文部科学省は今年10月、2022年度の児童・生徒の自殺者が411人で、前年度比43人増えたという調査結果(※)を発表した。調査範囲が異なる時期があるため、単純比較はできないが、調査が始まって以来、2番目の多さだった。また、小学生は19人、中学生は123人で過去最多、高校生も269人で過去2番目だった。

しかし、取材をしていると、自殺と判断されず、事故扱いされるケースがある。文科省の調査も、警察統計の自殺者数と乖離しており、子どもの自殺の実態は、いまだに不透明のままだ。(ライター・渋井哲也)

●小中学生は過去最多の自殺者数…現場で何が起きているのか?

今回の調査で、小学生の自殺者が19人となったのは、衝撃的である。これまで最も多かった1986年度(14人)は、いじめ自殺やアイドル自殺が大きく報道された時代。

しかし、1995年度以降、年間の自殺者が3万人台だったときも小学生は1ケタ台で、2010年度は0人だった。ここ数年、少しずつ増加していたが、2021年度は8人だから、この1年で倍以上も増えたことになる。

いったい小学生に何が起きているのか。文科省の「児童生徒の自殺予防に関する調査協力者会議」の委員で、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長の松本俊彦氏(精神科医)は頭を抱える。

「小学生の自殺が増えているのは驚きです。自殺のほか、暴力やいじめも増えていますので、教室の中が荒れているのでしょうか。安直ですが、コロナ禍で、友だちとリアルのコミュニケーションをとることが下手になったんじゃないかと勘ぐったりします」

中学生の自殺者も過去最多だ。これまで最も多かったのは、小学生と同じ1986年度(110人)だった。その後、100人を超えたのは、2018年度(100人)、2020年度(103人)、2021年度(109人)、そして2022年度(123人)。

松本氏は、中学生の間で共有されている"ある種の文化"が、小学生に前倒しされているのかもしれないと推測する。

「SNSが原因とは言いたくないのですが、SNSで共有されている"ある種の文化"みたいものが、中学生だけでなく、小学生の間でも共有されはじめている可能性があります。たとえば、市販薬の乱用(オーバードーズ)が、実は小学生の間でも流行している、といったようなことです。そこに死にたいと思っている人たちが集まり、死に対するハードルを下げる現象が起きているんじゃないでしょうか」

●マンパワーやスキルに関しては手付かず

2017年の「自殺総合対策大綱」には、自殺予防教育の一環として「SOSの出し方教育」が盛り込まれた。また、ツイッターで「死にたい」とつぶやく若者をターゲットとした殺人事件、いわゆる「座間事件」が起きたことで、厚労省はSNS相談を強化した。その意味では「自殺対策」が前に進んでいるようにみえる。

しかし、それでもSOSを出した児童・生徒の受け皿が不足しているのかもしれない。養護教諭やスクールカウンセラーは、いじめ・不登校・自殺予防の取り組みの担い手として期待されるものの、具体的な場面においては、相談先として機能していないという指摘もある。

文科省が『SOSの出し方教育』を推進するようになった2017年辺りから、むしろ、自殺者数の上昇の傾きが大きくなります。これをどう捉えるのか。単に子どもたちにSOSを出そうと言うだけで、SOSを受け止める体制が強化されていない結果と言うこともできると思います。

つまり、マンパワーやスキルに関して、手付かずのままということです。暴力やいじめが増えているので、SOSがたくさん出ているかもしれません。少子化が進んでいることから、今の状況は高止まりですが、中学校の問題が、小学校まで前倒しされて、思春期がとても危うくなっているのではないでしょうか」(松本さん)

●自殺の調査項目に「体罰、不適切指導」が追加された

文科省の調査結果の中には「自殺した児童生徒が置かれていた状況」という項目も出ている。

昨年度からは、「教職員との関係での悩み」という項目から「教職員による体罰、不適切指導」が独立した。不適切指導をきっかけに自殺(いわゆる指導死)した生徒の遺族らでつくる「安全な生徒指導を考える会」が要望していたからだ。2022年末の「生徒指導提要」改訂の際のことで、「不適切な指導が児童生徒の不登校や自殺のきっかけになり得る」といった文言も入った。

昨年度に「教職員による体罰、不適切指導」が一因だった児童生徒は小学生1人、高校生1人の計2人だった。しかし、なかなか計上されない指導死がある。理由としては「学校の問題になり、なかなか学校側が認めたがらない」(考える会)。松本氏は言う。

「指導死の裁判で、意見書をいくつか書きましたが、(『教職員による体罰、不適切指導』の)項目を新たに加えたことは良いと思います。しかし、正確にカウントされるかどうかはわかりません。指導死をめぐる問題が裁判になるということは、学校が認めていないからです。『状況』の中でも、『不明』は6割で、相変わらず多い。小学生に限れば、7割にもなります。これでは子どもの自殺の実態はわかりません」

●校舎からの転落死で「事故」扱い

自殺の疑いがあるが、事故扱いされたケースもある。昨年11月、高校3年の男子生徒、ミノルさん(仮名)が校舎4階から転落した。転落直後、学校から連絡が入り、母親のカヨさん(仮名)は病院に駆けつけたが、ミノルさんの死亡を告げられた。

カヨさんは当初、ミノルさんが誤って校舎から転落したのではないかと思ったが、学校や警察から事情を聞くうちに「自殺ではないか」と疑いはじめた。

「テストでカンニングが疑われて、別校舎の教室で指導を受けることになりました。もともとミノルは、小さな紙に書いて記憶する方法で勉強をしていました。『それはカンニングに疑われるから、やめなさい』と私も言ったことがあります。

結局、テストのとき、その紙が、監督していた教師に見つかったのです。そして、テスト終了後、別室に行く途中で転落したというのです。数カ月後、その転落現場に行ったのですが、身を乗り出さないと転落しないだろうと思いました」(カヨさん)

カンニングの指導前に校舎内で自殺したケースがこれ以外にもある。2009年5月、関東の私立学校で中間テスト最終日にカンニングが見つかった男子高校生が、別室で指導されることになり、移動中に飛び降りた。この件は、学校と遺族が和解している。

生徒指導提要(改定版)には、「不適切な指導と考えられ得る例」として、「指導後に教室に一人にする、一人で帰らせる、保護者に連絡しない、適切なフォローを行わない」という項目がある。

カンニング指導では、指摘された生徒は不安でいっぱいになる。そこで1人にするのは、自殺のリスクを高め、急なストレスによって、衝動的に自殺行動をとることがあるからだ。

現行の調査は、過去2番目という数字があがってきたものの、自殺の疑いがあっても反映されていないケースがあり、子どもたちの自殺の実態を把握するには、まだまだ改善の余地が残っている。カヨさんは今も、ミノルさんの死の真相を知りたいと言う。

(※)児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査
https://www.mext.go.jp/content/20231004-mxt_jidou01-100002753_1.pdf

小中学生の自殺者「過去最多」の衝撃、現場で何が起きているのか…苦悩する専門家たち