業務上「横領罪」で処罰が可能です。
「配偶者、直系血族、同居の親族」のいずれにも該当しない親族が横領や窃盗をしたときには、処罰の対象です。この場合には「親告罪」という類型になります。
「親告罪」とは、被害者等による刑事告訴がないと起訴できない犯罪です。したがって、横領や窃盗で処罰を求めるのであれば刑事告訴が必要となります。
刑事告訴をするには、警察に告訴状を提出しなければなりません。
ところが「証拠が足りない」「民事不介入」といった理由で受理されないケースが多く一般の方からの刑事告訴については、まず受け付けてもらえないのが現状です。警察に受理されないときには、弁護士に相談するとよいでしょう。
家族間の使い込みを未然に防ぐには? 家族信託を利用すれば、弁護士を監督人に就けることも可能
では、Aさんはどうしていれば姉の暴挙を未然に防ぐことができたのでしょうか?
親が元気なうちは任意後見や家族信託
親がまだ元気であれば、任意後見や家族信託の契約を結んでおくのがよいでしょう。
任意後見は、本人の判断能力があるうちに、信頼できる人を後見人として契約を結ぶ方法です。その後認知症になったとしても、あらかじめ決めていた後見人が、財産の管理を行います。
家族信託も、家族など信頼できる人を受託者として財産管理を任せる方法です。弁護士などの専門家は受託者になれませんが、監督人には就任できます。任意後見よりも柔軟な定めが可能であり、死後のことも決められる点がメリットです。
認知症になったあとは法定後見
認知症になったあとは、法定後見制度を利用します。
裁判所に選任された成年後見人が財産管理を行うため、不正な遺産の使い込みを防止できます。専門家が成年後見人に選任されるケースが多いです。
早めの対応が不可欠!
遺産である預金を他の相続人に引き出されていたとしても、残念ながら「横領罪」や「窃盗罪」では処罰できないケースが多いです。
お金を取り戻すためには、訴訟提起が必要になる場合もあります。請求には時効があるため、期間内に請求しなければなりません。
取り戻しも可能であるとはいえ、トラブルになってから対応するのは大変です。親の状態を生前から把握しておき、事前に備えるのがベストと言えます。
相続の前後を問わず、弁護士への依頼も検討して、早めに対応するようにしましょう。
(出典)
日本弁護士連合会:地方裁判所の通常民事訴訟事件における弁護士の関与状況
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/statistics/data/white_paper/2018/3-1-3_tokei_2018.pdf
大山 慧
リード法律事務所 代表弁護士
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