知られざる「日本の住宅とその性能」について焦点をあてる本連載。今回のテーマは、2024年4月から始まる「賃貸住宅も対象とした省エネ性能の表示制度」。日本の住宅マーケットを変え、今後の住宅の資産価値にも影響を及ぼす可能性があるといいます。みていきましょう。

賃貸住宅の省エネ性能表示制度が始まる!

2024年4月から賃貸住宅も対象とした省エネ性能の表示制度が始まりますが、来春から「建築物の販売・賃貸時の省エネ性能表示制度」が施行されます。それに先立ち、2023年9月に、国土交通省から表示制度の告示が公布され、表示のガイドラインが公表されました。

この新制度は、日本の住宅マーケットを変える可能性があり、今後の住宅の資産価値に影響を及ぼすものと考えられますので、これから自宅の新築や賃貸住宅建設等を考えている人はぜひ押さえていただきたい制度です。

省エネ性能の高い住宅供給が促進される市場整備へ

国は、住まいの買い手・借り手の省エネ性能への関心を高めることで、省エネ性能が高い住宅・建築物の供給が促進される市場づくりを目的として、この制度を設けました。

2024年4月以降、住宅・建築物を販売・賃貸する事業者は新築建築物の販売・賃貸の広告等(新聞・雑誌広告、チラシ、パンフレット、インターネット広告など)において、省エネ性能の表示ラベルを表示することが必要となります。国土交通大臣が表示方法等を告示で定め、従わなかった場合には国は勧告等を行うことができます。また、新築以外の既存建築物についても表示が推奨されます。

対象建築物は、住宅は分譲一戸建て、分譲マンション、賃貸住宅等、またテナントビル等の非住宅建築物も対象になります。これから分譲住宅や注文住宅を建てる方は、資産価値の落ちない住まいづくりのために、この制度を意識することが重要でしょう。ですがそれ以上に、これらの対象建築物の中で最も影響が大きいのは、賃貸住宅マーケットではないかと筆者は考えています。

断熱性能や目安の光熱費も表示

表示される内容は、【図表1】のように、「エネルギー消費性能」と「断熱性能」を中心に、「目安光熱費」、「第三者評価」の有無、太陽光発電等の「再エネ設備」の有無等、が表示されます。

「目安光熱費」は、住宅の省エネ性能に基づき算出された電気・ガス等の年間消費量に、全国統一の燃料等の単価を掛け合わせて算出した1年間の光熱費を目安として示します。「目安光熱費」の表示は、集合住宅は任意となっていますが、もちろん表示することも可能です。

これから新築するならば、BELSは取得しておくべき

この制度で、「第三者評価」の有無が表示されますが、これは、「BELS」(Building-Housing Energy-efficiency Labeling System)という第三者評価取得の有無を指します。BELSは、建築物省エネ法第7条に基づき建築物の省エネ性能を表示する第三者認証制度の1つで、一般社団法人 住宅性能評価・表示協会が運営しています。

これから性能にこだわった住宅を新築する方は、施工業者に「BELS」を取得したい旨を伝えることをお勧めします。

最低でも断熱等級5、できれば断熱等級6を確保しておきたい

2025年4月から、省エネ基準(断熱等級4)への適合が義務づけられます。そして2030年にはこの義務基準が、断熱等級5に引き上げられることになっています(関連記事:『新築なら〈100年住める〉はずなのに…日本人が軽視する、4つの「住宅性能」』)。

つまり、少なくても断熱等級5を確保しておかないと、2030年には最低基準を満たさない性能の家として、広告しなければならなくなるということです。分譲住宅や注文住宅も、将来に渡り資産価値を維持するためには、なるべく高い評価を取得しておくべきでしょう。

なお、我が国の省エネ基準等では、住宅の断熱性能はUA値で表されます。各住宅の断熱材の種類や厚さ、窓等の開口部の性能等を基に、住宅ごとに計算して求められるもので、値が小さいほど高断熱であることを意味します。地域ごとの気候に合わせて1地域から8地域の8つの省エネ地域区分が定められそれぞれの地域ごとに断熱等級4(省エネ基準)から断熱等級7のそれぞれの断熱性能が表のようにUA値で定められています。

『SUUMO』などの物件検索サイトでも表示される

この制度では、賃貸住宅については新築時の賃貸開始時だけでなく、将来的な再賃貸時にも表示し続けなければなりません。脱炭素社会を見据えて、家庭部門の省CO2が喫緊の課題になっています。そのため国は、次々と法改正を進め、我が国の住宅の省エネ性能や断熱性能を急速な勢いで高めていこうとしています。

このことを見据えると、空き家率がますます高まる中で、将来も選ばれる賃貸住宅であり続けるためには、将来的な最低でも断熱等級5、できれば断熱等級6を確保するべきでしょう。

そして、不動産情報サイト『SUUMO』を運営するリクルートは、国のガイドライン公表後すみやかにプレスリリースを行い、この制度に対応することを表明しています。各物件の情報に、この制度のラベルが表示されることになるようです。

これから、賃貸住宅を新築するのならば、この制度を意識することは、必須になります。

なぜ、賃貸住宅マーケットへの影響が大きいのか⁉

冒頭で、この制度は、賃貸住宅マーケットに最も大きな影響を及ぼすだろうと述べました。その理由は、大きく次の2点です。

①賃貸住宅居住層の知識や意識に変革が起こる

②マイノリティである高断熱賃貸住宅への居住を望む層と供給がわずかな高断熱賃貸住宅とのマッチングが容易になる

この2点について、順に説明します。

賃貸住宅居住層の知識や意識に変革が起こる⁉

日本の住宅の省エネ性能や断熱性能が諸外国に比べて劣っています(関連記事:『日本の住宅は「先進国中、ダントツで低性能」…“寒さ、結露、高い光熱費”は当たり前ではない』)。国の法制度改正や住宅系YouTuberの積極的な情報発信の効果もあり、注文住宅の新築を考えている層は省エネ性能や断熱性能にこだわる人々は、明らかに増加傾向にあります。そのため、ハウスメーカーや工務店は、断熱・気密性能のレベルによって、勝ち組と負け組が明確に分かれつつあります。

一方で賃貸住宅居住している層については、現在のところ住宅性能に関する知識や関心は依然として低いままです。

筆者は最近、「注文住宅の新築を検討しているグループ」と「賃貸住宅に居住中で転居は特に検討していないグループ」に対して、インターネットによる住宅性能の関する知識や関心の度合いに関するアンケート調査を独自に実施しました。それぞれのグループからは、500件以上の回答が得られており、非常に興味深い結果が出たため、現在まとまったかたちで発表する準備を進めています。

本稿ではそのさわりだけ紹介しますが、「注文住宅の新築を検討しているグループ」に比べて、「賃貸住宅に居住中で転居は特に検討していないグループ」は、住宅性能に関する知識や関心が大幅に低いことが明らかになりました。

また、「賃貸住宅に居住中で転居は特に検討していないグループ」に対して、住宅の断熱・気密性能を向上させることによる健康・快適性・経済的なメリットに関する情報を提供したところ、メリットを知る前に比べて、高気密・高断熱の賃貸住宅の家賃への上乗せ意欲がかなり高まることも明らかになりました。つまり、情報発信等の啓蒙活動の推進により、高断熱賃貸住宅の事業性が高まる可能性が高いということです。

さらに、現在の住まいの不満項目(冷暖房光熱費負担、夏の暑さ、冬の寒さ、カビが生える、結露のひどさ等)の不満の度合いと、高断熱住宅に対してどの程度家賃を上乗せしてもいいかという設問との間の因子分析を行ったところ、他の項目に比べて、「結露のひどさ」に悩んでいる人の家賃の上乗せ意欲が他の不満項目に比べて圧倒的に高いという結果が得られました。

一方、「高気密・高断熱住宅に暮らすことのメリットとして、『結露が生じにくくなる』ということを知っているか?」という問いに対しては、賃貸住宅居住層の29%が「結露が生じにくくなる」ことが「信じられない」と回答しています。つまり、結露のひどい暮らしに悩みながらも、住宅の断熱性能と結露との関係について知らない人がまだまだ多いのです。そのような方々が、高気密・高断熱のメリットを知るようになれば、性能を重視して賃貸住宅選びをする方が増えることは間違いないでしょう。

今回の表示制度の開始により、賃貸住宅を探す人も、大手不動産情報サイトで検索する度に、省エネ性能・断熱性能の評価を目にするになります。このことで、間違いなく知識・関心が増すものと思われます。さらにSUUMOを運営する株式会社リクルートは、「消費者への発信を通じて、周知浸透を図っていく」方針も明らかにしています。

これらの動きは、賃貸住宅居住層の住まい選びの基準に今後大きな影響を及ぼすものと考えられます。選ばれる賃貸住宅であるためには、断熱性能や省エネ性能の重要性が増すことは間違いないでしょう。

高断熱賃貸住宅を望む人とのマッチングが容易になる

上述の筆者が実施したアンケート調査項目の一つに、「仮に住み替える場合に、一般的な性能の賃貸住宅(断熱等級4)と高断熱賃貸住宅(断熱等級6:断熱性能が2倍程度)があったとします。高断熱住宅に対して、冷暖房光熱費削減額にさらにどの程度家賃を上乗せしても構わないか?」という趣旨の設問を設けました。

この設問に対して、冷暖房光熱費の削減額に加えて、さらに5%以上の家賃を上乗せしてもよいと回答した人は、合計で43%にも上りました。冷暖房光熱費削減という直接的な経済メリット以外の「健康」、「快適」といったメリットに対して対価を支払う意欲のある人が意外に多いということです。

このうち、15%程度上乗せしてもいいという人は4%、20%以上上乗せしてもいいという人は5%でした。15%以上の上乗せ意欲を持つ人は、合計で9%ですから、比率としては決して高くありません。ですが、現状では、高断熱賃貸住宅の供給は極めて限られています。このことを鑑みると、高断熱賃貸住宅に住みたい人と、入居募集中の高断熱賃貸住宅のマッチングをきちんと行うことができれば、高断熱賃貸住宅の事業性が高まることは間違いありません。

いままでは、この点が、高断熱賃貸住宅の普及促進に向けての大きな課題でした。賃貸住宅の断熱性能等の情報が提供されていなかったため、ごく一部の高断熱賃貸住宅を探している人が、供給が極めて限られるそのような住宅に巡り合うことは、とても難しいことでした。ところが、SUUMO等の不動産情報サイトで高断熱賃貸住宅を検索することができるようになれば、この問題は一気に解消します。

これらのことを逆に捉えると、今後さらに空室率が高まる中で、性能の劣る賃貸住宅の空室リスクが今後急速に高まる可能性があるということでもあります。

既存の賃貸住宅の所有者の方々も性能向上リノベーション等の実施も検討するべきかもしれません。既存住宅の性能向上に対しては、国も自治体もかなり手厚い補助制度を用意しているので、ぜひ検討してみることをお勧めします。

写真提供:坪井当貴建築設計事務所