精密制御のロボットアームで正確に各種操縦ボタンを押し、飛行経路もリアルタイムで計算するという「パイボット」(写真は開発途中のもの)
精密制御のロボットアームで正確に各種操縦ボタンを押し、飛行経路もリアルタイムで計算するという「パイボット」(写真は開発途中のもの)

見た目はひと昔前のSF映画やアニメに出てきそうなコテコテ感、しかし搭載されているのはバリバリの最新技術。韓国で開発された"パイロットロボット"はAI全盛の時代にどんな使い道があるのか?

【写真】韓国軍の犬型多目的監視ロボット

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■AI機との最大の違いは「時間」

これはただのトンデモか、それとも何かを解決するグッドアイデアなのか?

韓国科学技術院が、航空機のコックピットに乗り込んで操縦を行なうパイロットロボット「パイボット」を開発した。発表によれば、ChatGPTを利用してマニュアルを理解し、フライトインフォメーションチャートや操縦方法、緊急対応手順を丸暗記することで、ミスのない操縦が可能になるという。

このロボットは、まだ完全自動運転が実用化されていない民生航空機向けとして開発されたものだ。ただ、先端技術は結果的に軍事と民間の双方で使われるケースも多いため、パイロットロボットの可能性について、あえて区別しすぎずに検証したい。

軍事の世界では、すでにコックピットを廃してAIを搭載した無人戦闘機の開発が進み、実戦配備が間近に迫っている。今後はどんな変化が予想されているのか?

各国軍の取材経験が豊富なフォトジャーナリストの柿谷哲也氏はこう語る。

「将来の空戦、防空には革命的な変化が起こります。例えば、生身の人間の限界を超えた9G以上の圧力がかかる機動が可能になるため、空戦の幅が大きく広がります。夜間飛行での空間識失調(方向感覚の混乱や喪失)、判断や操作遅れといったミスもなくなるはずです。

また、警戒・監視任務でも空中給油さえ続ければ、人間のような疲労の限界がないため滞空時間が飛躍的に延び、現在航空自衛隊がやっているようなスクランブル待機よりも迅速かつ効率的な対処が可能になるでしょう。

それと、遠隔地から操縦するタイプの大型無人機と比較すると、完全自律飛行機は離着陸時に大きなメリットがあります。

米軍の遠隔操縦型機の場合、世界中どこであっても作戦空域では米本土の基地にいるパイロットが操縦しますが、風向・風速、滑走路の状況、ほかのトラフィックの混み具合といった現場状況の判断が重要な離着陸時と管制圏内飛行は、前線基地のパイロットが担当しています。

しかし、完全自律ならこのスイッチ(交代)が必要ありませんから、より効率的な運用が可能になるでしょう」

民間航空機にはもちろん急激な機動は必要ないが、疲労やミスといった人間にはつきもののリスクを排除できるというメリットはある。

ただし、ここでひとつ重大な疑問がある。わざわざ物理的な質量・大きさを持つロボットを作り、搭載する理由はどこにあるのか?

かつて航空自衛隊302飛行隊隊長を務めた元空将補の杉山政樹氏に聞いた。

「AIを搭載したコックピットのない無人機とパイロットロボットの最大の違いは『時間』です。

最新の無人戦闘機や、有人戦闘機と編隊を組んで使用するために開発が進められたロイヤルウイングマン(無人僚機)はフライバイライト(光ファイバー導線を使用した設計)を採用しており、AIが判断した瞬間、まさに光の速さで情報が伝達され、機体が操縦されます。

一方、ロボットがコックピットに座る場合、AIの判断が下ってから、ロボットの手足が物理的に動いて操縦するまでに一定の時間がかかる。この観点からいえば、少なくとも軍事の世界では、わざわざAIと操縦の間にロボットを噛ませることはデメリットでしかありません」

では、逆にAI機と比較して、パイロットロボットにしかないメリットは存在しないのか?

■「2030年問題」はロボットが解決?

両者の特性を比較してみると、ロボットにしかないのは物理的な体を持ち、移動できることだ。現有の有人機をすぐに無人化できるという意味では、ロボットに一日の長がある。

この特性の生かし方を、前出の杉山氏はこう予測する。

戦闘機の場合、戦闘空域では自軍機以外はすべてが『敵』ですが、人、モノの輸送のために飛ぶ民航機は周囲の航空機、ヘリなどすべてが協力的な『味方』です。

戦闘空域ネットワークでのミッションは複雑すぎて、パイロットロボットには不向きだと思いますが、輸送ネットワークでの定期航路飛行ならば、AIやパイロットロボットでも十分に運用可能でしょう。

これからの時代、民航機の数はさらに増え、パイロットの数が足りなくなるといわれています。経営的な立場からいえば、パイロットはひとり育てるのに数億~数十億円かかるといわれるほど育成が大変なのに、文句を言ったり、組合をつくってストライキをしたりする。

もし今以上に人数が足りず貴重な存在となったら、さらにその傾向は強まるかもしれません。

一方、パイロットロボットが量産され安価になれば、莫大(ばくだい)な予算がかかる訓練もいらず、文句も言わず、何十時間でも働いてくれる。もし実用化されれば、非常に効率よくパイロット不足問題を解消できるのです」

航空機の操縦は刻々と変わる外部状況の把握とそれに伴う判断の連続で、特に「周囲すべてが敵」という軍用機の場合は複雑だ
航空機の操縦は刻々と変わる外部状況の把握とそれに伴う判断の連続で、特に「周囲すべてが敵」という軍用機の場合は複雑だ

ちなみに、日本では民航機パイロットの大量定年退職に伴う「2030年問題」の存在が予測されている。この頃には毎年400人の新人パイロットが必要な計算になるが、現状、国内で養成できるのは最大200人程度。もしかすると、ここでパイロットロボットが導入される可能性も?

そして、最後に杉山氏がこうつけ加える。

「人間のパイロットとAI、ロボットとではリスクの考え方が違う。AIは目的を決めたらベストの選択をしますが、人間はリスクを重大視し、必ずしも目的に対してベストではなくても、リスクを排除できるベターな選択肢を好みます。

この特性の違いを生かす方法を考えると、軍事の世界でも〝相談相手としてのロボット〟は存在しうるかもしれません。もちろん、本質的にはロボットの体は必要ありません。AIとだって音声で会話できますからね。

ただ、『スター・ウォーズ』のR2-D2ではありませんが、判断をサポートしてくれる物理的な存在を同席させるというのは、人間の精神的な安心感などを考えると、なくはないのかなと思います」

このあたりはもはや哲学、心理学の世界だが、意外と奥が深い話なのかもしれない。

韓国軍が2000年代に開発を計画していた犬型多目的監視ロボット。それから18年の間にAIとロボット技術は猛烈に進化した
韓国軍が2000年代に開発を計画していた犬型多目的監視ロボット。それから18年の間にAIとロボット技術は猛烈に進化した

取材・文/小峯隆生 写真/Thierry Falise/ゲッティイメージズ 柿谷哲也 米空軍

精密制御のロボットアームで正確に各種操縦ボタンを押し、飛行経路もリアルタイムで計算するという「パイボット」(写真は開発途中のもの)