住宅価格が高騰するなか、ペアローンを選択する夫婦が増えています。しかし、ペアローンは融資可能額が増えても、あらゆるリスクを想定してからでなければ後々悲惨な状態にもなり得ると、長岡FP事務所代表の長岡理知氏はいいます。本記事ではEさん夫婦の事例とともに、ペアローンに潜むリスクについて解説します。

4年前は3,000万円でも…いまは「戸建て:3,480万円」、「マンション:4,140万円」

高騰し続ける物価の影響を受け、住宅もまた値上がりを続けています。「住宅メーカーからの見積書を親に見せたら、高すぎるとびっくりされた」という経験がある人も多いと思います。

現在20代後半の人の親世代(50代~60代)が住宅を購入した時代は主に1990年代。その時代と比べて2023年現在の建物価格は驚くほど高額になっています。特にコロナ渦直前の2019年1月から2023年6月までの約4年間を比べてみると、戸建て住宅で16%、マンションでは38%もの上昇が見られます(国土交通省不動産価格指数による)。わずか4年で3,000万円だった戸建て住宅は3,480万円に、3,000万円だったマンションは4,140万円になったということです。

さらに令和5年に発表された地価公示では、地方の地価が上昇していることもわかりました。特に「地方四市」と呼ばれる札幌市仙台市広島市福岡市は10年連続で上昇しています。

「ペアローン」や「連帯債務型」を利用しなければ銀行から必要な金額を融資してもらえない…

これらのことから、住宅ローンを借りるときには「ペアローン」や「連帯債務型」を利用する世帯が増えています。住宅価格が高すぎて、従来のように夫単独の年収では必要な金額を融資してもらえないという事情があるからです。ペアローンや連帯債務型では夫婦の年収を合算して審査を受けることが出来るため、夫単独よりも大きな融資額を引き出すことが可能になります。

しかしながらこのペアローン、大きなデメリットが潜んでいます。それは「離婚時に面倒なことになる」というものです。銀行側からしてみると、夫婦がそれぞれ債務者であることと、離婚したこととはまったく関係がありません。離婚したからといって借金がゼロになるわけではなく、夫婦どちらかが家を出ていったとしても借金は必ず返してくださいねというだけです。

離婚するつもりでマイホームを買うわけではないので、ペアローンを持った状態での離婚は誰にとっても「想定外」の事態です。ネット上では離婚時のペアローンの取り扱いについて指南する記事が多く見られますが、実際はスムーズに処理できるケースばかりではありません。実際の事例を紹介しながら解説していきます。

年収680万円の妻と年収280万円の夫が組んだペアローン

夫Eさん 33歳会社員 年収280万円

妻Sさん 32歳薬剤師 年収680万円

子供 1人

住宅ローン借入額 4,500万円(ペアローンで各2,250万円)

住宅購入時の自己資金1,000万円(妻の父親からの贈与)

夫のEさんは現在33歳ですが、これまで4回の転職歴があります。大学での就職活動に失敗し非正規雇用として勤めた携帯ショップが社会人のスタートです。ここ2年間は外資系生命保険会社の営業社員をしています。高収入を夢見て保険会社に転職したものの、残念ながら営業成績は悲惨なもの。完全歩合制の給料は毎月最低賃金ギリギリで年収はどうにか280万円に届くかどうかという状態です。

妻のSさんは総合病院の薬剤師として勤務しています。現在の年収は680万円。転職によってもっと年収を伸ばせる可能性もありますが、子育てがしやすい現在の職場に満足しています。夫のEさんとは、夫が前職でまだ年収が450万円だったころに結婚しているのですが、最近の所得の低さとそれに慣れ切った向上心のない様子に呆れています。

自宅を購入したのは3年前。夫のEさんの祖母が所有している土地に、使用貸借契約(主に親族間で取り交わされる無償で土地を貸借する契約)で建設することになりました。地価の高い地域であるため、土地代がかからないのは有利です。そこに延床面積45坪の建物を建てることになりました。建物の費用の一部、1,000万円は妻Sさんのお父さんが贈与してくれたため、住宅ローンの借入額は4,500万円。それをペアローンで半分ずつ借り入れをすることにしました。

もし土地から買うことになっていたら、総額8,000万円になろうかという立派な邸宅です。妻Sさんの父親(会社経営)は所得の低い夫のEさんのことを「あの甲斐性のない男には贅沢すぎる家だ」などと近ごろ不満そうにしています。

住宅ローンの契約時よりも200万円近くも年収が下がっている夫は、なんとか住宅ローンだけは支払っているだけで、生活費は入れていないのが実情です。

「甲斐性なし夫」の不貞行為が発覚

妻のSさんが夫について不審に思い始めたのは半年前。それまで夫は夕方には17時は帰ってきてビールを飲んでテレビを見ている毎日だったはずですが、最近は毎日のように帰宅が深夜になっています。

「仕事が忙しい」と夫は言うものの、給与明細の金額は相変わらずの状態。服装もだらしなく髪は伸び放題、とても多忙なビジネスマンには見えません。なにかトラブルを抱えているのだろうか、仕事がうまくいかない心労で思いつめたり、自殺したりしないだろうかと妻は心配でなりませんでした。本人を問い詰めても、仕事だと言うばかり。

「あんなお金のない男を相手にする女はいない」と、妻は不貞を疑ってはいませんでしたが、その予想は外れてしまいます。妻が依頼した探偵事務所の報告には衝撃の事実がありました。毎日、女性の家に入り浸っているというのです。しかも相手は10歳年上の42歳で、シングルマザーです。毎日古いアパートに「帰宅」して深夜まで過ごしていたということでした。

離婚を決意した妻だったが…問題は住宅の処分

生活費も入れられないほどの収入でありながら、毎日不倫相手の自宅に入り浸る夫に衝撃を受けたSさんでした。

お金はなくても不倫する余裕はあるのね。

夫にそう切り込み、問い詰めたところいろいろと言い訳をしていましたが、Sさんは許す気になれず離婚を決意しました。養育費は今後必ずもらうとして、問題は自宅の処分をどうするのかです。現状を振り返ってみるとポイントは次の4つです。

1.土地は夫Eさんの祖母の所有(使用貸借)

2.建物の購入費用として妻Sさんの父親から1,000万円の贈与

3.2,250万円ずつのペアローン・住宅ローンの残債は約4,100円

4.現在の建物の評価額は4,800万円

妻Sさんが自分の父親に相談したところ、解決策として提案されたのは、

・父親が夫の祖母の土地を買い取る

・妻Sさんが銀行に交渉しローンを単独名義に変更

・財産分与として夫に224万円を渡す

・今後は妻Sさんが子供と住む

・離婚の慰謝料+不貞相手からの慰謝料を受け取る

※[(評価額-ローン残債)×妻の寄与分を差し引いた割合÷2]+妻の寄与割合で財産分与を算出

というものでした。しかしながら、土地の所有者である夫の祖母は「この土地は亡くなった夫の元実家の土地なので売ることはできない」と拒否。そうであるならば、

・夫が銀行から融資を受け、夫の単独名義に変更

・妻が寄与割合に応じて財産分与を受け取る(476万円)

・離婚の慰謝料+不貞相手からの慰謝料を受け取る

という方法しかありませんが、夫Eさんは貯蓄ゼロ。新たな住宅ローンの融資を受けられるほどの年収もありません。さらに夫はクレジットカードを使って不貞行為をしていたため、現在は多重債務に陥って問題解決の糸口がない状態。

住宅ローンの返済は滞納、自己破産に陥るも、不貞相手の家に通い続ける夫Eさん

「どこまで甲斐性がない男なんだ」と妻の父親は怒り心頭です。夫Eさんの祖母は妻Sさんに出て行ってもらいたいという意向をくり返していましたが、離婚の原因が自分の孫にあるという負い目もあり次第に態度を軟化させました。夫の慰謝料を免除するかわりに土地の使用貸借を継続し、祖母が亡くなってから孫(夫Eさん)に相続させ、そののちに妻Sさんに売却するという意向に変化してきました。

しかし、妻Sさんの父親は不服です。

・祖母の死後に孫(夫E)に相続されるという確約がない

・夫Eに相続されたとしても、夫が債務不履行などによって差し押さえられるかもしれないかもしれない

・夫Eがなにも犠牲を払っていない

などと詰め寄りましたが、そこからは進展していません。

夫はその後、住宅ローンの返済まで滞納。自己破産をする恐れがあることから、妻Sさんは離婚手続きと同時に銀行に相談し住宅ローンを単独名義に変えました。自己破産をしてしまうと連帯保証人の妻が一括返済を求められるからです。

多重債務状態だった夫はあえなく自己破産の手続きをしたようです。財産分与として渡したおかねも借金返済の綱渡りに消えてしまったのでしょう。慰謝料は夫も不貞相手も払えず、養育費も支払っていません。

そのような状態になっても夫はまだ不貞相手のシングルマザーの古アパートに入り浸っています。この状態に夫の祖母も両親も恥じ入り、土地を妻Sさんに安く譲るしかないと覚悟を決めつつあるようです。

夫の実家の家族にとっても、祖父の実家の土地を孫に使わせることはいい選択だったはずです。しかし大切な土地を失う危険もあったとは気づかなかったでしょう。

夫の不貞が発覚したとき、夫は言い訳として「所得の低い俺を馬鹿にしているように感じた」などと言っていました。言い訳にすらならない幼稚な理由ですが、その後の行動によって実家の家族にまで馬鹿にされかねない状況です。住宅を購入するときに、どれほど自分がリスクの高い状況に置かれているか理解できていなかったと思います。「世帯年収」だけで住宅が買えるかどうかを判断していると、のちにトラブルを抱えかねないのです。

ペアローンでの住宅購入はひと呼吸して考えてから

実のところ、「家を買う」という行為と「離婚したときを想定する」というのは両立しません。離婚を前提として負債を持って家を買う人は通常いないからです。

「ペアローンは離婚のときにトラブルになる」ということは知識としてあっても、夫婦関係が良好であるからこそ費用をかけて立派な家を選びたいので、ペアローンでなければ手に入らないような買い物になるのです。離婚せず、定年退職まで夫婦で働くことができたら何も言うことがない100点満点の人生でしょう。

しかし人生は必ずしも想定どおりではありません。頭の片隅で「もし離婚することになったら」という想定をしておくことも、リスク管理のひとつです。

長岡 理知

長岡FP事務所

代表

(※画像はイメージです/PIXTA)