日本の新造クルーズ船「飛鳥III」の建造が開始。旅客船の最高峰ともいえるクルーズ船、その新型は初のLNG燃料船になります。施設面もエコの面でも日本の客船をリードする存在となりそうですが、受入れのための“環境整備”も必要です。

ドイツで建造開始「飛鳥III」

日本郵船グループの郵船クルーズが2025年に投入を予定している新しい客船「飛鳥III」の建造が2023年9月、ドイツの造船所マイヤー・ベルフトで始まりました。燃料にはLNG(液化天然ガス)を使用し、運航時のCO2二酸化炭素)の排出を大きく削減する環境に優しい船となります。竣工後は「飛鳥II」と共に横浜港を船籍港として2隻体制で運航を行う予定です。

船体の規模は5万2000総トンで、全長は230.2m、全幅は29.8m。総客室数は385室を予定しており、乗客定員は740人です。「飛鳥II」(5万444総トン、全長240.9m)に比べて総トン数は増えていますが、全長は10mほど短くなっており、客室数は51室、乗客定員は約130人、それぞれ少なくなっています。

これは乗組員数をほぼ維持しつつ、乗客定員を絞ることで、よりきめ細やかなサービスを提供し、快適な船内空間の実現を可能にするためです。全ての客室にバルコニーが配置されるほか、「飛鳥II」でも人気の施設である展望露天風呂も設置。レストラン数は「飛鳥II」より増え、フィットネスジムや多目的コートなども置かれます。

郵船クルーズは取材に対し「今まで評価を頂戴してきた飛鳥ならではの和のおもてなしは変わらずに、次世代の求める自由を堪能できるサービスを追加予定です。船内でお楽しみいただける選択肢を増やし、利便性を高めデジタル化を重視し、よりパーソナライズされた船内で皆様をお迎えいたします」とコメントしています。

さらに郵船クルーズは日本の伝統工芸の保存・活用に貢献する取り組みを進めており、船内には書家の矢萩春恵さん、漆芸家で人間国宝の室瀬和美さん、日本画家の千住 博さん、初代「飛鳥」「飛鳥II」の船内壁画を描いた田村能里子さんはじめとした、数多くの作家の美術品・工芸作品の展示も行います。船上から見る外の景色はもちろん、船内でも芸術を鑑賞できる「動く洋上の美術館」とも言える客船になりそうです。

拠点は「横浜」 受入れ環境を整える必要

飛鳥III」の大きな特徴としては、やはり日本船籍の外航客船としては初めてLNG燃料に対応したエンジンを搭載するという点が挙げられます。

LNGは従来の重油焚きに比べて約30~40%のCO2削減が見込めることから、世界的に船舶への採用が広まっており、日本郵船グループも自動車船を中心にLNG燃料化を進めています。「飛鳥III」では接岸中のアイドリングを止めてCO2排出をさらに減らすため、陸上電力受電装置も備える予定です。

LNG燃料バンカリング(供給)の拠点は船籍港である横浜港を予定。「飛鳥III」自体は大さん橋に接岸できますが、陸上電力供給設備は横浜市の2023年度予算で本牧ふ頭への整備が決まったばかりなうえ、バンカリング方式は未定ということで、不確定な部分もあります。

現時点で日本唯一のLNG燃料フェリーである「さんふらわあ くれない/むらさき」は、最大4台のタンクローリーと船を同時につないでLNG燃料が供給されていますが、これは大阪~別府という内航のフェリー航路だからこそ実現できるやり方で、大量の燃料が必要な外航客船で実施するのは非効率的です。さらに別府港にはタンクローリーの駐車が可能な広い作業スペースが用意されていますが、周囲に商業施設が迫る大さん橋や新港ふ頭の広さでは難しいでしょう。船から船へ直接燃料を供給するシップツーシップ方式ならば、荷役や乗下船といった陸上での作業を邪魔せず大量に燃料を船へ送り込むことができるため、日本各地でバンカリング船の整備に向けた準備が進められています。

郵船クルーズは2021年5月に横浜市日本郵船東京湾でLNG燃料の供給を担うLNGバンカリング船の就航を目指す「エコバンカーシッピング」と4社で「LNG燃料クルーズ船の受け入れに関する覚書」を結んでいることから、シップツーシップ方式での燃料補給も期待できるものの、その場所はどこになるのかなどは不透明と言わざるを得ません。そもそも東京湾のLNGバンカリング船「エコバンカー東京ベイ」は2021年中に竣工する予定でしたが、艤装工事の遅れもあって2023年10月現在、まだ就航していないのが現状です。

このほか「飛鳥III」では、投錨なしで船の位置の制御を可能にするDPSダイナミック・ポジショニング・システム)を採用。エンジンやエレベーターに関しては、衛星通信システムを通じて常時監視可能なシステムを導入する予定です。

歴代の「飛鳥」と違いドイツ生まれの日本客船となる「飛鳥III」。同船が就航すると郵船クルーズは「飛鳥II」と合わせて総トン数10万超、乗客定員約1600人と日本の外航クルーズ客船運航会社としては最大規模となります。2年後には横浜港で二引のファンネルマークを持つ2隻の客船が、大先輩である「氷川丸」と並ぶ光景を見ることができるでしょう。

横浜大さん橋に停泊する飛鳥II(深水千翔撮影)。