歌舞伎を観てみようかという人に、通から指南してもらうシリーズ。今回は、どうして女性が出られないのか、あの掛け声は何なのか、教えてもらいました。

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文=新田由紀子 

なぜ歌舞伎は男性だけで演じるのか?

 歌舞伎座新開場十周年 錦秋十月大歌舞伎(2023年10月2日~25日、休演10日、17日)、昼の部の「文七元結物語(ぶんしちもっといものがたり)」では、女優の寺島しのぶ(50歳)が、中村獅童(51歳)演じる主人公・左官長兵衛の女房お兼として歌舞伎座の舞台に立っている。映画監督の山田洋次(92歳)が脚本・演出を行っていることでも話題だ。

歌舞伎好きの間では、何カ月も前から『ともかく10月は要チェック!』と注目されてきました」と語るのは、30代から歌舞伎沼にハマったという中島礼子さん(50代女性・仮名)だ。

 男性の役者だけで演じられるのが歌舞伎の原則。子役の女児は別として、歌舞伎座歌舞伎興行に大人の女優が出演した例は、初代水谷八重子、山田五十鈴などほんのわずかしかない。

 歌舞伎のルーツは安土桃山時代江戸時代初期にさかのぼる。出雲大社の巫女だった出雲阿国(出雲のお国)が、のちに諸国を巡回して演じた「かぶき踊り」や「阿国歌舞伎」といわれるものだった。役者は女性が中心。女性は男装、男性は女装して演じる異性装が特長で、歌あり踊りあり芝居ありで大人気となり、京都から全国に広まった。しかし、遊女屋と組むものが多くなったことで、風紀が乱れるとして幕府によって禁じられる。

 ちなみに、「かぶき」「歌舞伎」とは「傾奇者(かぶきもの)」が語源と言われ、出雲阿国が人気となった時代に京都や江戸などの都市部で流行した風潮。異風や派手な身なりをして、奇抜な行動を好む者たちのことを指した。

 それならと出てきたのが、少年たちによって演じられる「若衆歌舞伎」。こちらもこんどは男色が風紀を乱れさせるとして禁じられる。そこで登場した成人男性だけによる「野郎歌舞伎」が、現代の歌舞伎の原型とされる。

 男性だけで女性の役も演じるようになった背景には、こうした当局の取り締まりとともに、寺社などで徹底され始めた女人禁制や江戸時代に広まった儒教思想も影響しているといわれるが、結果的に歌舞伎という芸能の魅力を増すことにもなった。

「長い歴史を経て、歌舞伎の女形には、独特の表現方法が確立されてきました。男性である歌舞伎役者が、“女”という要素を取り出し、エッセンスを凝縮して象徴的に演じることによって、女性とはまた違う女性を、女性よりも女らしい美や色気を見せてくれるのが歌舞伎です。

 日常ではなかなか存在しない、つくり上げられ、練り上げられたバーチャルな女性像が歌舞伎の女形。寺島しのぶがそこに乗り込んできたのは、勇気ある挑戦といえるでしょう」(中島礼子さん 以下同)

「残念な二人の姉妹」

 寺島しのぶは、父が人間国宝尾上菊五郎、弟は尾上菊之助、母は女優の富司純子という芸能一家に生まれた。文学座出身で、映画・舞台・テレビで活躍。2010年のベルリン国際映画祭最優秀女優賞をはじめ、国内外で多くの受賞をしている。

歌舞伎ファンの間では、『残念な二人の姉妹』が知られています。ひとりは、尾上菊之助の姉・寺島しのぶ、そして松本幸四郎の妹・松たか子(46歳)です。松たか子も、たくさんの受賞をしていますし、野田秀樹、串田和美、三谷幸喜などの舞台で素晴らしい芝居をし、ひとりで持っていってしまう実力と華がある。

 ふたりとも明らかに役者として特別な才能を持っているのに、歌舞伎の家に生まれたら、男の子でなければ仕方がないとされる。

 歌舞伎は、芝居だけでなく様々な芸事が基本となるため、役者の家が日本舞踊や音曲(楽器や唄)の家元を兼ねている場合も多いんです。市川團十郎の娘の麗禾ちゃん(12歳)が日本舞踊家として四代目市川ぼたんを襲名したように、女の子はそれで身を立てていくケースもあるけれど、歌舞伎役者にはなれない。

 彼女たちは、どんなに悔しい思いをして育ってきたかと思いますし、ファンも『男だったらさぞいい歌舞伎役者になっただろうに』と残念なわけです」

「文七元結」は、初代三遊亭圓朝の人情噺をもとにした、歌舞伎でもおなじみの笑いあり涙ありの演目で、それを今回、山田洋次監督が脚本・演出を一新した。

「セリフも現代語で、いつも歌舞伎に出ていない役者にとっても比較的やりやすい演目でしょう。以前、主人公の娘・お久を当時十代だった松たか子が演じたのを観て、なんてかわいくてなんて上手いんだろうと驚きました。動画サイトにはいろいろな落語家の文七元結がアップされているので、聴き比べてから劇場に行くとさらに面白いはずです。なかでも志ん生の“角海老の女将”は絶品ですよ」

「音羽屋!」にこめられた歴史と歌舞伎愛

 歌舞伎役者ではないが、寺島しのぶには「音羽屋―!」と声がかかる。歌舞伎になじみのないうちは、この屋号もよくわからないことのひとつだろう。

 歌舞伎役者の名前は、当代の市川團十郎が十九代目、尾上菊五郎が七代目というように受け継がれてきたもので、これを「名跡(みょうせき)」と呼ぶ。

 単なる名前ではなく、市川團十郎なら「勧進帳」の弁慶など豪快な役を演じる、尾上菊五郎なら「青砥稿花紅彩画(あおとぞうし はなのにしきえ)」(通称「白浪五人男)の弁天小僧菊之助など粋できっぷのいい役を演じるというふうに、キャラクターごと受け継ぐことになる。

 それとセットで家に伝わるのが「屋号」。團十郎なら代々成田不動尊を信仰していたことから「成田屋」。千葉県成田市の成田山新勝寺の節分に、毎年團十郎ファミリーが登場するのもそうした由縁からだ。菊五郎なら初代の父の出生地、京都清水寺の音羽の滝にちなんで「音羽屋」となっている。

 ちなみに、「音羽屋!」といった掛け声は「大向こう」と呼ばれる人たちが決まったところで掛けると決まっている。

「誰でも勝手に声を掛けていいわけではありません。声を掛ける人は決まっていて、『ああ、今日はあの人だな』と歌舞伎の常連客にはおなじみだったりします。元NHKアナウンサーの山川静雄さんも、声を掛けていたそうですが、ひと月に10回通うのが当たり前だったと話しているのを聞いたことがあります。

 演目を知り尽くして、役者の呼吸がわかっているぐらいでないと掛けてはいけないんです。1階や2階から声を掛けてはいけないのも不文律です」

 掛け声には、役者の屋号の他に、「〇代目!」といった代数、「紀尾井町!」「神谷町!」といった役者の住んでいる町、「待ってました!」「ご両人!」といったものまである。

「演目の場面に合わせられていることはもちろん、その日の役者のタイミングにも合わせられていて、歌舞伎を成立させている要素のひとつが掛け声。劇場に行く前にはぜひ役者の屋号の由来をチェックして、芝居を観ながら大向こうさんの掛け声も味わってみてください」

 

※情報は記事公開時点(2023年10月13日現在)。

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